Sorty.35 虐殺と戦闘の差異

 ブリーフィングルームを出た後、ユキは秘密基地に連行されていた。

 きちんと処方箋しょほうせんつきで差し出された睡眠薬を飲み、戦闘機の轟音ごうおんで耳がやられないよう整備員たちがつけているイヤーマフ、アイマスクも付けるよう指示され、ほとんど合意の上での誘拐ゆうかいだった。

 ユキが目を覚ました時、日付こそ教えてもらえたが、どのような移動手段を使ったのか訊ねると、誰しもが口をつぐんだ。

 数日過ごしてユキにわかったのは、二つだけだった。

 ここは味方にも秘匿ひとくされた地下基地だということ。

 ここの食堂のカレーライスはさらりとしてスパイシーなインドカレーで、チョイダット基地の日本式のとろみのあるカレーとは違うこと。

 そこでユキに与えられた任務は、チェレステの出現事例について調べることだった。

 ユキは貸し与えられた端末上の辞書アプリケーションを閉じ、手元のメモを見比べる。


 ぎゃく‐さつ【虐殺】


〘名〙 残酷な手段で殺すこと。むごい殺し方。


 せん‐とう【戦闘】


〘名〙 たたかい。いくさ。特に、作戦の個々の場面で、攻撃、防御、追撃などを行なうこと。また、その行動。


 精選版 日本国語大辞典より引用


 背後から司令が近づく足音に、ユキは顔を上げる。


「調べ物かい? わざわざ図書室で?」


「はい。持ち出し禁止資料を見る必要があるかと思ったからここでやってるんですけど、結構、これでアクセスできるデジタルデータで調べ上げられてて、今のところは本とか、ハードデータは扱ってません」


 だからユキはタブレット端末とにらめっこの日々を過ごしているのだ。


「なるほどね。これ、どういう意味なんだ? 短いから機密情報ではなさそうだけど、文字というより、絵か図形にみえる」


司令はユキの隣に腰を下ろす。


「あー、これは日本式の漢字と、ひらがなです。文字ですよ。一般に流通してる辞書の内容なので、機密的にもメモをとって問題ないものですよ」


 そういえば、日本語でメモしていた。

 確か司令は英語と共通語以外話せないはずだ。ユキは英単語を思い出して、解説する。


「こっちのメモが虐殺ジェノサイドで、こっちのメモが戦闘コンバットって意味ですね。ちょっと、共通語だけじゃなくて日本語でも、意味の違いを見てみようかな、と思って」


「虐殺と……戦闘の、違い?」


「これは虐殺ではない、戦闘である、って頭の中で声が聞こえたことがあって」


「いつのこと?」


「初めて出撃した時です」


 ユキは事のあらましを説明。一ヶ月前かそこらの初出撃が、十年前のことのように思える。


――”総体”に告ぐ。ウスハナサクラ、出撃の必要なしと判断。


――虐殺を放置することは出来ない。出撃せよ。


――否。これは戦闘である。戦闘には干渉しないというのが我らの大綱である。


――ウスハナサクラの判断に任せる。


――感謝する。


 薄花桜がもし”総体”とやらの指示に従って出撃した場合、ボーパルバニーと自分たち、どちらの味方をしたのか、とユキは考える。

 もしかすると”総体”は、ユキもボーパルバニーも両方殺す気だったのかもしれない。


――薄花桜うすはなさくら、さん?


 ユキが問いかけると、その声は一瞬途切れた。


――相手の動力は重力に依存する。健闘を祈る――ユキ。


 それっきり、電源が落ちたかのようにその声は消えたのだった。

 ユキの存在に気づいた薄花桜が、総体の意図を阻止そししたのだ、と今更思い至り、ユキは背筋が冷えるような、胸が暖かくなるような、不思議な気分になった。


「ふうん……虐殺と戦闘、か」


 ユキの話に、司令は興味深い、と言った。


「区別できるもの、なのでしょうか」


「……どうなんだろう。君が引いている辞書の概念だと、戦闘によって虐殺が起きることは矛盾むじゅんしないよね」


「言葉が違うから、違うものだとは思いますけど」


「まあねぇ。戦った結果むごたらしく人を殺してしまうことはあるけれど、軍隊でも初めから敵をむごたらしく殺すことを目的にする者はいないよ」


「断言、できるんですか?」


「もし人を殺したくて軍隊に入った者がいたとしても、徹底的に教育して、国防の為に銃を取る、とり込んでいるからね。任務についているなら、性根は叩き直しているさ」


「なるほど」


「ただ、戦闘と虐殺の区別の付け方か。難しいことを考えるね……」


「難しい?」


「過去、都市での戦闘で撃ち殺してしまった市民の死体にスコップを持たせて、小銃を持った兵士に見えたから撃った、と言い訳した兵士がわんさかいたらしい。これは、どう解釈したらいいと思う?」


「これは……虐殺、ですよね?」


司令はユキにうなずく。


「僕もそう思う。でも、彼らは戦闘だと言い張っている。スコップ一本の違いなのかな?」


「スコップじゃないと思います。戦闘員と非戦闘員の違いでしょう」


「なるほど、戦闘員である兵士を殺すのは戦闘だが、非戦闘員を殺すのは虐殺だ、ということかい?」


「なんとなく、ですけど。私が聞いた通信の薄花桜うすはなさくらと、オーシマで私を助けた空色チェレステの飛行機と同じなら、そのニュアンスが一番近いと思います」


司令は目を閉じ、大きなため息をつく。


人道に対する罪crime against humanityに当てはまるような虐殺を、虐殺として扱う言葉の使い方だな、そのウスハナサクラとやらの口ぶりは」


「クライムアゲインスト……ひ……えっ?」


 聞き慣れない言葉だった。ユキが聞き返すと、司令は教師のような口調で解説する。


「国家もしくは集団によって一般の国民に対してなされた謀殺ぼうさつ、絶滅を目的とした大量殺人、奴隷どれい化、追放その他の非人道的行為、という犯罪概念さ。まあ、兵士以外を意味なく残虐に扱うのは軍人といえども犯罪、というわけ。チェレステに人間らしい正義があるとは思えないが、なぜーー」


 警報が鳴り響く。


〈警報。同時多発的に敵機の侵入〉


 突然スピーカーから飛び込んできたスカイウォッチャーの緊迫した通知音声が、管制室の雰囲気が一変させる。


「何だって!?」


 椅子を蹴飛ばして司令が立ち上がる。


「ホワイトマグノリア、第0格納庫、いつでも使用可能です。ご命令を」


 いつのまにか、副官が司令の横に立っていた。

 司令は頭に手を当てて沈思黙考ちんしもっこう


「……いや、やめておこう。ビエンに正義を与えることになる。表に出せる戦力は、こちらからも出そう」


「では、パイロットを?」


 副官はユキをじろじろと見る。


「……ああ。ここの場所を知る人間が増える方が、まだマシだ」


「まだマシ、ですか」


「ああ。まだマシ、まだ少ない犠牲、敵に勝てる地獄絵図を選ぶのが戦争だ。そうだろう?」


「……お変わりないですね、ホワイトマグノリアは」


「僕の判断で破壊しなければいけない部下が、機械に加えて人間が入っただけだからね。犬養ちゃん、君は格納庫へ。整備員に案内させる」


「ラジャ」


 ユキが敬礼すると同時に、司令と副官は駆け出している。

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