Sorty.51 尋問と交渉

 ニューポート空爆を防ぐために、アリスから必要な情報を得なければならない。

 司令なら、きっとうまくやる。司令の話し方をマネるんだ。

 ユキは落ち着いた声を作る。


「上もだまされてるとしたら? 本当は大藍鬿雀たいらんきじゃくを呼び出したい連中の私利私欲なのに、戦略としてニューポートを燃やすことがいい、と入れ知恵したとしたら?」


「でたらめを言うな」


 お前など信じない、という態度でアリスは言う。

 どう言えば信頼してもらえるだろうか。ユキは考える。


「でたらめじゃないよ。私は、ビエンを操ってニューポート空爆を行わせようとした集団の通信を、海洋都市同盟の基地で補給を傍受ぼうじゅしたの。機体を撃墜されたせいで、ログを見せられないのが残念だけど」


 ユキが夢うつつに聞いた声だ。愛機にログなど残されていない。

 アリスの様子を観察。信じているいない以前に、おびえきっている。


《ユキ、日の出が近い。交渉中止を進言する》


 薄花桜が高度を下げ、背後からユキに接近。

 ひっ、とちいさくアリスが悲鳴を上げる。


「わかった。でも情報が得られていない」


《了解。待つ》


 薄花桜は音もなく再上昇。同じ飛行パターンを繰り返す。

 アリスがあからさまにほっとした表情になる。


大藍鬿雀たいらんきじゃくと人間が、交渉できる、なんて……大藍鬿雀たいらんきじゃくって、自然災害のようなものってウチは習ったのに……」


 ユキは放心状態のアリスに「よく知ってるね」と声をかけ、ひざをついて視線を合わせる。


「ほかの大藍鬿雀たいらんきじゃくはどうか知らないけど、薄花桜は命の恩人だし、話せる。そういうコト」


「ちょっと理解がおいつかない……ウチの頭、おかしくなりそう」


 アリスは頭を抱える。混乱している今なら、間違いなく押し切れるはずだ。

 ユキはアリスと距離を詰める。

 内緒話をするように、ユキはアリスの耳元でささやく。


「だから私は、アリス、あなたよりも大藍鬿雀たいらんきじゃくに詳しいし、それを狙って海洋都市同盟と、ビエンを操ろうとしている存在がいることも知っている」


「海洋都市同盟も?」


「ええ。あなた方の基地を攻撃したことがあったじゃない? あれは、今回ビエンにニューポートを空爆するよう仕向けた連中の提案よ」


「なんですって?」


 ユキは敵基地空爆前のブリーフィングを思い出す。

 飛行前打ち合わせブリーフィングの最後に、よくわからないやりとりがあった。

 あれは、ぼかすしかないことだったのだ。


——この作戦に友軍は参加しない。チョイダット基地のみの作戦行動だ。以上。なにか、質問はあるか?


 質問をつのったブリーフィング担当士官に対して、ヴィラール少佐が質問していたのだ。


——陸上部隊の投入は行いませんノ?


——私たちで制空権を確保してしまえば、一個大隊あれば占領せんりょう可能な場所だと思いますわヨ?


 ヴィラールが言ったのは正論だったのだ。だからブリーフィング担当士官は答えに詰まってしまったのだろう。


——僕もそう上申した。


 黙ってしまったブリーフィング士官の代わりに、司令がヴィラール少佐に答えた。

 今なら分かる。チェレステがらみの話だったのだ。

 ブリーフィング士官にチェレステについて知らせることは、司令とて出来なかったに違いない。


——受け入れていただけなかったのですネ?


——ああ。陸軍は乗り気だったが……統合司令部からストップがかかった。


——どういうことですノ?


 不満をあらわにしたヴィラールに対し、司令は目を伏せた。紫水晶の輝きがかげった。

 あのときは、ユキもヴィラールと同感だった。

 勝利のための布陣ふじんが不十分な作戦だったのだ。

 だが、今から考えると、統合司令部は英断を下したことがわかる。


——君たちに詳しく話す権限は、僕にさえ与えられていない。僕に言えるのは、命令は下した。諸君は僕の命令に従い、攻撃を行え。それだけだ。


 軍隊流の、お前たちには知る権利がないという言い回しだとユキは思っていた。

 納得できる説明なしに命令だから従え、と押し付けられる軍隊の理不尽が来たものだ、とユキは軽いイベントか何かのようにその言葉を聞き流したのだった。


——私たちに知る権利はない、ということですわネ……構いませんワ。喜んで任務を遂行させていただきますワ。


 ぞんざいな敬礼。ヴィラールは口を閉じたが、明らかに不満げな表情だった。

 勝利を得るには一手足りないのだ。

 だが、その一手が、最強のパイロットさえ殺す水色の死神を呼び寄せる。

 それは、海洋都市同盟の敗北だ。

 おそらく、統合司令部にはそれが分かったのだろう。

 どうして分かったのか、ユキには想像もつかないが。


「連中は、海洋都市同盟軍に地上部隊も投入させようとしていたけど、軍の上の方がストップをかけたそうよ。だからきっと、連中は海洋都市同盟を見限って、ビエンにすり寄ったのよ」


「……最低な連中」


「その通り。だから軍隊をおもちゃにしてるそいつらの目論見を、打ちくだいてみない?」


「仲間を売れと?」


 不満がにじみ、アリスの語勢が強まる。

 ユキは軽く距離を取り、アリスの顔をしっかりと見る。


「結果的にはそうなってしまうわね。あなたの命を守るためにも、悪い話じゃないと思うんだけど」


「ウチの命?」


「ニューポートが空爆された後、きっと海洋都市同盟軍はあなたを見つける。ハーグ条約で捕虜の取り扱いについて定められてはいるけれど、気が立っている兵士に誤射される可能性は高い。でも、今ならまだ、ただ捕まるだけで済む」


 ふるふる、とアリスは首を振る。柔らかく黒髪が揺れる。

 長いまつ毛に、赤い瞳が隠される。

 たったこれだけのことなのに、アリスは美術館に置かれている油絵の、憂いを帯びた美女そっくりにみえるのが、世の中不公平だとユキは思う。

 いや、顔はどうでもいい。尋問を続けよう。

 ユキは馬鹿な考えを追い払う。


「無理よ。ボーパルバニー首狩りウサギだとばれた時点で不幸な事故で殺されるわ。何より、救命セットを潮に流されたから、逃げられないのよ」


「私の救命セットを譲る、と言ったら?」


「え?」


 何を言っているのかわからない、という顔で、アリスはユキを穴が開くほど見つめていた。


「わたしだって、やっとのこと追い詰めたボーパルバニーをみすみす逃してしまうのは嫌よ。だって、あなたは私の隊長の戦友を殺した敵だもの」


「じゃあ、どうしてウチに対して紳士的に振る舞うの?」


「冷静に振る舞ってるけど、正直言って、殴り倒した上で海に投げ込みたい」


 あえてユキは本音をぶちまける。

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