薄花桜

Sorty.49 天藍の鏃

 神か悪魔か。なんだっていい。

 ニューポートの空爆を防げるなら、力を貸して。

 ユキは本気でそう思っていた。


「何がもちろん、よ? ねえあんた、ウチ以外の誰と話してるの?」


 ボーパルバニーアリスは首をかしげる。

 声が聞こえていないらしい。好都合だとユキは思う。

 だが、あの声は本当に味方なのだろうか。それだけがユキには心配だ。

 一番最適なのは、チョイダット基地に通報し、援護要請えんごようせいを行うことだ。

 救難セットの中には無線があったような気もする。探してくれば良かった。


 ハーネスに違和感。視線だけで違和感の正体を確認。

 ラジオだった。

 エアバンドも受信できる優れもの。ユキの私物。

 発信は、できない。

 ユキはどうしようもない後悔に襲われた。

 ボーパルバニーを捕虜ほりょにするか、手を下すことしか考えていなかった。

 ユキは拳銃けんじゅう以外、何もこの岩場に持ってきていない。

 投降したボーパルバニーをユキが落ちた場所に連れて行って、パラシュートのひもか何かで縛って、それから通信を入れればいいと思っていたのだ。

 まさかボーパルバニーが都市空爆、と言い出すとは予想もしていなかった。

 ここから離れれば、絶対にボーパルバニーは逃げる。

 ボーパルバニーを連行する時間も、拘束こうそくする時間もない。

 基地とは連絡が取れないのだ。

 祈るような気持ちでユキは返答を待つ。


《”総体”へ。薄花桜より出撃要請。これは虐殺である》


 一陣の烈風。

 砂が巻き上げられ、視界がゼロになる。

 激しい砂塵に自分の指先さえ見えない。それでも風は収まらない。ユキは目を閉じた。

 こんな風が吹く予報はなかった。

 つまり、この風は何らかの主体が巻き起こしているものなのだ。

 敵か。

 味方か。

 目を開けて確認しなければ。

 そうユキが思った瞬間、最も強い風がユキの体を打った。立っていられず膝をつく。

 そして、ぴたりと風が止んだ。

 風圧で痺れたまぶたを上げ、ユキは周囲を観察。

 ゴウ、という雷鳴のような轟音が、風より遅れてやってくる。ユキは耳をふさぐ。

 耳鳴りをやり過ごしながら空を見上げる。

 海面スレスレを、海洋都市同盟空軍のヤタガラスが逃げている。

 それを追うのはビエンの円盤だ。

 誰だろう。ユキは尾翼を確認。第5戦闘飛行隊じゃない。

 リッカじゃない。ユキはほっとした。

 だが、すぐにその考えを取り消す。味方が危機におちいっているのは間違いない。

 喜ぶべき場合じゃない。

 二機目の円盤が姿を現し、ヤタガラスに対してミサイル攻撃。

 ヤタガラスはけきれず、撃墜される。

 朝焼けの空に、墨汁ぼくじゅうが一滴にじんだかのような黒が広がる。

 パラシュートは見えない。


《了解した。出撃を許可する》


《感謝する》


 また、不思議な声が聞こえた。ヤタガラスが残した煙の向こうで、何かが光った。


「何よアレ?」


 ボーパルバニーのいぶかしげな声。

 光はどんどんこちらへと近づいてくる。

 それはまるで、青い稲妻いなずまのような。

 黒い煙と赤い爆炎を切り裂き、蒼いやじりが空を舞う。

 すれ違った円盤が不可視の刃に両断され、無様に海上へ落下していく。

 水柱が立つ。

 それを突き抜け、悠々ゆうゆうと空色のソレはこちらに近づいてくる。

 その姿は航空力学に基づいて飛ぶ戦闘機のものだ。

 だが、どこかが違う。見慣れたガルーダやヤタガラスとは、飛び方が違う。旋回せんかい半径はんけいが、機体に比べてどこか不自然だ。

