Sorty.19 少女の正体

 人垣の先、掲示板にあったのは。

 臨時人事処分についての通告だった。


【バーグ少佐からケストレル勲章をはく奪する。また、不適切な指導があったことをかんがみて、バーグ少佐のアグレッサー異動を取り消す】


 ケストレル勲章は、10機以上の敵機を撃墜した者に与えられる、チョウゲンボウケストレルが彫られた勲章だ。

 つまり、敵機5機撃墜で認められるエースを超えたエースの証拠なのだ。

 バーグに抗議する者は、バーグにケストレル勲章を見せられると、大抵たいてい黙った。


「なんでなのよ……」


 ユキは頭を抱えた。

 確かに少女の前では色々と話した。

 バーグ少佐から体罰を振るわれるのは嫌だったし、やめてほしいとも言った。

 それでもやめてもらえないうちに、きっと理由があるのだろうと思うようになっていた。

 児童養護施設でも体罰があり、慣れていたのもあるが、空軍だからこその理由がある、とユキは考えていた。

 あえて理不尽に振舞うことで戦場に対して耐性を付けさせる。

 そういう指導の方法として認められるのだろうと、心のどこかで思っていた。

 だからこそ、少女に否定されて腹が立ったのだった。

 嫌なざわめきとともに人垣が散る。

 そこに現れたのは、作業服を着た長身の男性と小柄な少女ーーバーグ少佐と、ユキにハンバーガーをご馳走した、あの少女だった。


「整備員、さん?」


「犬養! 敬礼しろ! お前の目の前にいるのは基地司令だぞ!」


「ええええええええええええ?!?! こ、この女の子が?!?!」


「失礼の上塗りをするな! ここにいらっしゃるクリストファー・シャトナー司令は男性だ!」


「ええええええええええ!?!?」


 どう見ても目の前にいるのは女の子だ。混乱するユキを見て、面白そうに司令は笑っていた。


「まあ、そうなるよね。別に名乗らなかったし」


 なんかムカつく。ユキは司令をにらみつけた。


「司令、どうしてバーグ少佐から勲章の剥奪を?」


「犬養! 上官命令は絶対だ! 抗命罪こうめいざい営倉えいそうに入れられるぞ!」


 バーグはユキをとがめたが、司令は笑顔のままだった。


「バーグ少佐。部下に納得のいくように命令を下すのは上司の役目だ。犬養少尉の質問に答える」


「ラジャ」


 バーグは口を閉じる。少女は笑みを消した。


「犬養ちゃんはね、バーグ少佐に依存してしまっている」


「え?」


 司令は目を閉じる。けぶるように長いまつげが美しい。


「死神はね、誰の上にも平等にやってくるんだ。今のままだと、バーグが死ぬと、犬養ちゃんまで使い物にならなくなってしまう」


「どういう……ことですか?」


「体罰というのは、人を走らせるために人食い虎をけしかけるようなものだ。どんななまけ者だって、食い殺されたくはないから必死になって走るだろう。世界最速の走りを見せるかもしれない。だが、それでは意味がない」


「意味がない?」


「ああ。走っている者の目的は、走ることじゃない。自分の命を守ることだ。人食い虎がいなくなった途端に、彼は走るのを止めてしまうだろう。もし、そこがマラソン大会の会場で、優勝すれば一生遊んで暮らせる賞金が手に入るとしても」


「なるほど」


 司令が言いたいのは、バーグに殴られるのが怖いから撃墜を避けるのではなく、自分の意思で敵を回避し、敵を撃墜すべきだといっているのだろう。


「このたとえでいうと、ボクが欲しいのは自分の意思で世界最速を目指すランナーだ。敵を倒したいから倒す。空を飛びたいから機体を駆る。そんな戦士だ。犬養ちゃん、キミには、空軍のパイロットとして生きる理由が、ちゃんとあるのかい?」


「はい!」


 ユキは大声で肯定する。

 体罰が怖いから頑張っているわけじゃない。

 自分を救ってくれた薄花桜の飛行機にまた出会うため。

 そう思っていたから、どんな辛いことがあっても頑張ってこれたのだ。

 少女ーー否、チョイダット基地司令クリストファー・シャトナーは満足そうな表情になった。


「それなら良し。これからの戦いで、キミの資質を見極めさせてもらうよ。あとね」


「あと?」


「人間性はあやまちを引き起こす。空で生きるには戦闘機の最も高価な部品であり、戦士でなければ五体満足ごたいまんぞくな姿で地上に戻ってくることはできない。覚えていてね、犬養ちゃん」


「はい!」


「最後に。空に上がれば、パイロットは神じゃなく、自分の腕を信じるものだ。いいね?」


「はい!」


 ユキの返事に満足そうにうなずき、司令は立ち去る。

 答礼で見送るユキとバーグ。

 廊下の角に司令が消えた時、へなへなとユキはへたりこんでしまった。


「びっくりしたぁ……」


「どうした。ほれ、格納庫行くぞ」


 バーグに手を貸され、ユキは立ち上がった。

 二人は格納庫に向けて歩き出す。


「あんなかわいい人が司令って、そんなのアリですか?! いやいやそうじゃなくて! あんなにちびっこいのに、どうやって戦闘機を操縦したんですか!!!」


 バーグは呆れを隠さない表情で口を開く。


「犬養……何も知らないんだな」


「だって、司令、明らかにパイロットの身長規定に達してないですよね……どうやってあそこまで出世したんですか」


「うちの司令は、戦闘機乗りじゃない。技術士官出身なんだ」


「弱そう」


「馬鹿を言うな! あの方はコールサイン、ホワイトマグノリア。無人機オペレーターだ!」


 ホワイトマグノリア。

 その名前は、昨日リッカが話していた。

 無人機が規制されるまで、海洋都市同盟の主力だったという、無人機オペレーター。


「あっあの伝説の戦闘指揮無人機オペレーター、ホワイトマグノリアが……合法ショタ……」


 バーグはかわいそうなものを見る目でユキをながめていた。


「犬養……上官だ。そういう目で見るんじゃない」


「いや、私、自分より小さい男とか好みじゃないので一般論を述べただけですー!」


 ホワイトマグノリア。白木蓮。その呼び名通りの可憐な姿だった。

 同時に、確固たる意志を持った、誰よりもつよい戦士であり、そのように部下に求めるリーダーだ、とユキはわかった。

 ハクモクレンのつぼみは北を向く。ゆえにコンパスフラワーの別名がある。

 人々を導く花。それが、チョイダット基地司令なのだった。

 愛機の待つ格納庫はすぐそこだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る