Sorty.31 相棒の知らない通信

 チェレステ、とユキが言った瞬間、空気が一変した。

 夕方の気配をまとった風が、ざわと吹く。

 初春しょしゅんの風は、まだ冷たい。

 ひやりとした首筋を手で温めながら、ユキは答える。


「戦闘中に無線に雑音が混じって、チェレステの出現条件がどうとか、兵士以外の人間を殺す必要があるとか言ってるのが、聞こえたんです」


「ぬいぬいは、混線に反応しなかったのか?」


 眼鏡の奥から、氷のような視線。敵機を狙う目だ、とユキは直感する。


「はい」


「それは、無線ではないだろう。だがまさか……部下までか……」


「どうしました?」


「ぬいぬいを呼び出さなければな……格納庫は馬鹿どもがいる。ブリーフィングルームに戻るぞ。話はそれからだ」


「ちょっ……た、隊長?!」


 バーグはユキの手をつかみ、早足でブリーフィングルームへと向かう。

 引きずられるようにユキも彼についていく。

 焦りのためか薄くにじんだ手汗と、きつい握力。

 早い脈が、ユキの手のひらに伝わってくる。


「隊長、逃げやしませんから! 痛いです!」


「は?」


「だから、手です! 力をゆるめてください!」


 バーグはきょとんとした様子で立ち止まる。

 そして、視線を下にむけ、自分とユキの手が繋がれているのをまじまじと見た。

 次の瞬間。

 バーグの白い顔があっという間に真っ赤になった。

 短髪からのぞく耳まで赤一色だ。

 続いて、熱いヤカンに触れてしまった時のように、素早くバーグはユキの手を放り投げるかのごとく乱雑に振りほどいた。


「すまん」


「極端です、隊長」


「じゃあ手をつないだまま行くか?」


「結構です!」


 ユキの頰がかっと熱を帯びる。茶目っ気たっぷりにバーグが笑う。


「犬養、赤いぞ」


「バーグ少佐こそ」


 馬鹿なやり取りをしながらブリーフィングルームへ。ユキは適当な席に腰掛ける。

 二人きりのがらんとしたブリーフィングルームに、ユキは小学校時代に居残りをさせられたことを思い出す。

 何か悪いことをしてしまったのではないか。不安に思っていると、バーグがユキにノートパソコン型端末を差し出した。


「ぬいぬいとコンタクトを取れ。AIの登録番号を打ち込めば、すぐできる」


「ラジャ。って古めかしいものを……」


「古くて結構。俺が一番使い慣れてる端末だ。キーボードだから目をつぶっても指の感覚で打てるのがいい」


「私とかタブレット端末でフリック入力か音声入力ばっかりなんですけど」


 ぼやきながらユキはぬいぬいと接続。帰投中に不審ふしんな混線がなかったかたずねる。


〈マスター? 私そんなの、聞いてません!〉


 ぬいぬいの困惑した答え。このトーンは該当がいとうデータがサーバー上にさえ存在しない時のものだ。


「ぬいぬい? 本当なの?」


〈はい! ログを確認されますか?〉


「不要だ」


 バーグがさえぎる。


「チェレステは既知きちの通信機には反応できない。なぜか人間の脳に直接干渉する。おそらく、チェレステ自体ではなく、チェレステを狙う集団の通信が聞こえたのだろう。違うか?」


「はい。その通りです」


 バーグの表情が悲痛にゆがむ。彼は頭を抱えて近くの机に倒れ伏した。


「なんてこった……内容を、書き出してくれないか? 思い出せる範囲でいいから」


「はい」


 起き上がったバーグに渡されたレポート用紙と鉛筆で、ユキは謎の声を思い出し、知らない男と女のやり取りをつづる。


――チェレステ、出現せず。作戦目標の達成はできませんでした。


――チェレステの出現条件は満たしていたのだな?


 考えてみると、頭の中に声が響いてきた時、見知らぬ人が無遠慮に体を触ってきたかのような不快感があった。


――はい。重力異常状態でしたので、これ以上ない最高の条件でした。20年前のチェレステ出現時以上かと。


――そうか……ならば、何が足りなかった?


――恐らくは……死者の数、では。オーシマ島と違い、地上部隊の投入が行われなかったため、地下シェルターに逃げ込んだ者は助かったようです。


 自己と他者の境界が踏み荒らされるいら立ち。いまはバラバラになっているが、本来は同じであるべきなのだと強制されるかのような圧力。


――代替策はないのか? どうしても死者が必要なのか?


――はい。市街地への空爆を行えば、間違いなくチェレステが出現するかと。チェレステは空の覇者です。拿捕だほに成功すれば、世界の制空権は我々のものです。


――駄目だ。兵士以外の人間を殺すとスポンサーからの出資が得られなくなる。


 そして何よりも、自分の手を汚さずに他人に人間を殺させる、その性根しょうね

 人間を殺さない、という結論で会話は終わったが、その理由は金だ。

 つまり、金になるなら人を殺す、殺人者どもの会話が頭に割り込んできたのだ。


――承知しました。


「オーシマ島、か」


ユキの書き出した文章を読み、バーグはひとりごちた。


「たしかに炎上する敵基地は、20年前にテロリストに襲われ、市街地全てが壊滅したオーシマ島に似ている気がしました。私が逃げ回った街を、上から見たらあんな感じなのかな、と。個人の感想ですが」


「実際の被害者が言うんだ。信用する」


「この無線が私の幻聴げんちょうでないのなら、空爆の光景があの日のオーシマ島に似ていたのは、偶然ではなく、あえて似せていた者がいる、という事なのですか?」


「そうだろうな。この話は、俺の手には余る。詳しい方のもとで、もう一度話してもらえないか?」


「ラジャ」


 バーグは立ち上がり、内線を掛ける。


「こちらバーグ少佐。『空の色が異常』でした。……いえ、私ではなく、犬養少尉からの報告です。……はい? いえ、こちらが犬養少尉を連れて出向きますので……はい。ブリーフィングルームの方がよい、と。はい。御足労をかけます」

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