Sorty.21 人間的なひととき

 地面に足を付けた時、バーグが彼女に声をかけた。


「次の非番、もし良かったらだが……一緒にランチでも行かないか?」


「へ?」


 隊長までおかしくなっちゃった?!

 ユキは鳩が豆鉄砲を食ったような顔でその場に固まった。

 バーグは照れた様子で頭をかく。


「一人だと入りづらい店でな」


「ヴィラール少佐と行けばいいじゃないですか」


「ヴィラールは任務中だ」


「上官とお昼なんて……同輩の方とか、他にいらっしゃらないんですか?」


「ああ。色々あってな……あと、犬養にはいろいろと迷惑をかけたし」


 その表情でユキは察した。


「もしかして隊長、ぼっち……」


上官侮辱罪じょうかんぶじょくざい営倉えいそうに送ってやろうか?」


「了解致しました! 不肖ふしょう犬養少尉、バーグ少佐の昼食の随伴任務ずいはんにんむ遂行すいこう致します!」


 大声で入隊したての新兵のようなガチガチの敬礼。

 格納庫のあちこちから整備員の笑い声が聞こえる。


「見せもんじゃない! 散れ!」


 バーグは一瞬で真っ赤になった。ニコニコ笑いながら、整備班長が近づいてきた。


「バーグ少佐、お言葉ながら自分たちの持ち場は機体整備であります。お二人こそ、一刻も早くお昼に行ってくださいよ。格納庫は男女の駆け引きの場じゃないんですよ」


「そうじゃない!」


「駆け引きなんて、してません!」


 ほぼ同時に二人は反論する。

 重なる声にどちらも真っ赤になる。

 整備班長は、聞き分けのない子供たちを見守るような、生暖かい笑顔で二人をさとす。


「まあまあ、お二人以外の機体整備を手伝って頂けるのは嬉しいですが、パイロットは出撃に備えて英気えいきを養うのも仕事ですよ。というわけで、さっさと外出許可申請でも取りに行ってください。お二人で!」


 整備班長に二人は格納庫から叩き出された。

 外出届を出すために事務室へ向かう。

 戦闘機がねぐらにしている地下から、人が住む地上へ。

 無言で歩くバーグは、わざとらしいほどの無表情だった。

 なんだかつまんないの。ユキはいたずらを仕掛けてみることにした。


「お二人で、ですってよ隊長」


「二人で外出するんだから当たり前だ」


「それだけ、なんですか?」


「それだけだ」


 ぶっきらぼうにバーグは視線をそらす。

 もしかして、すねてる? ユキは面白くなってきた。

 散々殴られてきたんだ。ちょっとくらい仕返ししてもバチは当たるまい。


「ちょっと期待しちゃったのにー。鬼隊長だけどー!」


「新人が一丁前に色ボケてんじゃねえ」


「私だって女の子ですー! トキメキが欲しいんですー!」


「……それなら期待しておけ」


「えっなにそれ? マジ告白ですか?」


「違う!」


 ムキになって否定するバーグ。

 体罰をする怖い人だとばかり思っていたけど、案外、面白い人なのかも。ユキはくすくす笑う。


「でしょうね」


 外出申請をしてからバーグと別れ、自室へ帰ったユキを、リッカは紅茶で出迎えた。


「おかえり。ダージリン、いれといたよ」


「ありがとう!」


 差し出されたティーカップを一口すする。

 マスカットのような爽やかな香りとさっぱりした甘み。

 リッカの入れてくれた紅茶は、いつも美味しい。

 ユキが紅茶をれると渋みとえぐみが濃縮された液体になるのに、この差はどうして生まれるのか。

 同じ茶葉を使っているはずなのに、謎である。

 何か秘密があるのだろうか。

 ユキが流しを見ると、最近ずっとあったコップがしまわれていた。

 リッカが薬を飲むのに使っていたものだ。


「あれ? リッカ、薬のコップないけど、大丈夫なの?」


 リッカはうなずく。


「もう薬飲まなくていいって、お医者さんが」


「よかった。友達がヤクやってるの、医療行為だとしてもなんかやだった」


「まあ、訓練学校で絶対ヤクはやるな、酒とたばこもやめろ、ってさんざんいわれたからね」


「それな!」


「それはそうとして、できたんだよね」


「へ? 何?」


 リッカは自分のロッカーを開け、中から手のひら大の紙のようなものをユキに差し出した。


「はいこれ。ステッカー」


「ありがとう! えっめっちゃキレイ!」


 雪の結晶の上に明るく柔らかい、やや紫がかった青で桜が描いてある。


「ユキ、って日本語でシュエって意味でしょ? だからスノーモチーフ」


「で、なんで桜をブルーで描いたの?」


「ウスハナザクラ、だからかな」


「答えになってないよー」


 ユキがふくれると、リッカはエメラルドの瞳を細めた。かわいい。訓練学校でモテたのも納得の仕草。


「ユキはね、かわいいし、言ってみれば空に咲く花だよ。だから薄花桜色のチェリーブロッサム」


「それほどじゃないよー。リッカの方が絶対かわいいよ。笑った時、歯と肌のコントラスト、めっちゃキレイじゃん。うらやましいよ」


 リッカの小麦色の肌と、つやつやの白い歯。黒と白の魅力的なコントラストで、訓練学校時代、リッカの机にはラブレターの山ができていた。

 でも、笑顔だけじゃなく、リッカはお茶を淹れたり、お菓子を作るのも上手い。

 そういう人が喜ぶ、ちょっとした特技が同期男子のハートをかっさらって行ったのだ。

 もちろん、同時女子からの嫉妬も凄まじかった。

 まるで少女漫画のような嫌がらせが何度もあり、何をしに空軍に来たのか、とその度にユキは呆れたものだった。

 そのたび、ユキはリッカを助けてきた。

 リッカが教科書を隠されれば見せたのはいうまでもない。

 リッカに何かした女子を、ユキは格闘訓練や模擬空戦、その他諸々のパイロットとしての資質を問う訓練でこてんぱんにやっつけてきた。


「ありがと。ユキ、本当に雪みたいに白い肌と髪だから、本当にこんな色した人間いるんだ、って思ったし。あと胸私よりあるし!」


「否定はできない」


 文武と家事に長けた美人。

 ただし貧乳。

 訓練学校時代のリッカに対する評価である。


「しかもユキ、日焼けしないじゃん? どうなってるの?」


「日焼け、出来るものならしたいんだけどね……」


「え?」


 リッカは首をかしげる。


「白人系の肌だから、紫外線を浴びすぎたら皮膚ガンの可能性が上がる、って言われてるから、いつも日焼け止め塗ってるんだけど、ハイスクールの頃に日焼けしようと思って、日焼け止めを塗らずにビキニで一日中ビーチで泳いだのに、なーんにも変わんなかった!」


「え、赤くなってれたりとかも?」


「ない! 変な男に声かけられまくっただけ! タイプじゃなかったし、ナンパ男って時点で最悪」


「ユキ、どんな顔が好きなの?」


「頭良さそうな感じのイケメン」


「じゃあ、言わばバーグ少佐? メガネかけてるし」


 ユキは紅茶を吹き出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る