Sorty.42 ワイヤック旧市街、再び

 空域は訳のわからない状況だった。

 中長距離ミサイルの応酬おうしゅうをする者あり。

 有視界でドッグファイトにもつれ込む者あり。

 文字通りの乱戦だ。

 無線もデタラメで、撃墜された悲鳴、僚機りょうきへの警告、早期警戒機からの指示、敵機を撃墜した歓声、敵のものと思しき、海洋都市同盟共通語ではない呪文のような響きの通信。

 てんでバラバラな声たちが、細切れになってユキのレシーバーの中で渦巻く。

 ユキはただ、攻撃チャンスを狙いつつ、着実に敵を回避していく。

 だが乱戦だ。引きも切らさず敵機はユキの背後に取り付く。

 どう回避したものか。ユキが機体を滑らせたとき、バックミラーに巨大な黒い三角形が映った。

 それは、ガルーダぐらいの大きさで。

 迷うことなく、ユキの後ろにいた敵機のコックピットに突き刺さった。

 無人機だ。あの機体にコックピットはない。

 敵機と無人機は諸共に海に吸い込まれていく。遠く水柱が立つのが見えた。

 あんな突っ込まれ方をすれば、パイロットの命はない。ユキはぞっとする。

 ビエンの機体に自爆攻撃を仕掛けたということは、海洋都市同盟の無人機だ。


「どうして」


 ユキの疑問に答えるように、意味のある通信が耳元で流れる。


〈こちらホワイトマグノリア。無事か、スノーホワイト〉


 チョイダット基地司令、クリストファー・シャトナーは、海洋都市同盟最強の無人機オペレーターだった。

 つまりは、そういうことなのだ。

 生きのびるためには、誰だろうと外道になれるのだ。

 法律など、戦場で生き残るには意味がないのだ。


「……おかげさまで」


〈君の背後を取ったのは、ボーパルバニーの僚機だ。ボーパルバニーの相手を頼めるか?〉


「言われなくても」


 腹立たしいほど白い毛並みの、金時計を持ったウサギがユキに近づいていた。


〈幸運を、犬養ちゃん〉


「ラジャ」


 通信が切れる。


〈マスター、ワイヤック旧市街が近いです! やりましょう!〉


「やろう、ぬいぬい」


〈ラジャ!〉


 ユキはぬるい回避機動を繰り返し、ボーパルバニーをワイヤック旧市街に近づけていく。

 ついでにミサイルを撃たせるように誘い、ブレイクを繰り返して無駄撃ちを強いる。


〈マスター、そろそろワイヤック旧市街です!〉


「ラジャ!」


 ユキはグッとスティックを押し込む。

 機体の頭が下がり、急速に高度が低下するのと反比例して、機速が上がる。

 ボーパルバニーはついてきた。

 上空では小指の先ほどにしか見えなかったビル群が、接近するににしたがって、本来の巨大な姿をあらわにする。

 ユキはスピードを殺すことなく廃ビルの森へ。

 ボーパルバニーもユキに続く。

 はめられたことにボーパルバニーが気づいたとしても、彼女が足を踏み入れてしまったのはコンクリートに区切られた細切れの空間だ。

 逃げようにも逃げられない。

 乱雑に積み上げられた積み木のような廃墟と廃墟の間を、ユキは着実に通っていく。

 上下左右の感覚はとうにない。

 ユキは計器を信じて飛び抜ける。

 ユキの額を、脂汗とも冷や汗ともつかない雫が伝う。

 とてつもなく苦しい機動に、肉体が声にならない悲鳴を上げていることが、濡れた感触から、わかる。

 それでもユキはスティックから手を離さない。右手の力が抜けることは、敗北を意味する。


 今にも崩落しそうなビル。

 無作為に伸びる空中回廊。

 でたらめに成長した植物。

 そして、眼下に舌なめずりするようにうごめく、夜目にもわかるほど激しい白波。

 ボーパルバニーも条件は同じだ。

 全ての障害物を躱し、ユキを捉えねばならない。

 ユキは機動に集中し、ボーパルバニーに攻撃と回避を同時に行うよう要求する。

 殺せるならば殺してみせろ。お前に後ろこそ取られたが、大人しく死ぬ気はない。

 それは、どんな言葉よりも有効に、ユキの意思をボーパルバニーに伝えていた。

 ボーパルバニーが苦労の果てにユキをロックオンできたとして、倒れたビルや空中回廊が射線を切る。

 集中力を切らせば、刹那せつなに死が訪れる。先に気を散らした方が、負けるのだ。


〈マスター、振り切ってください! 後ろを取らないと、負けます!〉


 前は高速鉄道の高架下に逃げ込んだ。

 だが、ユキはボーパルバニーを振り切れず、一か八かレールを支える支柱に機銃弾を打ち込み、壊してしまった。

 それなら。

 ユキはビルの森に向かってブレイク急速旋回

 海面に風圧で航跡の如き飛沫が飛び散る。

 劣化したコンクリートが背後で砕けて落ちる。

 障害物競走を続けよう。

 ユキがそう決断した途端、警告音が響いた。これは衝突警報だ。なに。


〈マスター! まずいです! 上!〉


 ユキはとっさに加速。

 バックミラーに、嫌にゆっくりと、ちたヘリポートがビルの上から海面へと落ちるようすが映っていた。

 ユキはアフターバーナーに点火し、スロットルを力任せに引き寄せる。

 機首を引き起こし、急速上昇。ビルの屋上が小さくなる。

 激しい衝撃と水柱が背後からユキを叩く。

 ビルが崩落した衝撃波で機体が振動する。

 インテークに破片を吸い込まないか。

 背後から跳ね上がった破片で機体が損傷しないか。

 祈っている時間はない。ユキは荒く酸素を吸い込む。

 私は、戦闘機パイロットだ。

 自分の腕だけが自分の生死を決める。

 きっと、ボーパルバニーも、そうであるように。


「ぬいぬい! 機体のチェックを!」


〈全系統異常なし! まだまだやれます!〉


「最高! で、しつこいあいつは?」


〈まだ飛んでます!〉


 はっきりと、こちらに向かってくる敵機が見える。その機体に描かれた白ウサギは、薄汚れた毛皮をまとっていた。

 ユキは方向転換。

 ヘアピンカーブのような軌道を描きながらユキは上空からボーパルバニーに飛びかかる。

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