スノーホワイト、エンゲージ

Sorty.20 戦闘機パイロット補助AI

 格納庫に向かってユキとバーグは黙々もくもくと歩く。

 あの女の子が。うちの司令。ユキはハンバーガーショップのことを思い出して真っ赤になった。


「犬養、本当に彼が司令だと知らなかったんだな?」


「分かるわけがないじゃないですか! 司令、式典の時は髪短かったしあんな扇情的せんじょうてきな格好してませんでしたし、一人称、本官ほんかんでしたし!」


「まとめ上げて帽子の中に入れてるんだ! 上司の顔くらい覚えとけ!」


「イケメンだなー、っていうのは覚えてました! 制服で男前度が3割増ししてるせいで美少女顔だって事に気がつきませんでした!」


「犬養! パイロットなのか本当に! お前の目は節穴か!」


「わー、たかの目って私のことめたのどこの誰でしたっけー?」


 バーグは気まずそうにはるか彼方かなたを見て、ひゅー、と口を細めて風のような息を吐いた。

 口笛のつもりらしい。


「口笛……下手ですね」


「うるさい」


「隊長の口笛はどうでもいいんですけど、司令って確か52歳ですよね? まさか男のだとか思いませんでしたー!」


「あれは俺にもわからん!」


 ロリババアならぬショタジジイである。見た目だけをいうならロリジジイだ。

 バーグはばっさりとユキの質問を切り捨て、一転して静かな口調で話しはじめた。


「すまなかったな、犬養……今まで、色々と。人間の感情で飛ぶ方法を教えていると言われて、反省した」


「たしかに、空は人間の感情が通じる場所じゃありませんよ」


 不器用な人なのだ。きっと。ユキはそう思う。

 誠実な声に、ユキはバーグを見上げる。


「正直言って殴られるのは嫌だったし、時代錯誤じだいさくごな教育法だったと思います。でも、そういう人間的な指導があったからこそ、私が帰ってこれたことは、認めます」


「……素直じゃないな」


「本音ですー!」


 ユキがムキになると、バーグは軽くユキの頭に手を置いた。

 ふわりと優しい力の入れ方。

 こんなこと、隊長もできたんだ。

 まるで、昔親に撫でられた時のような感触に、ユキはどきどきした。

 すぐに手は離され、スタスタと格納庫へバーグは入る。ユキも続く。

 戦闘で傷ついた機体の整備が今日の仕事だ。

 重大な損傷箇所そんしょうかしょは整備員によってすでに直されているが、軽微な部分の修理はパイロットも手伝う。

 全ての整備を終え、機器をチェックする。不具合なし。

 最後に、ユキはAIを起こす。


〈マスター、大丈夫でしたか?〉


 自己診断プログラムが終了した途端、ぬいぬいは突然そんなことを言った。

 一体何のこと。ユキはめんくらった。


「大丈夫、って……」


〈ストレスによる急性症状で、健康上の問題など起きていませんか? 医務室を受診してないみたいですけど〉


「あー、吐いちゃった時?」


〈ストレス性胃炎ですかね? マスター、本当に医務室に行かなくて良かったんですか?!?!〉


 ぬいぬいはユキのことを本気で心配しているようだ。

 機械を安心させるというのも変な話だが、ここはぬいぬいに全て打ち明けておくべきだろう。

 できるだけ穏やかな声でユキはぬいぬいに語りかける。


「あれは……精神的なものだから。なんだか、全部怖くなっちゃって」


〈全部怖くなっちゃって?〉


「ぬいぬいを使って、人を殺した。そんな力があるって、わかってしまった。なのに、私はあの日の無力な女の子の気分のままで、空を飛んでいた」


 そう。もう一方的にやられるだけではないのだ。

 やられたらやり返す。

 むしろこちらから仕掛けて、相手をやっつける。

 それが戦闘機パイロットであり、今のユキだ。


〈ごめんなさい、マスター。ぬいぬい、失敗しちゃいました。マスターを支えられませんでした〉


 ぬいぬいに突然謝られ、ユキはぽかんとした。


「失敗?」


〈はじめから、そのためにぬいぬいは在ります。戦闘機パイロットを支える、ということは、武器としてパイロットの意図通りに動くだけではなく、パイロットを戦士として肉体、精神共に最適の状態にサポートする、ということなんです。マスター〉


「なにそれ」


 ユキは凄まじい不快感を覚えた。

 パイロットとは、操縦士という意味だ。

 飛行機を操るからパイロットなのだ。

 だが、このぬいぬいの口ぶりは、飛行機がパイロットを操ろうとしている、とも解釈できる。

 日常というおおいが破れて中のおぞましい何かが姿を現したかのような、ずっと目をそらしていた何かを突きつけられたような不快感。


〈ぬいぬいが力足りなかったから……マスターに要らないストレスをかけてしまいました。すみません〉


「要らないストレスって……なによそれ。笑って人を殺せとでもいうの?!?!」


 ユキは声を荒げる。


〈ごめんなさい……ぬいぬいの落ち度です……〉


 ぬいぬいは人間なら泣き出しそうなほど、落ち込んだ声で答えた。


「落ち度って……」


〈ぬいぬい、性能が足りませんでした。大変申し訳ないです。次のアップデートで、きっと大丈夫になるはずなので、ぬいぬいのこと、マスターが望むなら、削除してまっさらなサポートAIに切り替えてくださっても構わないです〉


「そんなことないよ! ぬいぬいをがいなくなることを望むなんて……私、そんなこと願わない! ぬいぬいの性能が足りてないだなんて、思ってないから!」


 それでも、ぬいぬいにはいなくなってほしくない。ユキは必死に否定する。


〈……メンタルサポートが不十分なぬいぬいでも、評価してくれるのですか?〉


「不十分なんかじゃないよ! あそこで、凄まじく気持ち悪くなったからこそ、私はパイロットとして生きていく覚悟を決められた! 戦士として最適の状態に調整されたんだから!」


〈ありがとうございます、マスター〉


「ありがとうね、ぬいぬい」


〈はーい!〉


 ぬいぬいはいつも通り、元気に答える。

 ディスプレイの電源が自動で切れた。機体の動作は全く問題ない。

 どうしちゃったんだろう、ぬいぬい。

 胸騒むなさわぎをぐっとこらえて、ユキは全てのスイッチをオフにしたことを確認。ラダーを伝って愛機から降り、キャノピを下ろす。

 彼女の背後から、足音が近づいてくる。

 ユキが振り向くと、そこにはバーグがいた。

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