Sorty.26 空爆作戦前夜

 殺気が強すぎた。どういうことなんだろう。

 ユキが聞き返すと、どこか辛そうに、バーグは友人の昔話を始めた。


「あいつは頭がいいし、雑学王だったが、それよりも、ヴィラール以上に空を飛んで戦う才能が歩いているようなやつだった」


 バーグはコーヒーをすすり「苦い」と表情をゆがめる。


「機体は文字通り奴の身体の一部だった。完璧に使いこなせる、な。グセイノフに限っては、ヒューマンエラーも機体の不具合もあり得ないだろう。だが、奴は死んだ。間違いなく、何かに殺されている」


「そう、なんですか」


 ほぼ化け物、といっていいパイロットだ。

 ヒューマンエラーがない、と隊長が言うからには、本当に凄かったのだろう。


「奴は、殺すと決めたものは絶対に殺した。あまりにも地上に興味がないから、退役したらカフェをやろうだとか何だとか約束を積み上げたが、結局は空にわれちまった」


「確かに、最期の頃、グセイノフは敵を殺すことに熱中していたね。もはや、ゲームのスコア稼ぎのように」


「なに、それ……」


「ああ。もう相手を人間として見られなくなっていたんだろうな。その態度が、グセイノフを殺したんだ。おそらくは。俺はそれからずっと、相手を人間として見ることと、生きて帰ることだけ考えて、今まで生き残ってきた」


「それ、しんどくないんですか」


「死ななきゃ安い」


 バーグはブラックコーヒーをあおる。


「俺に負ける程度では生き残れない、俺にしごかれて逃げるならさっさと逃げろ、そのつもりでキツくしごいてきたが、まさか付いてくる上にボーパルバニーのケツを取るとはな。犬養は、間違いなく素質がある。だからな」


 バーグはユキをはっしと見すえる。


「次の敵基地攻撃作戦、必ず生きて帰ってこい」


 ▲


 敵基地空爆作戦実行、前夜。

 ユキとバーグのいるブリーフィングルームは、試験直前の大学の講義室さながらに、みっちりとパイロットが詰め込まれていた。

 通常任務であれば、ここに呼ばれるパイロットは2,4人だ。

 普段なら、人気にんきのない教授の講義の方が人口密度が高いようなお寒い状態だが、約70機が参加する敵基地空爆作戦の全体ブリーフィング飛行前打ち合わせとなれば、参加するパイロットの人数自体が多い。

 エアコンは効いているはずなのに、ユキはムッとするほどの熱気を感じた。

 緊張のせいか、居心地が悪くなったのをまぎらわすため、ユキは周囲を見回す。

 人垣の向こうに、リッカがいた。

 見慣れない人たちに囲まれて、リッカも緊張しているようだった。

 配置換えで座る場所がすっかり離れてしまった。

 訓練学校時代は、こんな時こっそり手をつないだりしたっけ。

 ずっと、私の隣にはリッカがいた。

 落ち着かないユキにバーグが耳打ちする。


「きょろきょろするな、始まるぞ」


「はい……ところで隊長、手をつないでいいですか?」


 リッカと手をつなぐのが習慣になっていたせいで、手が空いていると落ち着かない。

 心を落ち着けるのが優先だ。鬼隊長で妥協だきょうしよう。


「……ほれ」


 投げ出すように差し出された右手を、そっと左手で包み込む。

 リッカより、ずっと大きな手だった。


「安心しますね、なんだか」


「黙ってろ」


 口調はぶっきらぼうだが、ほほは心なしか染まっている。


全員揃そろったな。では、ブリーフィング開始だ」


 ブリーフィング担当士官が低い声で作戦要項をパイロットたちに伝える。


「まずは編制を伝える。今作戦に参加する機体は、合計66機だ」


 彼はスライドを操作する。機体のイラストとパイロットの名簿めいぼがスクリーンに映し出される。


「敵基地を攻撃するものが8機。第5戦闘飛行隊ヤタガラス。シューター、つまりは爆撃担当だ」


 リッカの部隊だ。ユキはそっとリッカをうかがう。

 画像が切り替わる。


「敵防空網制圧が8機。ガルーダ。第17戦闘飛行隊」


 スクリーンが明滅めいめつ


おとり放出隊が8機。ヤタガラス。第6戦闘飛行隊」


「護衛隊12機。ガルーダ。これに参加するのは第18戦闘飛行隊と、第19戦闘飛行隊の半分」


「電子戦機としてヤタガラス改5機。607電子攻撃飛行隊」


「センサー兼偵察機としてガルーダ2機。ここは第19戦闘飛行隊の、セッター隊が受け持つ」


 ユキたちの部隊だ。ぎゅっと隊長の手を握りしめる。


「手加減しろ」


 ささやきと同時に、ユキの手は軽く握り返された。


「早期警戒機一機。コールサインはエアリエルだ」


「他の随伴機ずいはんきは空中給油機12機、救難ヘリ6機、特殊作戦機2機だ」


 部隊の配置、任務の内容、搭載武装、往路の航法、作戦空域の天候。全ての項目を士官はスライドをそうさしつつ読み上げていく。


「この作戦に友軍は参加しない。チョイダット基地のみの作戦行動だ。以上。なにか、質問はあるか?」


 スッとしなやかに左腕が挙げられる。紅い巻き毛が揺れた。


「質問がありますワ」


「ヴィラール少佐、どうぞ」


「陸上部隊の投入は行いませんノ? 私たちで制空権を確保してしまえば、一個大隊あれば占領せんりょう可能な場所だと思いますわヨ?」


「……僕もそう上申した」


 答えにまったブリーフィング士官の代わりに、司令が苦々しげにこたえる。


「受け入れていただけなかったのですネ?」


「ああ。陸軍は乗り気だったが……統合司令部からストップがかかった」


「どういうことですノ?」


 不満をあらわにしたヴィラールに対し、司令は目を伏せた。紫水晶の輝きがかげる。


「君たちに詳しく話す権限は、僕にさえ与えられていない。僕に言えるのは、命令は下した。諸君は僕の命令に従い、攻撃を行え。それだけだ」


「私たちに知る権利はない、ということですわネ……構いませんワ。喜んで任務を遂行させていただきますワ」


 ぞんざいな敬礼。ヴィラールは口を閉じる。

 彼女の質問を最後に、ブリーフィングは終わった。

 パイロットはそれぞれの愛機の元へ。

 ユキは移動しながら気になっていたことをバーグにたずねる。


「そういえば隊長、勲章を剥奪はくだつされたのにしれっとしてますね?」


「あんなものは、気づけば手に入れていたものだ」


「あんなものって……」


「それよりも、生きて帰ってきていることの方が大切なんだ」


「それでも、ケストレルですよ?」


 バーグの口ぶりは軽い。

 なんだか、隊長の勲章が取り上げられたことで、ユキの方が傷ついているような気がしてきた。


「ああ。敵兵の墓標だ。あんなものを身につけずに済むと考えれば、せいせいするくらいだ」


 格納庫の前で立ち止まり、バーグは怪訝けげんそうにユキを見下ろす。


「お前は、敵を殺したいのか? 勲章欲しさに」


 ユキは首を横に振った。

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