Sorty.30 生還

 満身創痍まんしんそういながらもユキは愛機を無事着陸させた。

 デブリーフィング作戦結果報告を終え、ユキとバーグは格納庫へ。愛機の損傷状況を見るためだ。

 自分の機体の点検を終えたらしく、バーグが愛機の点検を行うユキに歩み寄ってきた。

 ユキの機体を眺め、バーグは大きなため息をつく。

 ひどいものだった。

 片方の垂直尾翼を吹き飛ばされ、それ以外にも大小の傷や焼け焦げがついている。絵に描いたような戦場帰りの機体だ。


「よく、生きて帰って来たな」


 安堵あんどのため息だったのだ、とユキが気づいたのは、ぐっしゃぐしゃに頭を撫でられ始めたからだった。

 せっかくとかして結んでるのに台無しだ。上目づかいでユキは抗議する。


「乙女の頭をそんなに無遠慮に触っていいんですか?」


「名字にdogって意味の言葉が入ってるんだ、犬扱いしたっていいだろう」


 バーグは手を止めない。

 ユキの頭は現在進行形で鳥の巣のようにぼさぼさになりつつある。

 ぬけぬけと! ユキはむっとした。髪型を崩されているのに、そんなに嫌じゃないのが逆に腹がたつ。


「ひどーい! 犬養だから犬じゃなくて犬を飼う人です!」


〈そーですそーです! バーグ少佐はマスターに対する扱いが雑なんです! さあマスター、修理が終わり次第、私と戦闘ログを見返して次の戦闘の戦術立案やりましょうよー!〉


 ぬいぬいもユキに加勢する。バーグも負けていない。


「背後の敵機の警告もしないポンコツAIの話を聞いても役に立たんだろう!」


〈えー、私はバーグ少佐の挙動をしっかり見てましたからね? バーグ少佐なら90%以上の確率で撃墜に成功するという計算結果だったから警告しなかったんですー!〉


「残りの10%を引いたらどうするつもりだったんだ!」


〈え? 今までのデータによりますと、バーグ少佐の僚機りょうきの帰還率は100%、バーグ少佐自身も被撃墜歴ひげきついれきなし。感情的で、不適切な指導を行う傾向にあるが、空戦ではマスターの背中を預けるに値するとの結論に達しましたので〉


 食ってかかるバーグに対し、ぬいぬいはぬけぬけと言う。

 ほめられているのか、けなされているのか。バーグの表情は複雑だった。


「お前AIのくせして、いい性格してるな、ぬいぬい」


 ぬいぬいはふんす! という鼻息音声をわざわざ流してバーグをあおる。


〈戦果の最大化とマスターの安全を最優先に計算するように設計されていますので! 恨むなら開発元の夕雲工廠ゆうぐもこうしょうにクレーム電話でも入れてくださいね!〉


 和気藹々わきあいあいと言い合うバーグとぬいぬいに、整備班長が乱入してきた。


「はい! 損傷確認が終わったらパイロットはさっさと寝ろ! AIと張り合ってどうするんだバーグ! 相手は機械だ。女の子がキスする相手じゃねぇ!」


「犬養少尉は……そういう相手じゃない!」


「いや全然そんなんじゃないですから!」


 また声がそろう。

 整備班長は両こぶしを握りしめていた。心なしかわずかに震えているように見える。


「バーグ、この前から犬養少尉をデートに誘うわ、格納庫をなんだと思ってんだお前! イチャイチャを見せつけるんじゃねぇ! 警衛けいえいのシフトが入った時も大概なもん見せられるわ、いちゃつくならさっさと二人でどっかしけ込んでくれ! 俺の前でやるな!」


「あの警衛……お前だったのか」


 今気づいた、とバーグ。整備員が班長をたしなめる。


「整備班長、そんなこと言うから彼女がいつまでたっても出来ないんすよ!」


「うるせえ! 俺は魔法使いになってやる!」


「ならなくていいです。というか整備の腕は今でも魔法レベルです」


「ありがとよ。真面目に仕事してたら女の子はパイロットとチャラ男とマッチョにかっさらわれ通しでよ……誰か拾ってくれ……」


 整備班長はおいおいと男泣きに泣き始めた。


「僕でいいなら……」


「男は却下だ! 一生面倒見るから女の子がいい……」


「古風ですねぇ……」


「いくら出会いがないからって目覚めちゃいねぇよ……整備員もパイロットも半分は女なのに、どうして俺には出会いがないんだ……いい雰囲気になったと思ったらかっさらわれちまう……」


 いい雰囲気になったと思ったらかっさらわれちまう、と整備班長が言った瞬間、彼の背をさすっていた整備員が明らかに動揺した。


「ま、まあ、縁がなかったと……」


「縁切りのバケモンでもいてんじゃねえかってぐれぇだよ……今のところは多信仰容認論者だが、女の子と付き合えるなら特定の神様に入信してもいいのぜ……何か知らないか?」


 縁切りのバケモン、と班長が言った瞬間、不自然に整備員が停止する。彼は何事もなかったかのように班長に寄り添い続ける。


「それだったら多神教オススメですよ。女の子ってそういうの好きだから共通の話題になるでしょう」


「男のくせに詳しいなお前。彼女いるのか?」


「好きな人に振り向いてもらえなくて神頼みですよ察してください」


「相当良い女なんだろうな。叶ったら言ってくれ。後輩の幸せを祝えないほど、小さい男じゃねぇからよ」


「本当に、班長はいい人ですね」


 モテない男二人の愚痴ぐちり合いだ。なんだかバカバカしくて面白い。ユキが笑いをこらえていると、バーグが軽くユキの肩を叩いた。


「犬養、行くぞ。俺たちは何も見なかった、いいな?」


 達観した瞳でバーグは歩き出す。ユキは追いかける。


「はい……どういうこと、なんですか?」


 二人で宿舎に向かって夜道を行く。


「俺たちは何も見ていない。個人の恋愛は自由である。生き残り同期の中には、パイロット補助AIを嫁と言ってはばからない奴もいる。あの馬鹿に比べれば人間同士のれたれたはとても自然なことである。いいな?」


 安い読み上げソフトのような平らな声。

 ユキは察した。

 訓練学校の同期から、そういう作品を布教されたことはあった。

 だがユキに男同士の恋愛事情を観察する趣味は、無い。


「確かに……ぬいぬいは人間くさいですもんね。機械なのに」


「飛び方は同期最強だったグセイノフに通じるセンスとデタラメさ、AIに対してはぬいぬいとかいう愛称を付けてやがるという感情移入ぶり」


「はい?」


「犬養、本当にお前と最初に会った時は、嬢ちゃんが遊覧飛行感覚で戦闘機に乗りに来やがったと思っていた。だが犬養。お前は戦場をめているやつよりも、はるかにがたい、同期のとんでもない部分を煮詰につめた奴だった。しかも、ボーパルバニーに2回も遭っていながら、生きて帰ってきた」


「簡潔にお願いします」


「お前は最高の僚機だ、犬養。死ぬんじゃないぞ」


 どきりとユキの心臓がねた。

 鬼教官だと分かっていても、好みの顔でそんなことを言われたらきゅんときちゃう。

 ユキはあわてて話題を変える。何があったっけ。そうだ。帰投中に聞いた謎の声。


「ところでバーグ少佐、チェレステという言葉を知っていますか?」


「どこで聞いた、その言葉」


 バーグの表情が、一瞬で臨戦態勢になった。

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