Sorty.25 水色の死神に遭った話

 戦友のほとんどがもうこの世の人ではない、という話をしながらも、バーグとトラオレの口ぶりは軽い。


「全く。一つ歳はとったがな。平時なら30後半なのにな」


「給料がふえる。いいことだったじゃないか」


「戦友の死体の山と引き換えだがな。ボーパルバニーにやられたのが大きい。初陣でボーパルバニーに散々喰われただろう」


「ボーパルバニーといえば、犬養はボーパルバニーから逃げ切ったぞ」


「……本当に?」


「ああ」


 トラオレの表情が変わった。

 人のいいカフェ店主から、現役パイロットのバーグにまさるともおとらない、緊張した顔に。


「それは喜ばしいけど、空にはボーパルバニー以上に恐ろしい敵がいるって話はしたのかい?」


「お前が話していたアレか?」


「うん。グセイノフを殺した――水色の死神のことだ」


 水色の死神。ボーパルバニーより恐ろしいと聞き、ユキは震え上がった。


「ええっと……ボーパルバニーって、金色の懐中時計を持った白ウサギの描かれた機体のこと、ですか?」


「そうだ。奴を見た仲間は、7割が撃墜、2割が未帰還、1割が生還だ。ボーパルバニー首狩りウサギって呼び名はそこから来ている」


 深追いしなくてよかった。いまさらユキは鳥肌がたった。


「グセイノフさんって、どんな人だったんですか?」


「グセイノフは同期の中で最強だった。次点はヴィラールだったな」


「てことは、水色の戦闘機は、ボーパルバニー以上の敵エース、なんですか?」


「敵、なのは間違いない。だが、ビエン所属のものだとは思えない」


「なんですかそれぇー! わっけわかんない」


 ユキの不満の声に、トラオレはただうなずいた。


「その通り。物資集積場所を焼き払うだけだった。敵の要撃機もいないはずだった。なのに、やつが現れた」


「やつ?」


 トラオレは語る。


「水色の戦闘機だ。気づいたらグセイノフのコックピットが見えない刀で斬られたみたいにごっそり削ぎ落とされていた。アラートの一つも鳴らなかった。ただ、凄まじい殺気を感じてアフターバーナーに点火して、加速した瞬間、まるで空中衝突に遭ったような激しい衝撃が来て、後ろを振り返ったら……垂直尾翼と、エンジンノズルが、消えていた」


「消えて……え?」


「どうしようもないから緊急脱出して、着地した時に左足を岩に持っていかれてね。傷痍除隊ってわけさ」


 トラオレはカラカラと笑う。しかし、その目はくやしげだった。


「バーグ、君はどうやってアレから逃げたんだ?」


「正直言って、分からん。俺はアレだ……ほら、地上攻撃担当ではなく、ヴィラールと二人で護衛をしていただろ。それで……なんだ。お前が緊急脱出をコールした時、その空域には俺とヴィラールしかいなかったぞ?」


 トラオレは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。本気で彼は驚いていた。


「目視でもレーダーでも?」


「ああ」


 会話が途切れる。トラオレとバーグは顔を見合わせたまま固まっていた。

 ユキは今までの流れをざっと整理することにした。


「隊長たちの話が本当だとしたら、その水色の戦闘機は、地上攻撃を行った二人を攻撃した後、消えたってことですよね?」


「そうだね。僕は敵基地の近くに着地してしまったし、片足がなくなっていたから、逃げるのに必死で空なんて見ていなかった。消えたのかまだいたのか、僕には分からないよ」


「私は、トラオレさんと、隊長の目を信じます。本当に、消えちゃったんでしょう」


「戦闘機が跡形もなく消えるなんて馬鹿な話があるか?」


「わーっ、隊長頭かたーい! あるかもしれないじゃないですかー。せっかく隊長を褒めたのに自分から取り下げるとかなんなんですかー!」


「なにか、心当たりがあるのか?」


 バーグが身を乗り出してきた。

 水色の戦闘機といえば、ユキを助けてくれた薄花桜うすはなさくらがすぐに思いついた。

 しかも、あのとき。ユキは薄花桜とのやりとりを思い出す。


――ユキ。耳をふさいで伏せなさい。


 直後、ヒュンと風を切る鋭い音と、果物がテーブルから落ちた時のような、湿ったどさりという音。

 ユキが振り返ろうとすると、また声がした。


――見ない方がいい。耳を押さえたままこっちにおいで。


 薄花桜うすはなさくらに言われるままに行動したので、実際に何が起きたのかは分からないが、ユキは仮説を思いついた。

 刀で斬られたようになくなっていたという、隊長の親友のコクピット。

 ユキの聞いた、風を切る鋭い音と、湿った嫌な音。

 あのとき、ユキの背後には殺意に燃えるテロリストがいた。

 見ないほうがいいという薄花桜の言葉。

 今ユキが考えてみると、あのとき薄花桜はテロリストを斬り殺したのだろう。

 そして、薄花桜は水色である。


――私/個体には名前/個体識別用呼称は無い。


 薄花桜はそう言っていた。だからユキは薄花桜という名前をソレにつけたのだ。

 薄花桜のような存在が、複数いるのは間違いない。

 そして、彼らはためらいなく人を殺す。

 薄花桜かどうかは分からないが、薄花桜の同類と思われるものがバーグの親友を殺したのは確実だろう。

 ユキにとって薄花桜は恩人だ。

 しかし、バーグにとっては親友を殺した敵の可能性があるのだ。

 ここで薄花桜の話をするのはまずい。ユキはできるだけ軽い口調を作る。


「んー……石頭の隊長に言っても、信じてもらえそうにないから言いませーん!」


「どういうことだ!」


「言葉通りでーす!」


 くすくすとトラオレが笑う。


「バーグ、懐かれてるね」


「懐かれてない!」


「懐いてないです!」


「くくく、ハモってる」


 二人して顔を見合わせ、同時に赤くなって下を向いた。

 ぼそりとバーグがつぶやく。


「……根拠のない直感だが、グセイノフは、殺気が強すぎて逆にやられたような気がして仕方がない」


「殺気が強すぎたって……どういうことですか?」


 ユキが聞き返すと、バーグは静かに語り始めた。

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