Sorty.43 狡兎VS走狗

 草原に潜む獲物に飛びかかる猟犬りょうけんのようにユキのガルーダは急降下。

 月へ跳ねるウサギのように、ボーパルバニーの機体は垂直上昇。

 ガンを放ちつつ二機は交錯こうさく。平行にすれ違い、戦闘は仕切り直される。

 ボーパルバニーは虚空こくうはるか上へ。

 ユキはビルの谷間に飛び込み、海面ギリギリで水平飛行へ。

 文字通り、天地ほど二基の距離が離れる。

 敵機接近の警報をユキは聞く。

 ボーパルバニーは追跡行を続けるつもりらしい。

 ボーパルバニーは隣の通りに入ったらしく、一瞬ビルの谷間から白ウサギが見えた。

 ユキとボーパルバニーは、星明かりに照らされた、ち果てた摩天楼まてんろうの隙間から隙間へ軽やかに舞う。

 さながら、夜の森を散歩する二匹の妖精のように。

 恋人同士がじゃれ合うのにも似た、近づいては離れ、近づいては離れる距離。

 先を行く三角を丸が追う。

 かと思えば、曲がり角や空中回廊を巧みに使い、激しく前後は入れ替わる。

 ダンスのステップを踏むように。一定のリズムと見せかけて、細かい転調にあわせるように。

 プロのダンサーがいとも簡単そうに踊る裏側には、積み上げられた努力があるように、ユキとボーバルバニーのどちらも面白半分で飛んでいるわけではない。

 相手を殺らなければ、自分が殺られる。

 二機が繰り広げているのは熾烈な生存競争だ。

 華麗な動きはまるで、息のあったペアのよう。

 しかし、その実、2機の交わす殺意は、剣豪同士の果たし合いよりも濃密だ。

 二つの機械の翼は、絡み合うような軌跡を描き、ビルの隙間を上下に移動。

 無数の機銃弾が交錯し、植物やコンクリートを削る。だがお互いにひらりと翼を翻して回避し、被弾箇所はない。

 潮風に吹きさらされたコンクリートと鉄骨の集合体を二機が掠めるたびに、ぼろぼろと破片が降り注ぐ。

 ユキはガンで廃墟を撃つ。

 回避でボーパルバニーに加減速を強いる。

 ボーパルバニーの挙動がにぶり、移動が心なしか早くなった。

 こんな場所からは早く逃げたい。人間として当たり前の感情だ。

 だが、それは。

 戦闘機の翔ける空では、弱点にしかならない。


「捕まえた!」


 バッチリ真後ろ。

 ロックオン。

 ボムベイを開く。

 短距離ミサイルを選択。

 ボーパルバニーは急速上昇。

 逃げる気だ。


「大人しく待つ相手じゃないのは嫌というほど知ってる!」


 仕留めなければグラウンド100周。

 苦い思い出だ。

 ユキはアフターバーナーをいてハイレートクライム。

 廃墟はいきょが一瞬で遠ざかる。

 あのときも、追いついたと思った瞬間、ボーパルバニーは超加速して退却していったのだ。


〈まだまだ燃料はあります! やっちゃって下さい、マスター!〉


 そして、あの時はぬいぬいに止められた。


「今度は逃がさない、ボーパルバニー!」


 ユキはスロットルをミリタリーに。

 アフターバーナーを使わない最大出力で、夕雲工廠RD-410暁星シリウスエンジンが吠える。

 場所を廃墟から大空に移し、二機の戦いはまだ続く。

 ユキは下手なふりをやめ、本気でボーパルバニーの背後を取るべく機動。

 エアショーのような派手さはないが、回避と攻撃の予備動作が刻々と移り変わる飛行だ。

 お互いに全力だ。

 最初にチャンスをつかんだのは、ボーパルバニーだった。


〈敵機の射撃レーダー波を感知! 回避、間に合いません!〉


 ぬいぬいの悲鳴。ユキはボーパルバニーの位置を確認。

 正面だ。

 この距離で敵が使うミサイルの誘導装置は赤外線誘導だ。

