Sorty.39 無差別攻撃

 敵味方入り乱れた乱戦だった。

 ミサイルアラートが絶えず鳴り響き、耳鳴りなのか本当に聞こえているのかさえもわからない。

 ただ、ユキは敵に背後を取られないことだけを意識する。

 機体とミサイルが入り乱れる空間の隙間をう。

 だが、ユキと愛機をおびやかすのは敵の殺意や、味方との空中衝突だけではない。

 無数のチャフとフレア、破片となった、もともとなんだったのかよくわからない金属。

 無誘導むゆうどうで空に放り投げられている分、ミサイルよりもタチが悪い。

 落下する破片は運動エネルギーを持つ。つまり勢いよくぶつかってくる。

 いくら丈夫なガルーダの機体とはいえ、機首のレドームなどの非金属部分に破片がぶつかれば、万一ということもある。

 コックピットの前に位置する、少しつぶれた円錐形のレドームの中には、レーダーが収められている。

 レドームが壊れるということはレーダーが壊れるということであり、それは目つぶしを食らうということだ。

 見張りが命の空戦で人間より優秀な目であるレーダーを失うということは、死を意味する。

 さらに、破片の中には軽いものもある。

 吸気口で破片を吸い込み、それがエンジンに入り込んでしまった場合、間違いなくエンジンは壊れてフレームアウトエンジンが停止する。

 細かい火山灰でさえまずいのだ。機体やミサイルの目に見える破片はいうまでもなくまずい。

 破片が当たりませんように。ユキは祈りながら回避機動を取る。

 ミサイルを撃とうにも、発射直前に背後を確認すると、必ず自分を狙う敵機がいる。

 生き残れ。バーグに教えられた通り、ユキは敵に仕留められないように飛ぶ。

 戦闘は、膠着こうちゃく状態におちいっていた。

 数の多さゆえだった。

 功を焦る馬鹿者を双方が狩り、賢いものは回避機動と牽制けんせいに終始。

 腕が悪いものは空から蹴り出され、実力者だけが残っている。敵味方の機動で、ユキにはそれがわかる。

 なかなか決着がつかない。

 前触れなどなく、猛者たちがにらみあう空域へ、無警戒な方向からミサイルが撃ち込まれた。

 レーダー反射パターンから、ビエンの長距離ミサイルと判別。

 まずい。ユキはなけなしのチャフとフレアを放出し、急上昇。

 長距離ミサイルは、ユキの近くにいた敵機に食らいつく。

 爆発。衝撃がユキの元にも伝わってきた。


「見境なしが!」


 ユキは吐き捨てる。

 馬鹿者はとっくの昔に空から追い出した。

 あの長距離ミサイルを放ったのは、味方撃ちのリスクを分かった上でやるサイコパスだ。

 短距離ミサイルは残っている。

 ユキがミサイルが飛んできた方角から敵機の気配を探り始めたとき、聞いたことのない警告音がした。


〈マスター、帰投して下さい! このままだと燃料切れです!〉


「わかった」


 生き残るのが最優先だ。

 バーグ少佐から教えてもらった。

 ユキは急降下。加速して戦場から離脱。

 安全を確認し、エアリエルに向け、離脱する旨を伝える。

 エアリエルから許可が下りるやいなや、ユキは帰投コースに乗った。

 傍受ぼうじゅの危険がない空域へ到達。

 待っていたとばかりに、秘密基地の管制塔から、戦闘ログを送信するよう要求される。

 ユキはぬいぬいに命じてやらせる。



「……やるしかないか」


 司令はつぶやく。

 管制室のスクリーンには、ユキから送られてきた、ガンカメラの画像が映し出されていた。

 ミサイルが炸裂さくれつしたとおもわれる炎と、それに照らし出されたコックピットのない敵。無人機。


「国際条約違反ですが、構いませんか?」


 副官に、司令はうなずく。サイドテールがゆるく揺れる。


「市民の命を守ることを誓い、それと引き換えに僕は今日まで生かされてきたよ、まともな人間としてね」


「ですが……過去、市民から非人道的な扱いを受けていたことを、恨んではいないのですか?」


「何のことかな?」


「失礼は承知の上ですが、副官に任命された際、司令が軍役に着く前の経歴を調べました」


「気にしないさ。そう、面白いものじゃなかっただろう?」


「アメリカ合衆国に存在した、闇人身売買組織の本拠地で保護される。名前と年齢を答えられなかったため、DNA検査による親の特定が行われた」


「ああ、そんな風に記録されてるのか」


「その結果、特定の親が存在しない、デザイナーズチャイルドであることが判明。動物の遺伝子が導入されていると思しき痕跡もあり。紫色の眼や髪の色は、人間由来ではない可能性が高い、と」


「遺伝子由来の障害も起きず、どうにか52年生き延びられたからね。気にしてないよ」


「産みの母親と考えられる女性たちも保護されたが、身体的特徴は一致せず。不法移民の

、どこの保護も受けられない女性が非合法的に代理母をしていた、と」


「覚えてないや。ボクはさ、男にお前は愛玩動物だ、って言われて育ってた。年上の子供が、調教と称して虐待されたのも見ていた。そして、ある日身なりのいい人間がやってきて、顔見知りがいなくなる。買われたんだろうね。ボクたちは、身なりのいい人間はお化けで、いなくなった子はお化けに食べられたんだ、ってうわさしてた」


「……外道が」


「異常しか知らなかった昔は、それが普通だったよ。ペットは飼い主に従え、と毎日のように言われてたし」


「でも、その地獄は終わった。保護された後、あなたはシャトナー捜査官夫妻に引き取られた」


「ずいぶん良くしてくれたよ。自分を助けてくれたおまわりさんが、母親になってくれるとか、夢のようだった」


「母親、だったんですか?」


「養子縁組だから夫婦と子供の縁組だ。あと、夫妻coupleと記載されてるけど、シャトナー夫妻は同性カップルだよ? 精子提供を受けるか養子をもらうか迷っていたからちょうど良かったらしい」


不躾ぶしつけながら。司令の私服の趣味は……」


「いや、別に強制されたものじゃない」


「はあ」


「二人して実家やら友人やらの反対を押し切って結婚した手前、息子が単純に可愛い服が好きだから着たい、と主張して女物を着るのを止められなかったんだよね。しかも、似合ってる。世間話は、このくらいにしようか」


「はい」


 司令は笑みを消す。


「全責任はボクが負う。第0格納庫を解放せよ!」


「ラジャ」


 副官は敬礼。解放手順に取り掛かる。

 秘密基地の片隅で、きしみながら耐爆扉たいばくとびらが開いた。

 星の光に異形の機体が照らし出される。

 コックピットの無い、ぬるりとしたシルエット。

 機体は闇のようなつや消しの黒。


「さて……最優の人形遣いと勇名をとどろかせた海洋都市同盟最強のドローンオペレーターの腕、しっかりと味わってもらうよ」


 8機の無人機は、夜空に吸い込まれるように次々と発進していった。

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