Sorty.24 旧友との語らい

 ぬいぬいは、何を望んでいたっけ。その理由はなんだったっけ。

 ユキはぬいぬいとのやりとりを思い出す。


――マスターが私と一緒に戦ってくれることが、私の望みです


――でもさ、それって製造時に組み込まれたシステムとしての反応じゃん。本当に、ぬいぬいはそう思ってるの?


――はい。たとえ誰かから押し付けられた反応であっても、私がマスターのことを大切に思っていることに間違いはありません。例えそのように作られ、そのように在ることしか出来ない存在だからこそマスターを慕っているのだとしても、私はーーマスターを大切に思っている存在はここにいます。


 リア充も、戦闘補助AIのぬいぬいも似たようなものなのだ。ユキは気がついた。

 きっと人間というシステムのせいなのだ。

 リア充の行動がいくら見てられないほど甘々でも、広い心でうけ流そう。


「物知りですね、バーグ少佐」


「無駄に雑学だけはしこたまある親友がいた」


「今、どちらに?」


「死んだ。いい奴だった」


 いたたまれない沈黙。それを破ったのは、場違いな野太い声だった。


「久しぶり。バーグ! BLTホットサンドとコーヒー、フルーツクリームホットケーキとアップルジンジャーソーダ、お待ち!」


酒場さかばじゃねえんだ。もうちょっと上品に持ってこい」


 頭にバンダナを巻いたゴツい黒人男性がテーブルに食事と飲み物を置いた。


「えーと、バーグ少佐、この方は……」


「僕? 僕はトラオレ。バーグの親友」


「えーと、どこでお知り合いに……」


「バーグは翼を並べて戦っていた親友の顔を見に来た、ってわけさ」


「はじめまして。犬養です。ところでトラオレさん、どうしてこのお店で働いてらっしゃるんですか?」


「店主だ! 見てわからんのか!」


「いやいやいや、意外すぎますって! こんな少女趣味みたいな店を、元パイロットさんがやってるとか、想像つきませんって!」


「想像力が貧困すぎるぞ、犬養!」


「仕方ないよ。珍しいのは、自覚してる」


 寂しそうに笑うトラオレ。


「すみません。配慮が足りませんでした」


「僕のことは気にしないで、まずは食べてよ」


「あ、ありがとうこざいます……」


 フルーツクリームホットケーキにユキは取り掛かる。

 これでもかとどっさり乗せられた生クリーム。

 クリームの反対側には、みずみずしいイチゴ、甘そうなバナナ、しゃきっとしたキウイ、つやつやの黄桃がたっぷり、溢れそうなほど盛り付けられている。

 クリームを口に運ぶ。

 冷たっ! ユキは驚いた。クリームホットケーキと聞いていたので、生クリームかと思いきや、ソフトクリームだった。

 そうとわかったらもう一口。

 美味しい!

 バニラと牛乳のまろやかな、しつこくない味。

 なかなか溶けないので、どろどろになることもなく食べやすい。なにより、たっぷりなのが嬉しい。

 ホットケーキの生地を口に運ぶ。

 

「おいしい……」


 ほっぺたが落ちそうな味、とはこの事なのだろう。

 1、2cmはありそうな厚み。ふんわり、ふかふかな食感。

 口いっぱいに広がる優しい甘さに、焼きたてのいい香り。

 熱すぎず冷たすぎない温度……最高。

 少し飲み物が欲しくなり、ユキはストローをすする。

 しゅわしゅわと爽やかなソーダが口の中で弾けた。

 たっぷりのすりおろしリンゴが、炭酸の刺激をさわやかなままそっとやわらげていく。

 生姜がしっかりきいてスパイシーでいて、控え目かつしっかりと紅茶の優しい香りも消えていない。

 店内の雰囲気にそっと寄り添う、シックなティーソーダだ。


「リッカの紅茶より美味しい……」


「店と個人が適当に入れた紅茶を比べるんじゃない」


「いや、リッカのお茶、本当にカフェで通用しそうなくらい美味しいんですって!」


「自分で入れた紅茶なんて渋いだけの飲み物だろう」


「私だったらそうなりますけど! リッカのは本当に美味しいんです!」


 丁々発止ちょうちょうほっしのやりとりに、くすくすトラオレが笑う。


「いいねぇ。リッカちゃん、だっけ? 友達が何かあって空軍を辞めることになったら、この店を紹介して欲しいな。僕も、怪我をして空軍をやめて、この店を開いたから」


「トラオレ、息災そくさいで何よりだ。義足の調子は?」


「おかげさまで。生身の足より調子がいいくらいだ」


 トラオレが右足のズボンを引き上げると、機械の表面が姿をあらわす。

 よくある機械義足だ。

 だらだらと断続的に続く戦争で手足を失う人が増え、義肢ぎしを作る技術は飛躍的に発展した。

 生身の足より調子がいい、と感じられるほどに。


もうかってるんだから、人工皮膚でも貼ったらどうだ?」


 新たな手足を生やすことができる技術があるにはあるが、一般人の稼ぎでは手がとどかない。


「そんな金があるなら、二号店を出すさ」


「カフェを始めるのが奴との約束だったが、こんなにファンシーにしなくても良かっただろう。行きづらいことこの上ないぞ」


 やっぱりバーグ少佐もおかしいとは思ってるんじゃん、とユキは思ったが紅茶と一緒に感想を飲み下した。口に出したら絶対拳骨げんこつ飛んでくる。


「撃墜されて、足を失って、僕は一回死んだようなものだからね。生まれ変わったと思って、やりたい事をやろうと決めたんだ。あいつの分まで」


「生まれ変わったなら、前世の約束を忘れたって怒る奴はいないだろう。死人に口なしだ。放り出しても良かったのに、実行するのがお前らしいな、トラオレ」


「だからだよ。死人に口はない。だから、彼がいたと生きている僕が語らなければ、彼は本当にこの世からいなくなってしまう」


「彼?」


ユキの質問に、トラオレは悲しげに微笑んだ。


「グセイノフ。戦死した僕らの同期だよ。僕とバーグと三人でよくつるんでた。退役したら三人でカフェをやろうって約束しててね。一般大学を出てたし、色んなことをたくさん知ってた」


「遺伝子云々のことを俺に教えてくれたのも、グセイノフだ。……いい奴から、死んでいったな。今残っている同期は何人だ」


「ここにバーグとヴィラールで、南方に5人、西方に4人、中央に6人、生死不明が18人」


「164人中、生き残ったのが17人か」


「ああ。本当に……ひどい。僕らの上の代と僕らが一番ひどいんじゃないかな。あまりに人がいなさすぎて、29で少佐だ」


 ひどい。ユキは言葉を失った。

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