Sorty.44 機械仕掛けの相棒、さらば

 コックピットに鳴り響く警告音に、ユキはまばたきした。

 よくわからない、大きな音が聞こえる。うるさい。

 ラジオだろうか、とユキは思う。

 そういえば訓練中、ラジオの固定が外れて、音を出してしまったことがあったのを思い出す。

 バーグ少佐に皮肉られたものだ、とユキは懐かしく思う。

 確かバーグ少佐の下で最前線に出ることになったはずだ、とユキは思う。

 同じ失敗を繰り返したら、バーグ少佐が何をいうことやら。

 まずい。早くラジオを止めなければ。

 ユキはもう一度まぶたを上げ下げする。

 おぼろげながらメインモニタが見えた。

 右手にはスティック、左手にはスロットル。

 キャノピの向こうには夜空だけ。

 灯火の類は見えない。一人だ。

 ユキはやっと、自分の置かれている状況が整理できた。

 わたし、とんでるんだ、と思う。

 ボーパルバニーと空戦を繰り広げ、最後に自爆覚悟で安全装置を切った短距離ミサイルを発射。

 自機も少なくない損傷を受けたはずだ

 それでも、まだ飛べている。自分のミサイルで死ぬという馬鹿なことにはならなかったらしい、とユキは理解する。

 徐々じょじょに光に溶かされたユキの五感が結晶していく。

 戦士としての思考が戻ってくる。

 だんだんと警告音が近づいてくる。


〈マスター! ご無事ですか!〉


「生きてる。ボーパルバニーは?」


 ラジオに聞こえていたのは、ぬいぬいが自分を心配する声だった、とやっとユキは気付いた。

 揺さぶられたせいか多少くらくらするが、判断能力に支障なし。

 Gで内出血したような痛みもない。

 ユキの命は、無事だった。


〈レーダーから反応消失後、地上で爆発を観測しました。撃墜確実です!〉


「私の機体の被害、状況は」


〈右主翼と右垂直尾翼、反応なし。折れたものと推測されます。そして、右エンジンに異常発生を検知。燃料遮断しゃだん済みです〉


「緊急脱出の必要性は?」


〈機体左の各種燃料タンク、無事です。秘密基地への帰投は行えます〉


「わかった。だったら、ぬいぬいに任せる。ユーハブコントロール」


〈アイハブコントロール〉


 ガルーダは機首を巡らせ、秘密基地の方向へ。

 帰投する旨を通信するため、ユキは無線のスイッチに手を伸ばす。

 その時。

 警告音がコックピットに鳴り響いた。


〈ミサイルを探知! ユーハブコントロール!〉


〈アイハブコントロール!〉


 ユキは背後とレーダー画面を確認。自分を狙っている敵機はいない。

 だが、中距離ミサイルの射程範囲内で空戦が行われていた。

 そうだった。

 この空域は、全距離での空戦が行われていたのだった。

 中長距離ミサイルの応酬おうしゅうをする者あり。

 有視界でドッグファイトにもつれ込む者あり。

 文字通りの乱戦だ。

 教本通りの、敵味方がお行儀良く射程順に兵装を発射する戦いではないのだ。


「こんな時に迷いミサイルとか最悪すぎるでしょ!」


 ユキはスティックを操るが、片翼のガルーダは反応が鈍い。

 コンピュータがユキの操作を、飛行の安定性を失わせる行為として無視しているのだ。


「くそっ……!」


〈マスター! 今でも墜落寸前のところを何とか飛ばしているんです! 回避機動なんて、無理です!〉


「もう! ぬいぬいどうにかできないの!」


〈計算能力フルに使って片翼飛行かつ片エンジン飛行を可能にしてるんです! 尾翼が片方折れたのとは難易度段違いなんです!〉


「このポンコツ!」


〈私がポンコツなら、安全装置を切らせて自爆したマスターはさしずめ大馬鹿野郎です!〉


「むう……」


 ユキは引き下がる。

 コンピュータがなければ片翼で片エンジン飛ぶことはできない。ボーパルバニーと相討ちになっていただろう。


「早く死ぬか遅く死ぬかって違いなの……?」


〈祈ってください、マスター! 神でも仏でも救世主でもいいので!〉


「AIが神頼みとか……シュールね」


〈ぬいぬいにもそれしかできないんです! 最後の時まで、パイロットの戦意を維持することしか!〉


 なんだ。そんなことか。ユキは吹き出す。

 コンピュータは神様を信じない。

 淡々と命じられた通りに命じられたことをするだけのコンピュータに神頼みなど、必要ないからだ。

 だが、人間は違う。

 そして、パイロットはただの人間ではない。


「私は祈らないよ、ぬいぬい。パイロットは神じゃなく、自分の腕を信じるものだ」


〈マスター!〉


 至近で誰が撃ったか分からないミサイルが爆発。機体の後ろ半分をちぎられる。

 爆発の衝撃で縦通材ロンジロンが折れ、胴体からコックピットと機首が脱落する。

 さながらギロチンで斬られた首のように、機首はユキを乗せたままストンと抜けて落下していく。

 バックミラーに、大炎上するエンジンだったものが落ちていくのが映っていた。

 感情の消えた声でぬいぬいは告げる。


〈飛行不能。脱出シーケンスに入ります〉


「手動で行える!」


〈了解。幸運を、マスター〉


 ユキは脱出レバーを強く引く。

 キャノピが圧縮空気で吹き飛ばされる。

 直後、突き上げるような衝撃。

 射出ガンが作動。火薬の爆発で、ユキは席ごと機外に放り出される。

 バイザーと酸素マスクの隙間から、斬りつけるような冷風がユキのほほに触れた。

 ラジオが飛行服に引っかかる。

 眼下で力なく愛機が落下していくのが見えた。

 夜明けが近づき、空は漆黒に近い鉄紺〈てつこん〉から、明るさを秘めたあいに染まり始めていた。

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