Sorty.48 曙へのカウントダウン

 強い海風が吹く。

 バサリとおうぎのようにアリスの髪が広がる。

 星の光が弱まり、大鴉おおがらすの翼のように真っ暗な色がユキの視界に広がる。

 濃いビエンのフライトスーツの色もあいまって、闇の中に白い面が浮かんでいるかのようだった。

 白の中で、別の生き物のように赤い口がうごめく。


「本当に、人間ってどうしようもないと思わない?」


「さっきから、訳のわからないことばっかり!」


「人間だけじゃないみたいだけどさ、お馬鹿さんは」


「なによ?」


 ユキのいぶかしげな視線など気にもせず、アリスはもともと座っていた場所に腰を下ろす。


「本当さあ……宇宙人から、軍事転用できる技術と引き換えに金星まで飛べる資源を渡すとか、昔の上の人たちはよく思いついたわよね」


「え?」


 銃口が揺れる。

 気づけばユキは震えていた。

 きっと、春先の冷え込みのせいだ。

 ボーパルバニーのTACネームがアリスで、直接顔を合わせたらとんでもない美人で、ビエンの一般市民を海洋都市同盟が撃たないのは酷いことだからじゃなくて、企業が武器を海洋都市同盟に売らなくなるからだとか、信じられないことが立て続けに起きているからではない。

 むしろ、アリスがこちらの動揺を誘い、逃げるタイミングを図るためにでたらめを言っている可能性の方が高い、とユキは考える。


「重力や大気の条件が違うせいで、まだ出来上がってないらしいけどさ。天敵から逃げた先が、間違った惑星だったっていうの、本当にお馬鹿よね、宇宙人」


「宇宙人?」


「30年前の。ウチは29だから……ウチの親がヤった年か。南極に着陸したお馬鹿な宇宙人の環境調整装置のおかげで地球は水浸し。だっていうのにハメるとか、本当にお気楽。脳みそも溶かされたんじゃないのかな」


「口を慎みなさい!」


「本当のことしか言ってないわよ。ウチは。さぞかし幸せなおうちで育ったのでしょうね、白雪姫サマは」


 風が止む。それでも、ユキは震えが止まらない。

 寒いわけでもおびえているわけでもない。

 これは、怒りからくる武者震いだ。


「私のことをなにも知らないくせに、好き勝手に言い散らすな!」


「そーいう白雪姫スノーホワイトサマも、ウチのことを知らないでしょ?」


 ボーパルバニーはかっと犬歯をむき出しにする。


「何回ウチがお前なんて産まなきゃ良かったって言われたと思う? 残飯をあさってなんとか食べられそうなものを得たと思ったら、カラスにかっさらわれていった経験は?」


「なっ——」


「ゴミみたいな親と寝床から縁を切るため、必死に勉強してパイロット過程に行ったら、ボンボンとお嬢ちゃんばっかりで、貧乏人はスラムに帰れとウチがつばを吐かれた回数、答えられるの?」


「ビエンの福祉は、いったいどうなってるのよ! どうしてそんな国のために戦えるのよ、ボーパルバニー!」


「まともな寝床とまともな飯をくれる分だけ、ビエン軍の方が親よりマシよ。下手に給料を無心されても面倒だから、入隊試験に合格した時点で親なら酒で酔い潰して、ドブに投げ込んだわ」


 アリスは吐き捨てる。ユキは耳を疑った。


「親なのに?」


「親だからよ。血の繋がりだとか育ててやった恩だとかを、振りかざされちゃあ面倒なのよ」


「警察に捕まるじゃないの!」


 怒りをあらわにしたユキに対して、アリスは馬鹿にしたように笑う。


「どうせ、身元不明の人間が酔って足を滑らせて死んだだけ。そんなの、まともに警察は取り合わないよ。あいつら、戸籍どころか居住登録すらなかったから」


 冷酷な口ぶりだったが、アリスの目は、どこか寂しげでもあった。


「住民として認められてなかったのに、どうして軍に入れたのよ」


「ウチはお腹がすいて倒れていたところを、偶然ぐうぜんビエン軍の広報官に拾われて、そこでご飯おごってもらえて、そこで入隊を決めた時に、居住登録がないことがわかって、広報官さんを後見人に居住登録作ったの。そこでやっとウチは勉強できるようになった。頑張ったよ」


 ユキは言葉を失う。

 想像を超えた壮絶さだった。

 テロリストに襲われ、親を失ったことが、ユキには普通のありふれた不運にすら思えてくる。

 アリスボーパルバニーは人間として壊れている。

 だが、もともと壊れていたわけではないのだろう。

 児童養護施設で体罰を受けながら育ったユキに、自分が幸せな子供だったと思えてくるほど、アリスは凄惨せいさんな環境に置かれていた。

 そこに適応した結果が、ボーパルバニー首狩りウサギなのだろう。

 あまりにも残酷な才能だ、とユキは思う。


「……めればいいの?」


「褒め言葉なんていらない。ウチが今欲しいのは……その鉄砲、おろしてくれる?」


「嫌」


「だけど、こんなくだらない世界ともサヨナラ。確か爆撃範囲は、この辺りも含まれていたはずだから」


「本当に、ビエンは、ニューポートを爆撃するの?」


「もちろん」


 ユキの問いかけに、アリスはうなずく。

 東の空が白みはじめる。

 ちぎれ雲がしゅに染まる。

 美しい朝焼けだ。

 海も漆黒しっこくから色を取り戻し、水平線の濃紺のうこんから波打ちぎわの青まで、穏やかなグラデーションを作り出す。

 だが、青と赤の織りなす錦の光景は、ユキの目には地獄の炎のように禍々まがまがしく映った。

 朝は希望の象徴とされることが多いが、今日のニューポート市にとっては絶望だ。

 日の出と同時に、市街地爆撃。悪夢だ。


「金ばかり追いかけて、人間をないがしろにする街なんて、一回吹っ飛ばした方がスッキリすると思わない?」


「だからといって……なんの罪もない、生きていたいと望む人々を殺していいはずがない!」


 ユキが叫んだ瞬間、頭の中で声がはじけた。


《それは、願いか? 支援要請と解釈していいだろうか》


「もちろん!」


 何がなんだかわからない。それでも、ワラにでもすがるつもりでユキは即答する。

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