 まるで、ビエンの円盤えんばん型機体が海洋都市同盟空軍の機体に合わせて飛ぶときのような、本来の飛び方ではないかのような、わざとらしさ。

 青い戦闘機に向かってミサイルが放たれる。

 青い戦闘機はミサイルを避けようともせず、自分を攻撃してきたビエンの機体に向かって正対せいたいする。

 次の瞬間、コックピットがそぎ落とされた。

 紺色と朱色の間の青空に、赤が一点。

 見えてしまった。ユキは目をそむける。


——水色の戦闘機だ。気づいたらグセイノフのコックピットが見えない刀でられたみたいにごっそり削ぎ落とされていた。


 トラオレさんは、カフェでそう言っていた。


——アラートの一つも鳴らなかった。ただ、凄まじい殺気を感じてアフターバーナーに点火して、加速した瞬間、まるで空中衝突に遭ったような激しい衝撃が来て、後ろを振り返ったら……垂直尾翼と、エンジンノズルが、消えていた。


 その理由も、今ならわかる。

 戦闘機のアラートけいほうは、ミサイルの電波や、敵機などの接近を警告するように作られている。

 あとは自分の機体の不具合を感知する程度だ。

 おそらく、あの水色の戦闘機は、人間が想定できない素材で、攻撃方法も人間に作れるシロモノではないのだろう。

 なのに、よりにもよってコックピットを狙った、と言うのがユキには恐ろしかった。

 アレは、戦闘機を操るのが人だと、理解している。

 明確な殺意を持っている存在なのだ。

 切り裂かれたパイロットの最期の一撃が青い戦闘機の中央に命中する。

 だが。

 ミサイルは、青い機体をた。

 何もない虚空こくうで時限信管が作動し、むなしく金属を空に咲かせる。

 どうなっているの。ユキは自分の見たものが信じられなかった。

 だが、目が狂ったはずはない。

 実際に、これは起きているのだ。現実とは思えないが。


「嘘でしょ……なんで大藍鬿雀たいらんきじゃくがここに……」


 うわ言のようにボーパルバニーがつぶやく。

 自分の目を信じられないのは彼女も同じようだ。

 確か夢うつつに聞いたチェレステの別名がタイランキジャクとかいったな、とユキは思い出す。

 目の前にいるのは、間違いなくチェレステなのだ。


《私の名前は薄花桜うすはなさくらだ》


 懐かしい声。やっと、やっと会えた。


薄花桜うすはなさくら、なの?」


 ユキの声は期待と不安に震えていた。返答が返ってくる。


《ユキ、どこにいる?》


「私はここ!」


 ユキは薄花桜に手を振る。ボーパルバニーはユキにつかみかかる。


われたいの? 馬鹿なの? ウチらに技術提供してきた宇宙人たちは、大藍鬿雀たいらんきじゃくから逃げて、地球までやってきたのに?」


「知らないよそんなの!」


「……機密か。ぬかった。ウチもヤキが回ったな。馬鹿と大藍鬿雀たいらんきじゃく一纏ひとまとめに食われるのも、お似合いの最後ってとこか」


《ユキ、私はあなたを殺す気はない》


 薄花桜うすはなさくらの声は静かだ。

 薄花桜が二人を殺す気なら、とっくの昔に首をはねているはずだ。


「わかってる」


「じゃあ大藍鬿雀たいらんきじゃくから逃げなさいよ!」


「違うよ、アリス。アレは……そんな名前じゃない」


「だったらなんだっていうのよ!」


 アリスはユキの両肩をつかみ、ヒステリックに叫ぶ。

 髪を振り乱した必死な顔。

 まるで自分のもとからユキが離れていくのが、嫌でしょうがないような、友人ともっと遊びたくてだだをこねる子供のような。

 ユキは拳銃を置き、両肩からアリスの手を外す。


「……薄花桜うすはなさくら、だよ」

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