Sorty.36 夜の中へ

 敵の行動は、独特だった。

 海洋都市同盟空軍は、山の稜線りょうせんや海上に無人警戒レーダーを設置している。敵編隊を感知すると、その規模が自動的に指揮所に送信される。

 その規模を感知したコンピュータが、これまた自動的に脅威度きょういどを判定し、人間に対して警告。それを受けて、人間は適切な対処をとる。

 敵の大編隊が来たときと、敵の小編隊が来たときは全く違う対応をとる、というわけだ。

 最初に敵を感知したのは、海に設置されたレーダーだった。

 敵偵察ていさつ編隊と思われるものが2機。

 チョイダット基地のコンピュータは、事前に定められた情報処理プログラムにしたがって、人間に対してスクランブル緊急発進上申リコメンド

 担当士官はそれを受け入れ、スクランブルを実施。

 その直後に、山側からも敵偵察編隊接近の報告を別の自動レーダーが上げてきた。

 チョイダット基地コンピュータは、前回と同様にスクランブルを上申リコメンド

 その直後、また別の方角から敵編隊の接近が感知された。

 コンピュータは愚直にスクランブルを上申し続けるが、士官は何かがおかしいと感じた。

 ほぼ全方向から敵機が2機ずつ。

 感知されたのは20機。

 ステルス機を捉えきれているとは限らないため、倍の40機いると見てもいいだろう。

 恐らく、ストライクパッケージが時間差を置いて侵入してきているのだ、という事に士官は気づいた。

 コンピュータはスクランブルのみを行うよう勧めている。

 各自動レーダーが感知した敵機の数によって対応を変えることだけをプログラミングしたのだから、当たり前だ。

 無人警戒レーダーは単機能なシロモノだ。予算の範囲内で、単純なレーダーとコンピュータを組み合わせただけだから、無人警戒レーダー同士のデータリンクはできない。

 その必要もない。各レーダーがデータをチョイダット基地に送信すれば、そのデータをコンピュータが総合的に処理すればいいだけの話しなのだ。

 小編隊の侵入のみを行えば、コンピュータがスクランブルのみを上申するとビエンが読んで、わざとバラバラに警戒空域へと侵入してきているのだ。

 士官の背中を冷や汗が伝う。

 しかし、この状況では、スクランブル担当機だけではどうあがいても手が足りない。

 動かせる機体は全て上げなければ、対抗できない。

 士官は即座そくざに上官へ報告。

 上官は報告を受け、司令から留守を任されていたチョイダット基地副司令に連絡。

 副司令はチョイダット基地の即応体制そくおうたいせいを取っている戦闘飛行隊全てに出撃命令を下す。

 最後に、副司令は秘密基地にいる司令のもとにも、警告を送ったのだった。


 ▲


「格納庫はこちらです! 早く!」


 ユキは司令と入れ替わりに現れた整備員を追いかけていた。

 今まで通ったことのない、淡く不気味な、非常灯の赤い光だけがある暗い通路を二人で走る。

 曲がり角をいくつ通り過ぎた頃だろうか。整備員が足を止める。

 目を凝らすと、耐爆扉たいばくとびらの前だった。

 ユキが荒い息を繰り返す間に、軽い電子音とあるかなきかの金属のきしみとともに、耐爆扉たいばくとびらが開く。

 その先は、がらんどうの地下空間だった。

 まるで空になった地下水槽のような、非常灯の赤だけが水に落ちた血のようにたゆたっている、非人間的な巨大なコンクリートの空き箱。

 その中央に、黒く沈んだ、見慣れた影。

 直線的なインテークに、角度のついたV字双垂直尾翼そうすいちょくびよく

 ステルス性を考慮こうりょし、三角形に切りかれたデルタ翼。

 双発エンジンとコックピットと対空ミサイルを飲み込んだ機体は、ぬるりとすべらかな、魚を思わせる流線形。

 非常灯の光のせいで、形を持った闇のような色となった機体は、愛称の由来となった神話上の鳥より、地上に引き上げられた深海のさめを思わせる。

 海洋都市同盟空軍の最新鋭機、VAヴァーユアビエーション-43ガルーダ。

 夕雲工廠ゆうぐもこうしょうとヴァーユアビエーションの共同設計機。

 そして、ユキの愛機。


「犬養少尉! 救命装具室はこちらです!」


 整備員から指示が飛ぶ。


「ラジャ」


「発進手順はスクランブル発動時と同じようにお願いします!」


「ラジャ」


 ユキは駆け足で救命装具室へ。

 耐Gスーツ、フライトブーツ、フライトスーツ、ハーネス、ヘルメット、酸素マスク。

 身につけ方は体が覚えている。全ての装具をまとい、全速力で愛機の元へ。

 愛機に飛び乗りエンジン始動。続いて各種点検。ぬいぬいも叩き起こす。

 整備員からメモが差し出される。

 搭載とうさいした物の説明だった。

 増槽2。中距離ミサイル2。短距離ミサイル6。ガンは満タン。しかし燃料タンクの中身は空きがある。

 空中給油を行え、という指示が書きつけられている。

 ユキはメモの通りの武装が搭載されているか、コックピットから確認。

 直接目視できないのは不安だが、今は急を要する。仕方がない。

 各種機器をチェック。

 私物のラジオまでしっかりある。

 飛べる。

 ユキはキャノピを下ろす。

 愛機の前で、ユキが入ってきたのとは別の耐爆扉たいばくとびらが開く。

 その先は、墨汁の海のような、艶消つやけしの闇だった。

 ユキはリクエストタクシーコール。管制塔からすぐにオーダーがユキに送られる。

 天気は曇り、現在時刻2100。

 空中給油機までここの管制塔がユキを誘導ゆうどう

 その先は早期警戒管制機、エアリエルの指示に従え。

 高度や周波数の指示を除くと、ユキに下された指示はこのようなものだった。

 滑走路に入るとき、バーグが管制塔と交信。


〈レディ〉


〈クリアテイクオフ〉


 タキシングから止まることなく、ユキはそのまま加速。ローリングテイクオフ。

 オーダーに従い、アフターバーナーを焚き、地面を蹴飛ばして急速離陸。

厚い雲を突き抜け、ぐんぐんと星の海が近づいてくる。

指示された通りの高度と方角に飛ぶうちに、雲が流れて海が見えてきた。

星の光を反射して、魚のうろこのようにちらちらとまたたく波。

そして、見渡す限りの空間には、ユキ以外誰もいない。

どこまでも孤独で、どこまでも幻想的な風景だった。


場違いな明るいファンファーレが鳴る。


〈ぬいぬい、マスターと出撃します!〉


「今日は、噛まなかったね」


〈初陣のマスターは、力が入りすぎてましたから! 今のマスターは、いい意味で力が抜けていますので!〉


「そっか」


 ユキは操縦を自動に切り替える。

 HMDが自動的に暗視補助モードに。

 爆発の光が増幅ぞうふくされ、目がくらむ可能性がある。何より夜闇に慣らした目がだめになる。

 星のまたたく無人空間を、ガルーダは低い響きを引き連れ、着実に敵へと近づいていた。

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