Sorty.17 謎の少女と空の掟

 ユキは飛行服を着たまま、少女とニューポートの街を行く。

 大通りを様々な服装の人間が行き交う。

 黒いベールで顔を隠す敬虔けいけんな女イスラム教徒。

 まだ春なのに海水パンツ一枚で街を歩く開放的な男。

 飛行服のユキと少女の奇抜な服装は案外、街並みに馴染なじんでいた。

 人々の喧騒けんそうに賑やかな看板の群れ。

 人並みに押し流されないよう、ユキは少女を追いかける。

 ユキの前で、ハーフアップにしてサイドテールをった少女の髪が揺れる。

 突然、彼女はハンバーガーショップの前で足を止めた。

 海洋都市同盟全域に展開しているチェーン店だ。ユキも非番の日、たまに行っている。


「ここでお茶するけど、アレルギーとか、大丈夫?」


「大丈夫です」


「良かった。じゃあここで一服しよう」


 自動ドアが音もなく開き、少女が吸い込まれていく。ユキも彼女に続く。


「いらっしゃいませ! いつもの場所でよろしいでしょうか?」


「うん」


 店員は少女の顔を見るなり、店の一番奥の個室へと二人を案内した。

 個室?! ユキはびっくりした。ハンバーガー屋で個室なんて初めてだ。

 少女は平然と部屋に入る。慣れているようだった。

 もしかしたら、お偉いさんの娘さん、つまりお嬢様なのかも。わざわざ結ぶ髪とらす髪をわけるなんて、とってもおしゃれだし。

 ユキはメニューをのぞきこむ少女に対して、そんな感想を持った。


「注文、決まった?」


「は、はいっ!」


 突然彼女に尋ねられ、ユキは反射で返事をした。彼女はボタンを押し、店員を呼ぶ。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


「ネイビーバーガーのポテトセットと、チキンナゲットで。飲み物はジンジャーエールで」


 少女がスラスラと注文する。店員がユキを見る。


「わたしも、おなじものを」


「ネイビーバーガーのポテトセット、チキンナゲット、ジンジャーエールですね。チキンナゲットのソースはバーベキューと、カレーとありますが、どちらにされますか?」


「バーベキューで」


「カレーで」


 ほぼ同時に違うソースの名前を言い、二人は思わず顔を見合わせた。少女がにっこり笑う。


「ちょっとずつ、シェアしよっか」


「そうですね」


 二人で笑いあっていると、店員が注文の品を持ってやってきた。


「お待たせしました。ジンジャーエールになります」


 少女が店員からカップを受け取る。


「ありがとう。わあ、かわいい!」


「かわいい?」


「はいこれ、犬養ちゃんの。カップの模様が猫になってる」


 ユキが渡されたカップを眺めると、かばんから顔を出したり、飛び跳ねたり、ドアの隙間から外を覗いたりと、自由に行動する猫の模様がプリントされていた。

 確かにかわいい。軍事基地には縁のない遊び心だ。

 運ばれてきたハンバーガーをユキは一口かじる。

 ふんわりと香ばしく焼き上げられたバンズの風味が口に広がる。

 続いて、カリッと焼かれたアメリカンなハンバーグに、シャキシャキのレタス。

 玉ねぎの千切りの辛味と、トマトの酸味がアクセントになっておいしい。

 プロのシェフが作った栄養バランスと味を計算し尽くされた、普段食べているパイロット用の食事の味は最高だ。

 それでも、ジャンクな日常生活の料理に涙が流れてくる。

 数時間前まで命のやり取りをしていたのが嘘のようにしかおもえない。

 なんだかハンバーガーのおかげで、普通の女の子に戻れたような気がした。


「お疲れ様、犬養ユキちゃん。初出撃、どうだった?」


 少女はハンバーガーを食べ終わるなり、ユキにそうたずねた。


「なんていうか……取り返しがつかないことをしてしまって、恐ろしい、って思ってしまっています」


「みんな、最初はそんなものだよ」


「教官がしっかり指導してくれたから、生きてかえってこれたんです」


「君の担当は……バーグ少佐か」


 バーグ少佐、と聞いてユキは勢いよくうなずいた。


「はい! 散々殴られましたけど、あの酷い扱いがあったからこそ、戦場から帰ってくることができました!」


「それは、どういうことだい?」


「訓練で一回撃墜判定が下る度にぶんなぐられてたんですよね。それが嫌だ、って思ったから思いっきり戦えたんです! その気持ちがなかったら、きっとやられてました」


「体罰があった、と理解していいのかい?」


 少女の瞳は、唐突に冬の月さながらの鋭い光を放つ。

 ユキは鳥肌がたった。

 バーグ少佐の鷹のような眼光に似た、いや、バーグよりも厳しい静かな殺気だった。


「はい……でも、それしか教え方を知らない人だから、しょうがないんです」


 少女は目を伏せる。長い睫毛まつげが大きな瞳にかかり、さながら月にかかるちぎれ雲のような優雅さがあった。


「そうか……だが、体罰は禁止されている。公式にはね。君に体罰を行なったということは、それ以外の方法を考え付かない馬鹿だということなんだ。臨機応変りんきおうへんに、様々な状況に対応することが求められるパイロットとしては、不適格な行為なんだよ」


「でも……」


ひどい目にあったね、犬養ちゃん。ボクからは謝罪しかできない」


「結構です。これは私と教官の関係ですから、謝罪なら教官から貰います。整備員さんが心を傷めることはないですし、立ち入ってもらわなくていいです」


 ユキがそう言うと、少女はクスクス笑い始めた。面白くて笑いがこらえ切れない様子だった。


「整備員、さんかぁ……そうかぁ……」


「なんですか?」


「何でもないよ。まあともかく、体罰というのは感情的な行動だ。それはわかっているかい?」


「はい」


「ある意味、とても人間らしいんだ。彼は。少々暴力的だが、それは仲間を思いやってのことだ。隣人を愛する、人間としての長所をもっているともいえる」


「そうですね」


「――だが、空は人間の感情では飛べない」


「それ、バーグ少佐にも言われました。空に夢を見るのなら、民間に行けって」


「んー、そういうことじゃないんだ。人間の感情というのは、危険な場所なら怖い、安全な場所なら心地いいと、生き残るための指針でもあるんだ」


 少女は伏せた目を再び開く。

 二つの月のような炯眼けいがんがユキを射る。


「でもそれは、地上で生きていくために長い年月をかけて作り上げられたシステムであって、空を飛ぶためのものではない」

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