Sorty.45 翼を失って

 丸まるように手足を胴体に引き寄せた耐衝撃姿勢をユキはとる。

 ロケットモーターを使う射出座席は、火薬式のものと比べて安全とはいえ、それでも10~15Gという強い加速度がパイロットにかかる。

 墜落による避けようのない死から逃れることはできるが、指定された以外の姿勢をとっていれば、最悪の場合背骨を折る。

 本当に、緊急脱出用の装置なのだ。

 もうだめだ。

 いじけた子供のように丸くなるユキの心に、影が色濃く湧き出してきた。

 私は二度とあの水色の戦闘機に会えない。

 真っ先に考えたのは、命の恩人のことだった。

 根拠も、なにもない。

 でも薄花桜うすはなさくらにあわせる顔もない。

 パイロットを目指したのも、薄花桜うすはなさくらが私を助けたみたいにかっこよく人を助けてみたかった、と思ったからもあった、と突然ユキは思い出す。

 撃墜されたパイロットの場所に、あの飛行機が来るとは思えない。

 20年の人生を浪費しただけだった。

 どうせ撃墜されるなら、リッカを守るか、バーグ少佐と肩を並べて戦いたかった。

 違う。私は死神と踊りたいわけじゃない。

 バーグ少佐に、僚機りょうきとして認められたかったんだ。

 もう一回撫でてほしかった。

 そんな甘えたことじゃない。バーグ少佐の隣で――ニューポートを護っていたかった。

 シートが自動的にユキから切り離されて落下。

パラシュートも自動で展開される。

 高度が1万4000フィート(約4300メートル)以下ならパラシュートが開くから、地上が近いということだ。

 両足を揃え、つま先を接地させる。

衝撃が足先から伝わってくる。

 まともに受け止めれば骨折だ。ユキは体を丸め地面に転がる。

 訓練学校では緊急脱出の際、着地の衝撃を体中に分散するため、すね、お尻、背中、肩の順に着地しろ、とは教えられた。

 練習もしたが、実際今やっていると、全身が痛過ぎてよくわからない。

 下から上へと衝撃が続いているから多分合っているのだろう、ユキはそう信じる。

 ごろごろと世界が回る。気持ち悪いし、あちこち痛い。

 ユキはクッションのようなものにぶつかり、止まる。

 痛む体を起こして立ち上がる。自分がどこにいるのかユキは確認。

 ユキがぶつかったのは、貸し浮き輪だった。

 ログハウスに貸し浮き輪がいくつも立てかけられている。

 方向転換しようとして、背中に何かが引っかかっている感覚があった。

 ユキが振り返ると、しおれたパラシュートが浜辺に打ち上げられたクラゲのように力なく横たわっていた。

 道理で動きづらいはずだ。ユキは金具を外し、ハーネスからパラシュートを下ろす。

 金具が地面に落ちる鈍い音と同時に重さが消える。

 周囲を見回す。南国感を出すためか、ヤシ並木が海側にある。

 ヤシの向こうは砂浜だった。

 ヤシ並木とユキの間には、芝生の生えた広場。

 広場の芝が幅広く荒れ、下の赤土が見えている。ユキが着地した場所だ。

 どうやら海水浴場に落ちたらしい、とユキは理解する。

 オフシーズンで良かった、とユキは心からほっとした。

 山を見上げる。暗闇の中にほの明るい場所が小さくまばらにあった。

 気温から考えて、山桜だ。まだまだ海水浴には寒すぎる。

 夏なら、誰かがいて大騒ぎになっただろう。

 それだけで済めばまだマシだ。

 最悪の場合、市民を巻き込んで怪我をさせてしまったかもしれない。

 緊急脱出の場合、パイロットは自分の命を守るべく行動すべきだが、それに市民に危害を加えてしまえば本末転倒なのだ。

 怪我人がなくてよかった。物も、芝生をはがしてしまったくらいだ。

 怪我、と考えてユキはやっと自分の状況を確認することが必要だと気がついた。そうだ、自分の体は。

 ユキはその場に腰を下ろし、全身を触ってみる。

 多少ズキズキするが、痺れや出血の感覚はない。

 フライトスーツの上から触っただけだが、骨も無事のようだ。


「生きてるよ、ぬいぬい」


 返答はない。


「ぬいぬい?」


 ユキは周囲を見回す。

 夜明け前の無人の海水浴場に、春の虫がひっそりと鳴いている。


「撃墜されたんだった、私」


 ガルーダがやられた、という風にしか思っていなかった。

 ぬいぬいはガルーダがやられても、自分についてきてくれると、無邪気に信じていた。

 だが、冷静に考えるとぬいぬいは不知火ver.19というAI、つまり高度なコンピュータプログラムなのだ。

 コンピュータプログラムは、コンピュータという「モノ」ではない。

 だが、コンピュータという「モノ」がなければコンピュータプログラムは存在することができない。

 ぬいぬいがいたコンピュータは、ガルーダのコンピュータだった。

 練習機からガルーダへとぬいぬいのバックアップが転送され、練習機のコンピュータを初期化する様を見せられ、ぬいぬいは機体ではない、ということを叩き込まれた。

 AIはパイロットをサポートする。だが、バックアップも取れる。相棒を死なせたくないと思って臆病おくびょう風に吹かれるな、と教官は言っていた。

 でもそれは違う。確かにAIは機体ではない。だが、機体がなければAIは死んだも同然だ。

 一回撃墜されたユキに、機体が再び支給されることなど、あるのだろうか?

 あふれ出した涙をこぶしでぬぐう。

 せめて、救出部隊が来るまではパイロットとして振る舞おう。

 ユキは訓練学校で教えられた通りの行動を始める。

 サバイバルキットは近くに落ちていた。

 救難ビーコンの作動を確認。

 この海水浴場は、チョイダット基地の近くだ。

 すぐに救難部隊が来るはずだ。

 だが、気になることがある。

 非常食をかき分け、ユキは拳銃を取り出す。

 つや消しの不気味な黒が姿を現わす。

 海洋都市同盟空軍制式のポリカーボネート製9ミリ拳銃。

 ユキはそれを細心の注意を払いながら手に取る。

 マガジンをグリップに差し入れ、スライドを後ろに引く。

 ガシャン、と音を立てて弾が銃身内にセットされ、撃鉄ハンマーが起きる。

 発砲可能になった拳銃の銃口を地面に向け、ユキは周囲を警戒する。

 私はボーパルバニーと刺し違えるように撃墜された。

 もしかしたら、ボーパルバニーも近くに着陸しているかもしれない。

 周囲を警戒し、捜索を始める。

 砂浜に足跡があった。

 それを追っていくと、岩場に着いた。

 砂利の上の足跡を探すのは難しい。どうしたものかとユキが考えていると、風が吹いた。

 近くの岩陰から、ふわりと長い黒髪が夜空に舞い上がった。

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