Sorty.41 奇妙な夢、再出撃

 眠りに沈んだ意識の中、声が聞こえる。整備員が起こしに来たのだろうか。ユキは口を動かす。


「あと……5分……」


《市街地爆撃の許可が下りました》


 ユキの声は無視された。


《よくやったな!》


 抑えきれない感情をにじませた男の声。

 一方で、女の声は冷徹れいてつそのものだ。


《はい。一時的に市場は縮小しますが、復興事業による土木工事や不動産事業によって利益も得られ、革命的エネルギーを得られる可能性を提示して、了承していただきました》


 なにこれ。なんで整備員がこんな、軍の指揮をとるような話を。

 ユキは何がなんだかわからなかった。

 この声は、聞き覚えがある。

 耳で聞くというより、敵基地を爆撃したとき、その帰りに頭の中に響いてきたのと同じ声だ。

 バーグに相談して、全てが変わってしまった、あの声。

 人でなしどもの会話だ。


《だが、もう少し早く交渉をまとめられなかったのか?》


《我々も最大限の努力を行いました。相手はビエン軍です。海洋都市同盟には地上部隊の投入を断られてしまいましたが、今回は上手くやれました》


《海洋都市同盟軍の上層部は、情報がないくせに、チェレステの性質を察しているようだな》


《彼らは何度かチェレステに遭遇しています。南極からは、ビエンより海洋都市同盟の方が近いので、チェレステの生息域に近いのでしょう》


 チェレステの生息域? ユキはいぶかった。あんな機械そっくりな生き物、地球にいる気がしない。


《宇宙人が己の星を捨てる決断をしたのは、確かチェレステのせいだったな》


《ビエンの翻訳では、大藍鬿雀たいらんきじゃく、と。人を喰らう青い、鳥の形をした鳥ではないもの、という意味の名前で、宇宙人たちはチェレステを呼称している模様です》


《キジャク、中国の伝説上の人喰い鳥か。なかなか上手い名付け方だ》


《失礼します。通信です……ビエンによれば、もうすぐ準備に取りかかれるとのことです》


《やっとか。水を差すようだが、日を改めた方がいいのではないか? 市街地爆撃なら、深夜の方がいいだろう。逃げられる心配がない》


《出勤前の時間帯です。問題ないでしょう》


 こいつら、虐殺ぎゃくさつをやる気だ。ユキはむらむらと怒りが湧いてきた。

 同時に、疑問も生まれた。

 やつらは、ビエンの基地で20年前のオーシマ島のテロと似た状況を作り出そうとしていた。

 だが、今度はビエンと組んで何かしようとしている。

 いったいどちらの味方なのだろう。ユキにはさっぱりだった。


《なるほど……空戦の状況は?》


《ビエン、海洋都市同盟ともに、無人機を投入した模様です》


《……国際条約程度では、どちらもしばれなかったか》


《両国が使った、という事態ですので、国際連合による調停は絶望視されますが?》


いましめを増やせばいい。国民の中には反戦派もいるだろう。彼らの活動を支援し、無人機など二度と使わせまい、と軍に思い知らせるのだ》


《と、いうと?》


《無人機禁止条約の時と同じ手だ》


《あれを?》


《そうだ。市民のロビー活動に見せかけろ。機械が人間の生死を決めるなど、非人間的だ、とな。戦場で死ぬ兵士がいなければ、チェレステは呼べぬ》


《古代アステカの神でもまつっているかのようですね》


生贄いけにえを要求する荒ぶる存在だ。それほど遠くもない》


 博学をてらうような会話に、ユキは吐き気がした。

 なんの悪夢だ、これは。

 きっと脳が勝手に作り出した最悪の事態を、一番気にくわない人間の声で語っているだけだ。きっと。


《しかし、通信でここまで話して、よいのですか?》


《体内にチェレステを一定量持つ人間のみが、この念話を行える》


 なんですって。ユキが耳をすまそうとしたとき、激しく肩を揺すられた。


「犬養少尉! 犬養少尉!」


「ふああ……なに?」


「再出撃準備が整いました。格納庫へ」


「ラジャ」


 ユキは毛布を蹴飛ばし、ショートパンツをぬぎすてる。

 救命装具室に駆け込み、Gスーツ、フライトスーツとフライトブーツ、ハーネスとヘルメットを身にまとう。

 ヘルメットを調節し、酸素マスクの点検を行う。

 自分の身支度を整えれば、次は愛機の点検だ。

 無念無想で愛機を観察。問題なし。

 それどころか、獲物を待ちわびるたかのようにさえ見える。

 整備記録に目を通す。

 整備員と目視で機体の指差し確認をする。

 コックピットに乗り込み、フットバーのペダルを再調整。

 全ての計器、武装が問題ないことを確認。

  整備員が、取り除いた武装と機体の安全装置のピンを掲げる。

 ユキはその本数をカウント。全て取り除かれている。

 ユキはOKシグナルを出す。整備員がそのピンをしまう。

 同時にもう一人の整備員が、目の前で結んだ両手を離すシグナル。


「ディスコネクトします」


 整備員の言葉とともに機体からチョーク車輪止めとケーブルが外され、整備機器と機体との通信が切られる。

 ぬいぬいの最新のバックアップがチョイダット基地サーバーに保存済み、と小さな表示がグラスコクピットの液晶に表示され、すぐ消えた。

 もし、帰ってこれなければ、自分がいた証拠はぬいぬいのバックアップデータくらいだ、とユキは思う。

 キャノピを下ろす。

 楕円だえんの透明なからで、外界とユキが区切られる。

 整備員に見送られながらタキシング。

 管制塔との通信を終え、ユキは空を見上げる。

 まだ、星がまたたいていた。夜明けはまだ遠い。


「行こう、ぬいぬい」


〈ええ、どこまでもおともしますよ!〉


 エンジン出力点検完了。

 ユキはつま先から力を抜き、

 弾かれたように愛機は滑走路を駆け抜ける。

 アフターバーナー点火。あっという間に車輪から地面が引きはがされる。

 急速戦闘上昇。

 ぐんぐんと滑走路が遠ざかる。

長大な滑走路は、もはやカトラリーを入れる

 戦域まではぬいぬいが自動操縦。ユキは再び、エアリエルの指揮下へ。

 敵発見の報。ユキは増槽を切り離す。

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