Sorty.18 親友とハンバーガー

 少女の言葉に、ユキは動けなかった。そんなんじゃない、バーグ少佐はーー。反駁はんばくしようとしても、少女は正しいことしか言っていない。

 バーグ少佐のために何か言ったとしても子供じみた言い訳になりそうで、ユキはただ、両手を握りしめた。


「航空力学的に正しいことが、直感に反することは日常茶飯事だ。空間識失調くうかんしきしっちょうだとか、ね」


「確かに、そうですね」


「体罰は、人間の動物的な反応を利用した教育法だ。理性と計器で飛ばなければならないパイロットには不適切な教育法なんだ。君がそんな教育しか受けられなかったことを、僕は残念に思う。きっと、別の人間を教官にした方が、君はもっと優秀なパイロットになれただろう」


「それは、違います!」


 我慢の限界だった。ユキは立ち上がり、少女を見下ろす。

 紫水晶むらさきすいしょうの静かな視線と激情をこらえた天藍ティエンランの視線が交錯こうさくする。


「なぜ?」


「バーグ少佐に教えてもらっていなければ、私は生きて帰ってこれませんでした!」


「そうかな?」


 断言できるかどうかは分からない。

 それでも、ユキは自信満々に見えるよう大きく首を縦に振る。


「はい!」


「なら、戦果せんかで証明して。そして、必ず生きて帰ってくるんだよ、犬養ユキ少尉。バーグ少佐に対する処分も、君の戦果いかんによっては取り消してもいいかもしれない」


「どういう……ことですか?」


「明日掲示板を見れば分かるよ。じゃあ、僕はここで。まだ何か食べたいなら注文して。ボク名義でツケにしてもらってるから、遠慮なしでいいよ」


 そう言い放ち、少女は部屋から立ち去った。


 ▲


「ってことがあってさー」


 ユキの愚痴ぐちに対して、リッカはハンバーガーを飲み込みながら相槌あいづちを打つ。


「へぇー、そ、それは……凄かったね……」


 少女に取り残されたあと、ユキは腹いせにハンバーガーをしこたま買い込んだ。

 具体的にいうと、二人用角テーブルの上を埋め尽くすほどのバーガーの山ができていた。

 勢いで買ってしまったため一人では食べきれず、同室のリッカに頼んで二人で片付けている、という状況なのだ。


ほうへひょそうでしょ?」


「ユキ、なんていったの? まあ……でもユキ、めちゃくちゃちゃっかりしてる……」


「紫のサイドテールのお嬢様だろうとね! おごってくれるならありがたくご馳走ごちそうになるのがいいの!」


 紫サイドテール、と言った瞬間、リッカが一時停止した。

 さっとリッカの顔色が変わり、何かを察した表情になる。


「ユキ……まあいいか……」


「なにそれー?」


 リッカはあからさまにハンバーガーを大口でほおばった。

 答える気がないらしい。

 沈黙が気まずくなり、ユキはテレビをつけた。

 ビエンが気象観測衛星の打ち上げに成功した、というニュースを緊迫した調子でアナウンサーが報じている。

 その横で、ハンバーガーを食べ終わったリッカが包み紙を畳んでいた。


「で、リッカ、復帰できそう?」


「……わかんない。でも、フラッシュバックはマシになってきた」


 リッカは水が注がれたコップを手に取り、錠剤を口に放り込んだ。


「なにその薬?」


「気分調整用の錠剤。危険なものじゃないから、安心して」


「ヤクじゃん……」


 ユキは顔をしかめる。

 リッカの、目の前で戦友がやられた事を悲しむ心を否定されているようで気持ち悪い。

 ユキは何か言おうとしたが、リッカは空のコップを洗いに去ってしまった。

 付けっ放しのテレビでニュースが終わる。

 新しくオープンしたカフェについての紹介が始まった。

 少女趣味なシャーベットカラーの店内。

 たっぷりのフルーツとクリームの盛られたパンケーキ。

 売り出し中の女優だかアイドルだかが、無邪気むじゃきにはしゃいでいる。

 彼女は私達と大して変わらないか、もしかしたら一つ二つ若いかもしれない。ユキはなんだか微妙な気分になった。

 彼女はテレビの向こう側、基地と街をへだてる外柵がいさくの彼方で、華やかに、明日の命の心配をすることなく生きている。

 確かにライバルとの競争はあるだろう。だが、たとえ女優として失敗したところで、命までは失わない。

 戦闘機パイロットである、ユキとリッカとは違って。


「そういえばさ、先輩達フライトヘルメットに絵とか描いてたじゃん? ユキはやらないの?」


 戻ってきたリッカに聞かれ、ユキは首を振った。


「んー、思いつかなくて」


「じゃあさ、私、ユキのヘルメットに描いていい?」


「いいよ。でも、ヘルメットを持ち出したらバーグ少佐がうるさそう」


「んー、だったら、ステッカー作るよ」


「本当に? お金かかるんじゃないの?」


「それはペンキで描いても同じ」


「そっか。じゃあ、お願いしよっかな」


「おっけ、可愛いのがいい? カッコいいのがいい?」


「カッコいいのお願い。でもドクロとかは嫌かな」


「わかった。じゃあ、アイデア出しにユキの昔の話、聞いていい?」


 ユキはうなずく。


「……話すのがしんどくない範囲で話すよ」


「ユキ、ニューポートに来る前はどこにいたの?」


「オーシマ島。クレーター湖の近くに住んでた」


 オーシマ、と聞いてリッカの表情がさっと変わった。


「オーシマ島ってことは……ユキの家族が亡くなったのって、もしかして20年前のオーシマ虐殺テロ……」


 ユキはうなずく。


「そう、呼ばれてるね」


「なんだか、ごめん」


「……リッカは、悪くないよ」


「そういえば、テロリストは無人機を使って街を焼いたから、オーシマの事件がきっかけになって、でも色々あって交渉に時間がかかって、10年前にやっと無人兵器禁止条約が結ばれたんだっけ?」


「うん。そうだったはず」


「でもさ、テロリストに武器を売れなくするんじゃなく、海洋都市同盟もビエンもまとめて一緒くたに無人機を規制したわけじゃん? 防衛の主軸を担ってきたホワイトマグノリアをはじめとする、伝説的な無人機オペレーター達が一気に使えなくなってしまって、海洋都市同盟の力がおとろえたからこそ、いつまでたっても戦いに決着がつかないのよね」


 リッカは話を変えた。

 その心遣いが、ユキにはうれしい。


「でも、オーシマのようなテロはここ10年起きてないから、意味はあったんじゃない?」


「そうかもしれないけど。なーんか変な感じがする。しばらく療養りょうようで暇だから、ちょっと調べてみる」


「無理しないで、リッカ」


「……何かしてる方が気がまぎれるよ」


「……そっか。何かわかったら、おしえてね。ステッカー、楽しみにしてる」


「うん」


 ▲


 翌日、ユキが掲示板の前を通ると、黒山の人だかりができていた。

 ユキが脇を通り抜けようとしたその時。


「――バーグ少佐、が――」


 隊長がどうしたのだろうか。

 ユキがざわめく人混みをかき分ける。

 その先でユキの目に飛び込んできたのは、信じられない告知だった。

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