Sorty.14 VSボーパルバニー


 後方からミサイル。回避機動だけでは足りないかもしれない。ミサイルをだまさなくては。ユキはぬいぬいに指示。


「ああもう! ECMを始めて!」


〈もうやってます! チャフもフレアも撒いてます!〉


「グッジョブ!」


 どうにかこうにかユキはミサイルをかわす。ミサイル爆発の衝撃波がキャノピを揺らした。

 撃墜されたくない。

 死とは別種の恐怖がユキの中で生まれた。

 撃墜されたら、バーグ教官にぶん殴られる。それは嫌だ。その一心でユキは敵を追う。そのうちに、敵に違和感を覚えた。

 敵の動きが妙だ。

 さっきうっかり前に出てしまった時、敵は撃って来なかった。

 敵の動きが、鈍い。というより、細かく速度が変わっている。

 この反応は敵の意思というより、ユキを攻撃しなかった消極性から考えると、相手は機体に振り回されているように見える。

 だが、相手の意思に基づく操縦かもしれない。

 それを確かめるためにはどうしたらいいのか。ユキはひらめいた。


「ぬいぬい! ここの重力、どうなってる?」


〈現在、火山活動の活発化によってぶれが生じています。日常生活には問題ない程度ですが……もしかして〉


「敵は、重力を使って飛ぶ……重力のぶれはほんの僅かとはいえ、エンジンの不調を巻き起こしている?」


〈敵のエンジンは、重力の強さに比例して出力が決まっているようです〉


「つまり、ここはマントルの流れが活発化して地球内部の質量が不安定だから、相手のエンジン出力も不安定ってことね!」


〈はい。隙はあります〉


 相手の動きがぎこちないのは気のせいではなかった。

 それなら。ユキは機首を上げて急速上昇。山なりを描くように降下。

 余った運動エネルギーを位置エネルギーに変換し、その位置エネルギーを落下によって再び運動エネルギーへ。

 教本に書かれている通りの癖のないハイヨーヨー。

 それでも相手は見切れなかったのかのんきに背中をユキに見せている。

 すかさずボムベイを開き、短距離ミサイルを発射。

 ミサイルの爆発に巻き込まれない範囲へ退避。

 近接信管が作動し、無数の破片が敵機を引き裂く。

 いぶし銀の敵機は花のような赤い炎のかたまりとなり、黒煙を引いて落下。

 レーダー上から敵の反応が消える。


「やった……!」


〈マスター! チェックシックス! チェックシックス! ブレイク!〉


「わかった!」


 咄嗟とっさに機体を旋回せんかいさせ、急上昇。ミサイルが後方で推力すいりょくを失って海に吸い込まれていく。

 上空で星のような強い光がきらめいた。敵のコックピットが日光を反射している。

 レシーバーから切迫したバーグの声。


〈逃げろユキ! アレは死神だ!〉


〈マスター! 逃げてください!〉


「逃げるってどこに!」


 敵機は坂を駆け下りるかのように勢いを増しながらユキの背後に迫り来る。


〈ワイヤック旧市街です! 普通の空戦のセオリーで勝てる相手じゃありません!〉


「分かった!」


 ぬいぬいに同意し、ユキはグッとフライトスティックを押し込んだ。

 機体の頭が下がり、急速に高度が低下するのと反比例して、機速が上がる。

 ユキはスピードを殺すことなく廃ビルの森へ突入。

 林立するコンクリートの巨大列柱の間を高度、方向を細かく調整しながらくぐっていく。

 ボーパルバニーが操作を間違えて、ビルに衝突するか、ユキの追跡を諦めてくれたら。

 期待を込めてユキはバックミラーを一瞥いちべつ

 まだ白ウサギはついてきている。

 しばらく、空の障害物走を続ける必要がありそうだ。

 上下左右の感覚はとうにない。ユキは計器を信じて飛び抜ける。

 逃げるユキの額を、脂汗とも冷や汗ともつかないしずくが伝う。

 それでもスティックから手を離すわけにはいかない。それは死を意味する。

 とてつもなく苦しい機動だ。

 今にも崩落しそうなビル、でたらめに成長した植物、そして眼下に舌なめずりするようにうごめく白波。

 ボーパルバニーも条件は同じだ。自分の操作ミスで死なないよう気をつけながら、ユキを捉えねばならない。

 ユキは機動に集中し、追跡者に攻撃と回避をのマルチタスクを要求する。

 ボーパルバニーが、その優れた技量でユキを射界に捉えることができたとして、倒れたビルや絡み合った植物がユキを守る天然のたてになる。

 そのさまは、公園の遊具をくぐり抜けながらたわむれる子供の鬼ごっこにも似ていた。

 だが、ユキと敵の間にたわむれなど存在しない。

 集中力を切らせば、刹那に死が訪れる。先に気を散らした方が、負けるのだ。


〈マスター、振り切ってください! 帰投する燃料が足りなくなります!〉


「わかってる!」


 さらに高度を下げ、ユキは高速鉄道の高架下に逃げ込む。


 レールを支える支柱の間を機体を傾け、亜音速ですり抜ける。

 海面に風圧で航跡のように飛沫しぶきが飛び散る。

 劣化したコンクリートが背後で砕けて落ちる。

 それでも敵機は高架下を一定の間隔でついてくる。

 くそ。

 ユキは支柱に機銃弾を打ち込み、機体を滑らせる。

 ビルの森に向かってブレイク急速旋回

 激しい衝撃と水柱が背後からユキを叩く。

 高架が崩落した衝撃波で機体が振動する。

 目隠しになって!

 祈りを頭の片隅に押し込め、戦士としての行動をユキは取る。


「ぬいぬい! 機体のチェックを!」


〈全系統異常なし! まだまだやれます!〉


「最高! で、しつこいあいつは?」


〈ついてきてます!〉


 送り狼のようについてくる敵の姿がバックミラーにはっきりと写っていた。その機体には、まぶしいほど白い毛並みのウサギが描かれている。

 廃墟のエアチェイスは延長戦へ。

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