 赤外線とはつまり、熱を感知するということだ。

 巨大な熱源であるエンジン排気口がよく見える場所、つまり後ろから撃つほうがミサイルがはっきりと的を認識できるのだ。

 だから、ジェット戦闘機に対してミサイルを当てたいなら背後を取るのがセオリーである。

 ボーパルバニーはそれを無視してきた。

 ヘッドオン状態でユキの方からミサイルに突っ込んでくる、と読んだのだろう。


「こうなったら!」


 それ相応の対応を取るだけだ。

 ユキはアフターバーナーに点火。

 放たれた矢のように機体が一直線に加速する。

 ぐんぐんと白ウサギが大きくなる。

 数メートルあるかないかの、空中衝突すれすれの距離で三角と丸が交錯こうさくする。

 ボーパルバニーが発射したミサイルが、爆発することなく海に落ちる。

 ミサイルは、爆弾を積んだロケットだ。

 爆弾は、火をつけなければただ単なる火薬のかたまりに過ぎない。

 火薬とて、火をつけなければただの石や砂とほとんど同じだ。

 だから、爆弾には信管しんかんという着火装置が付いている。

 現代のミサイルの信管は、近接信管だ。ミサイルに積まれた小型レーダーや赤外線探知装置の反応に従って、電子制御によって着火するのだ。

 電子制御、というのがミソなのだ。

 自機に危険が及ぶ距離では、爆発しないようプログラムされているのだ。

 ユキはそれを利用し、ボーパルバニーのミサイルを無効化することに成功したのだ。

 うまくいった。

 ユキはそのまま後方へ駆け抜け急速上昇。ガルーダの双発エンジンがアフターバーナーの炎を吹く。

 上昇には燃料を使う。降下なら滑空できるが、上昇は風にも重力にもあらがわねばならない。

 自分の力でやるしかないのである。

 それは戦闘機もミサイルも同じだ。

 ミサイルは戦闘機よりも少ない燃料しか積んでいない。

 持久力勝負なら、ユキは勝てる。

 頭から血が下り、視界の端が黒くにじむ。

 Gスーツが拷問ごうもんのようにユキの足を締め付ける。

 まだだ。

 充分な距離を稼いで、機体をひねり、水平飛行に。

 眼下に失速したミサイルの煙。

 レーダーを確認し、ボーパルバニーの位置を確認。ほとんど真下だ。

 ユキは機体をロール。上下反転させることで、最速で降下する。

 ボーパルバニーが短距離ミサイルの射程に。

 兵装を選択。ボムベイを開く。

 短距離ミサイル二本。

 ユキはレリーズ兵装発射ボタンを押し込む。


〈ボーパルバニー、減速! 今発射したら巻き込まれます!〉


 ぬいぬいの警告。ユキは薄く笑う。

 ボーパルバニーは頭が切れる。

 ユキがやった戦術を、すぐにコピーしてきた。

 生き残れ、とバーグ少佐は言った。

 敵機に体当たりした無人機の姿。

 生き残るために誰かを殺さなければいけないのが今のファイターパイロットだ。

 それが許されるのは、市民を守るために自分の命を、投げ打つからだ。


「構わない! ぬいぬい、やって!」


〈ラジャ! 死なば諸共……ボーパルバニーも一緒です!〉


 自分が巻き込まれるのを覚悟の上でユキは短距離ミサイルを発射した。

 自機の安全用のプログラムは、ぬいぬいによって無効化されている。

 なおもボーパルバニーは接近。

 おいで、そのまま。ユキは相手のコックピットに笑いかける。

 二機の中央で、短距離ミサイル2発はボーパルバニーの反射波を感知し、信管を発動させた。

 激しい閃光せんこう

 続いて機体が激しく振動。

 ユキの視界はホワイトアウトした。

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