Sorty.28 センサー/シューター

 ユキのメインディスプレイに味方ミサイルを表す輝点きてんが一斉に湧き出る。

 帰投開始した第5戦闘飛行隊から託されたものだ。ユキは口頭で命令する。


「ぬいぬい、ミサイルの誘導を」


〈ラジャ〉


 画面表示が、ただの友軍ミサイル表示から、誘導中に切り替わる。

 ミサイルを放った第5戦闘飛行隊シューターは肉眼どころか、レーダーでさえ敵基地を見ていない。

 対して、敵基地をロックオンしているユキセンサーは一発も対地ミサイルを撃たない。

 奇妙な戦闘である。

 だが、これがセンサー/シューター戦術だ。

 大量のミサイルをぶら下げると、レーダー反射断面積が増加し、ステルス性がそこなわれる。

 そして、敵基地に接近したことを察知されやすくなり、迎撃されるリスクが高まる。

 しかし、火薬の量が少なければ敵を空爆しても、有効打は与えられない。

 そこで、データリンクを使用し、ミサイルキャリアーの機体が撃ったミサイルを、ステルス状態の機体に誘導ゆうどうさせ、ミサイル撃ちっ放しよりも命中率を高めるという戦法が採用されたのだ。

 だが、センサーユキとバーグより遠くにいるシューターリッカとて、安全圏あんぜんけんではない。

 離脱する第5戦闘飛行隊に敵が食らいつき、空戦が始まる。

 第5戦闘飛行隊にはリッカがいる。助けに行かないと。反射的にユキは思う。あの日の約束が頭をよぎる。


――守ってくれるよね、ユキ。学校の時みたいに。


 ユキの右手を包んだ、やわらかい手のひらの感触と、確かな体温。


「守りたいに……決まってるじゃん……」


 でも、命令に逆らうことはできない。

 親友の援護に行きたい気持ちを必死に抑え、ユキはミサイルの誘導を行う。

 ユキが送る情報に従い、獲物に向かう猟犬のように、一直線にミサイルは敵基地に向かう。

 敵の対空砲火で数本が撃ち落とされるも、弾幕をかいくぐった空対地ミサイルが着弾。

 起爆する。

 禍々まがまがしく赤い炎と朦々もうもうとした黒煙。

 一拍遅れてビリビリとユキの乗る愛機のキャノピを震わせる衝撃波。弾薬庫にでも当たったのだろうか。

 機体をかたむけて見下ろすと、地獄さながらのデタラメな黒と赤が広がっていた。

 敵基地は炎上。目視の限り、滑走路も使用不能なまでに破壊。

 作戦は成功だ。ユキは任務を果たした。

 あの日、オーシマ島を上から見たらこんな感じだったのかもしれない、とユキは思う。

 それ以上の感慨はなかった。

 全ては変わってしまった。

 全てのミサイルの輝点が消えたのを確認し、ユキは機体をひるがす。

 残弾はガンが満タン、ボムベイ内に中距離ミサイル2本、短距離ミサイル4本。

 残燃料も余裕がある。増槽の中味はほぼからだが、まだ落としてはいない。

 ユキにも、格闘戦を1、2回やるだけの体力がある。

 敵に探知されないよう、まだ無線封止は継続中だ。

 ユキは戦域を確認。

 第5戦闘飛行隊にはまだ敵機がまとわりついている。

 私のセンサーとしての任務は終わった。

 ユキは増槽を切り離す。空気抵抗と重量が減り、途端に愛機が身軽になる。

 アフターバーナーに点火。急速上昇。高めに高度を取り、位置エネルギーを得る。

 一度機体を背面にして急降下。

 コックピットを下にした方が、速く降下できるのだ。

 位置エネルギーを速度エネルギーへ。

 アフターバーナーを切っても、重力によってユキは加速することができる。

 乱戦の中へ、矢のようにユキは突き進む。

 敵機が第5戦闘飛行隊に食らいついているのが、レーダー画面に表示される。

 第5戦闘飛行隊を表す輝点が、一つ消えた。

 1機、敵にとされたのだ。


「……ちくしょう」


 急降下のGに耐えながらユキはうめく。

 敵機はゴミ漁りをするカラスか何かのように、ヤタガラスに食らいついている。

 ヤタガラスはカナードによって高い運動性を得ている。

 そのかわり、レーダー反射断面積が大きく、回避機動に失敗した場合、ミサイル被弾率が高いというデメリットがある。

 編隊から考えてあそこはリッカではなかったはず。

 レーダー画面から消えたヤタガラスの位置から、ユキは一瞬胸をなでおろした。

 だが、敵機が選んだ次の獲物はリッカだった。

 ユキはアフターバーナーで加速して敵機の後ろへ。


「リッカは、私が、守る!」


 敵機をロックオン。

 中距離ミサイルを選択。ボムベイを開き、リリースボタンを押し込む。

 ミサイル発射とほぼ同時に、コックピットに鳴り響く警告音。悲鳴のようなぬいぬいの声。


〈敵反応、増加! ミサイルを発射した模様!〉


「チャフとフレアを!」


〈アイサー!〉


 お互いにチャフとフレアを放出し、ミサイルを無効化する。

 チャフのレーダー反射とフレアの赤外線を機体のレーダー反射とエンジンの熱と誤解したミサイルの近接信管が作動する。

 虚空こくうに金属片がき散らされる。

 ユキも敵機も、減速せずヘッドオン。そのまま有視界のドグファイトへ。

 お互いに機銃を撃ちながらすれ違う。たくみに機体を滑らせるため、命中弾はなし。

 ユキの目に、いつかの白ウサギの絵が飛び込んでくる。

 あいつだ。飛び方からしても間違いない!


「ボーパルバニー! 今度こそ逃さない!」


〈マスター、近すぎます。離れて仕切りなおしましょう〉


「わかってる!」


 ぬいぬいに言い返し、ユキはブレイクする敵機に同じくブレイクで食らいつく。開閉するハサミの刃のように、二機の軌道きどうが絡み合う。

 ローリングシザーズの名にふさわしいマニューバが、高空で繰り広げられる。

 さながらエアショーの曲技飛行だ。競って飛行している相手より前に出てしまえば背後から撃たれる。

 互いに相手を前に出そうと、相手より飛行速度を落としたり、急旋回きゅうせんかいによる蛇行距離を稼ごうとするが、お互いに息がぴたりと合い、全く隙がない。

 だが、不意にボーパルバニーがバレルロールから水平飛行に移った。

 機首方向を変えずに上昇し、ボーパルバニーは急激に減速。

 ユキはオーバーシュートし、敵機の目の前に滑り出てしまった。

 ユキの後ろに位置した敵機が機銃発射、右翼上面を通過。ユキはなんとか回避したものの、慣性に逆らえず、機体をうまく操れない。

 第二射。回避できない。

 垂直尾翼に被弾。

 ハンマーで思い切り叩かれたかのような衝撃が走り、右の垂直尾翼が引き飛ぶ。

 横安定を失った機体が、コマのように水平にぐるぐると回る。

 フラットスピンに入ってしまった。ユキは反射的に理解していた。

 本来なら、現代戦闘機はスピンに入ることのないように作られている。

 だが、尾翼を一枚失ってしまった状態では、設計も無力だったようだ。

 機体は続いてきりもみ状態に。

 脱出するしかない。

 でもこのままだと撃ち殺されるのは自明だ。


「ちくしょう!」


 ぬいぬいは沈黙している。ユキはただ、ボーパルバニーを睨みつけた。


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