Sorty.37 空をゆく機械

 空中給油を終え、ユキは単独行動に。

 定常旋回ていじょうせんかいを繰り返し、警戒飛行を行うよう早期警戒管制機からは指示された。

 どこに敵がいるのか、上もわかっていないようだ、とユキは思う。

 なんと言っても、敵は見つけづらいのだ。

 相手の、安いSF映画に出てきそうなフライングパンケーキそのままの銀色の円盤は、曲面で機体が構成されている。

 その曲面は、こちらのレーダーが発信する電波を、しっちゃかめっちゃかな方向に乱反射する。

 そのため、レーダーが感知できる反射はわずかなものになる。

 その場合、敵機は不明飛行物体として表示されるか、最悪の場合、ノイズとしてコンピュータに処理され、

 つまり、機械をだまし、機械の目をごまかすのがステルス、とも言えるのだ。

 ガルーダの機体がサメのようにつるりとした形にしてあるのと同じ理屈だ。

 つまり、敵のUFOそっくりの機体は、ふざけた見た目のくせして優秀なステルスデザインなのだ。

 レーダーに映らないようにこっそりとステルス動ける機体から、レーダーを欺瞞ぎまんする機体へ。

 そのように、ステルス設計は進化している。ビエンも、海洋都市同盟も。

 軍用機ということもあり、電波吸収素材でできているのかもしれない、とユキは思う。

 相手の新型機体は、何もかもが謎だ。

 正式名称も分からない。

 動力はその挙動きょどうから、揚力ようりょくで飛ぶのではなく、反重力発生装置だろうといわれている。

 空戦のほとんどが、一般市民を巻き込むのを嫌って海上で行われるため、敵機の残骸ざんがいの回収も成功していない。

 相手の正体がなんだろうと、人間が乗っている。ユキはボーパルバニーの顔を思い出す。

 女だった。

 彼女はバイザーを上げていた。

 フラットスピンから回復し、飛び続けるユキに、驚愕きょうがくに見開かれた赤い瞳。

 機動のGで髪留めが切れたのか、フライトヘルメットから流れ出した長い黒髪。

 女優みたいな顔だったな、とユキは思う。

 アジア系の、ススキで切ったような切れ長の目に、そこそこ整っているであろう顔の骨格。

 口元は酸素マスクで見えなかったが、小顔なのは間違いない。

 肌が健康的な小麦色に焼けているのは、ユキとしては少しうらやましかった。

 長髪はすぐに枝毛になる。あの黒髪を保つのは大変そうだ、と思ったりもした。

 戦争さえなければ、二人はガールズトークをする関係だったのかもしれない。

 だが、空で戦闘機に乗って国家を背負って出会った以上は、二人の間には殺意以外の感情など、あり得ないのだ。

 なんであれ、ボーパルバニーだって追い詰めた。

 ユキはボーパルバニーの幻影げんえいを頭から追い出す。

 私は、奴らを、とせる。

 一度深呼吸。ユキは任務に集中する。

 自動操縦は使わないよう指示されたため、自分の腕で軽くバンクを入れて緩やかに夜空をすべる。

 エンジンの振動がわずかに伝わってくる以外は、静かだった。

 周囲を見張る。

 敵影なし。

 満点の星空だけが広がっていた。

 何光年もの先から、地球まで旅してやってきた光たち。

 リアルタイムの星々は、寿命じゅみょうを迎えてその姿を消しているのかもしれない。

 だとしても、ユキが見ることができるのは、今この瞬間に地球にたどり着いた光だけなのだ。

 星と戦う必要はないから、リアルタイムの星々を観測できずとも全く問題ない、と冷静なパイロットの部分が判断する一方で、とてつもない寂しさをユキは感じもするのだった。

 あの白く光るものは水平線だろうか、とユキは思う。

 しかし、どうもふくらんで見える。霧が海上を流れているのだろうか。

 その霧は、ちらちらとまたたいているような気がする。まるで星のように。

 あれは天の川だ、とユキは気がついた。

 とっさに首を回して星座を確認。

 動くはずのない星座の星がフラフラと踊っているように見えていた。

 明らかに感覚がおかしい。

 まさかとは思うけど。

 ユキはグラスコックピットに水平計を呼び出す。

 水平計は、おかしな角度に傾いていた。

 空間識失調。こんな時に。ユキの背筋が冷える。

 遠心力と揚力と重力の釣り合いによって、ほとんどの場合、パイロットは座席に押し付けられている。

 つまり、たとえ機体をかたむけていても、身体感覚としては、地上で椅子いすに座っているのと大して変わらないのだ。

 空に人間の感情は通用しない。

 司令の言葉がよみがえってくる。

 人間は陸上の生き物だ。空を飛ぶようにはできていない。

 だから空を飛ぶための存在である飛行機を信じろ。

 ユキは自分に言い聞かせ、水平計を頼りにスティックを操作していく。


〈マスター、もしや空間識失調ですか?〉


「うん。水平線が分からない」


〈了解しました〉


 ぬいぬいが答えるやいなや、ぐるり、とユキの視界が反転した。

 機首が右上方へ持ち上がる。


「わっ?! ぬいぬい?!」


〈水平飛行姿勢に調整しました。マスター、これで大丈夫ですよね?〉


「あー、うん。妙な感じだけど、計器を信じる」


〈感覚が正常に戻るまで、しばらく水平飛行で飛んどきましょうか?〉


「……助かる」


 ユキはスティックから手を離す。


〈命令には反しますけどね、マスター〉


「感覚がおかしいまま飛んで、あっさりやられるよりはマシ。空に上がってしまえば、自分と機体だけが頼りだし。命令を愚直ぐちょくに守るより、自分を最適なコンディションに整えておく方が優先」


〈マスター、パイロットらしくなってきましたね〉


「ぬいぬいも、随分ずいぶんサポート上手くなったじゃん?」


〈素早いデータ処理とアップデートは、AIの得意技なので!〉


「ありがとうぬいぬい。かなりマシになった。手動に切り替える」


〈ラジャ。ユーハブコントロール〉


「アイハブコントロール」


 ユキは再び、スティックを握る。

 迎撃準備は万全だ。敵さえ見つかれば、すぐにやれる。

 まだ、星空は静かにまたたいているだけだ。

 しかし、わずかずつとはいえ、じわじわと空気に殺気がにじみつつあった。


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