Sorty.40 コンバットブレイク

 ユキはぬいぬいの指示通り、高高度を一直線に飛んでいた。

 ぬいぬいの指示通りというより、接敵せってき危険性なし、とぬいぬいに言われてからは自動操縦だった。

 秘密基地の管制塔から位置データが送られてきたから、衛星えいせい慣性航法装置かんせいこうほうそうちのデータを突き合わせればいいから、自動操縦の方がうまくいく、とぬいぬい。

 ユキは位置データなど見ていない、と抗議したが、パイロットには見えないよう送信されていた、とぬいぬいに言われて引き下がった。

 機械なら、データを消せば物事を完全に忘れ去ってしまう。だが人間はそうはいかない。

 合理的だが腹が立つ。腹が立つといえば、ぬいぬいから燃料切れになると警告されて戦域から泣く泣く離脱した時も腹が立った。

 あれもなかなか不思議だった、とユキは思う。


「ビンゴを設定してなかったのに、どうして燃料切れになる、ってわかったの?」


 ビンゴとは、あらかじめパイロットが設定する警告音である。

 燃料があらかじめ決めた量まで減ると、ビンゴという警告音が鳴るよう、飛行前に設定するのだ。

 今回はいきなりの出撃かつ、敵がどこにいるかもわからないという状況だったため、そんなものは設定できなかった。


〈そりゃ、絶えず現在位置と秘密基地の位置との直線距離を計算してましたから。マスターを補助し、生き残らせるのが戦闘機パイロット補助AIの存在意義ですから〉


「ありがと……ってあっさりすごいじゃん、ぬいぬい」


〈あら、良い褒め言葉。感謝します、マスター! そろそろ基地が見えてきますよ。自動着陸、いっちゃいます?〉


「敵がいないとは限らないし、私がやるよ」


〈ご命令ならば。ユーハブコントロール〉


「アイハブコントロール」


 手動操縦に切り替え、ユキは管制塔と通信。着陸許可を得た。

 ユキは滑走路上空まで高速で侵入し、急旋回きゅうせんかいしてダウンウィンドレグに入る。

 コンバットブレイクだ。

 航空ショーの着陸の方法として選ばれるほど、見栄えのする激しい軌道をガルーダは描く。

 急旋回きゅうせんかい、そして急減速。またたく間に下がり、観客席の前へ。

 華やかなだけではなく、着陸直前まで速度と高度を保てるので、戦闘地域においても理に適った方法なのだ。

 ただし、パイロットには瞬間的に凄まじい値のGがかかる。

 バイザー内に投影されるGの数値が跳ね上がる。体が見えない力によって座席に押し付けられる。

 HMDヘッドマウントディスプレイでよかった、とユキは思う。

 普通の計器だけなら、焦るあまりにオーバーGを起こしそうだ。

 そうなる前にぬいぬいが調節するということさえ、ユキは思い至らなかった。

 ダウンウィンド・レグへ到達。

 旋回やめ。ユキはスティックを中立位置へ。

 Gが消える。ユキは荒い息を吐く。

 ここからが一番きついのだ。ユキは自分に言い聞かせる。

 訓練学校で、教官の下品なジョークに眉をひそめたことを思い出す。

 彼は、一度切り離した地上との縁を結び直すわけだから大変だ、別れた彼女とヨリを戻すようなものだ、と着陸を表現していた。

 たしかに、的を射た表現ではある。

 ただ、あまりにも直接的過ぎた。

 そのきわどい言い方は、女子学生のみならず、一部男子学生からもその表現には抗議の声が上がったものだった、とユキは懐かしく思う。

 男子学生からの抗議の声は、彼女というのは性差別であり、中立名詞である恋人を使え、という政治的正しさを求める、いたってまともなものだった。

 しかし、奇特な趣味を持つ女子の同期――ユキに男同士の恋愛本を押しつけた彼女は、彼らの主張に対して、異様に目を輝かせていた。

 あの時の彼女はちょっと怖い、とリッカと話したっけ。

 馬鹿な回想を振り払い、ユキはランディングギア降着装置を降ろす。スピードブレーキも開き、急減速しながら高度を落とす。

 滑走路は大きさを増す。

 ユキは速度計と高度計を確認。

 大丈夫。減速は充分。

 ユキはアプローチを続ける。

 高度が下がり、地面効果によって増加した揚力によって、降下率がわずかに減少する。

 徐々に推力を下げて下降を継続し、ユキは沈み込み率を最小限に抑える。

 着陸の直前にエンジンをアイドルに切り替え。

 滑走路末端に狙いを定める。

 狙い通りの場所へ、浅い角度で着陸する。

 主脚メインギア接地。激しい衝撃。

 それでも歯を食いしばる。

 それでもユキは10度の機首上げを保ち、充分に機速を落とす。

 減速を確認して車輪ブレーキを作動。

 車輪ブレーキ作動と同時に機首が下がり、軽い衝撃とともに首脚ノーズギアが滑走路上に下りる。

 スピードブレーキを完全に開く。

 車輪ブレーキを最大に。

 キャノピ越しに流れる風景が線から、はっきりとした形になる。

 ユキは地上員の指示に従い、駐機位置へ。

 キャノピを上げるやいなや、ユキは愛機から飛び降りる。入れ替わりに整備員が愛機に殺到、検査を始める。

 補給と整備の時間は、約4時間と見積もられるとユキは整備員に言われた。

 その間に寝るよう勧められる。

 ユキは整備員に従い、飛行装具を脱いで収納。

 フライトスーツの下に着ていたTシャツ一枚と、貸してもらったショートパンツをはき、用意された仮眠用ベッドに潜り込む。

 一瞬後に、彼女の意識は闇にのまれた。

 どれくらいの時間が経ったのだろうか。奇妙な声が、ユキの耳朶じだに触れた。


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