Sorty.13 戦闘開始、エンゲージ!

 なんでなんでこんな場違いな音が。ラジオがいているわけでもないのに。

 ユキは突然のファンファーレに混乱した。


〈第18航空戦術せんたん! 出撃します!〉


 謎はすぐに解けた。ぬいぬいがファンファーレを鳴らしたのだった。

 粋な計らいにユキのほほがほころぶ。


「ねえぬいぬい、噛んだよね?」


〈かみまみた〉


 ユキは吹き出す。


「ふふっ……なにそれ。AIも噛むんだ」


〈こっこれは……高度な計算に基づく、会話によるパイロットのストレス軽減プログラムの発動によるものです! 落ち度などではありません!〉


「うんうん。ぬいぬいは優秀な戦闘補助AIだよ」


 だが、本当に遊んでいるわけにもいかない。自動操縦が推奨すいしょうされているのは、戦闘に備えて休息を取っておけ、というコトでもあるのだ。


「ぬいぬい、レーダーを中距離に。こちらも敵機を探す」


〈ラジャ〉


 ユキの言葉を受け、ぬいぬいがレーダー起動。メインディスプレイ上にはAUTO CONTROL の文字がまだ表示されている。

 外を見る。肉眼では全く違和感のない、普段通りの青空。これから戦闘が始まるというのに、あまりにもいつも通りだった。

 その下には、訓練で見慣れた、水没したコンクリートジャングルと、穏やかな春の海。

 多国籍企業が支配する海底資源採掘プラントではない建造物が海から顔を出している事実は、どんな言葉よりも世界が大きく変わったとユキに語りかける。

 ユキが生まれる前のことだ。

 気温と海面がじりじりと上がり続け、ゆっくりと滅びを待つかのような世界は、30年前突然起きた南極大陸の氷床一斉融解ひょうしょういっせいゆうかいによる、津波のような海面上昇によって縮小を余儀よぎなくされた。

 まるで水を注がれ続けるコップが、表面張力でなんとか内部に押しとどめていた限界を超えて勢いよくあふれかえるかのようだった。

 大災害を生き延びた人間は、猫の額のような陸地に押しかけた。

 海上生活を送るとしても、そのための船を作る造船所は陸にある。人間が居住可能な海洋生物がいれば話は別だったのかもしれないが。

 そして、世界はそれぞれの文化を保ちながら小さな島々に住むことを選んだ海洋都市同盟と、最大の島を支配し、人類統一を唱えるビエンの2つの勢力に分かたれた。

 その2つをまたにかける多国籍企業も存在し、第三勢力としてカウントする者もいるが、今の世界は2勢力が覇権はけんめぐって直接対決をしている、というのが世間一般の認識である。


会敵かいてき可能性のある空域は、周囲の人口密度の低さ、最後に観測された敵機の位置から推測するに、ワイヤック旧市街上空である〉


 バーグからの無線で、ユキは戦士の緊張を取り戻す。


「ラジャ。はあ……」


〈どうかしたか、スノーホワイト?〉


 苗字ではなく、TACネームで呼ばれる。たったそれだけの事で、最前線にいる実感がユキにいてくる。

 ユキは出来るだけ感情を消した口調で話す。


「……障害物だらけじゃないですか。低空に逃げられたらめんどくさいなあ」


〈ごちゃごちゃ言うな。やれるだろう〉


 軽口を叩きながら穏やかな海の上を飛び抜ける。目の前にワイヤック旧市街が姿を現す。

 針山のように立ち並んだ高層ビルの廃墟はいきょ

 異界から落ちてきたかのような奇妙な姿の、海面上昇によって住めなくなった大都市の残骸。

 全く唐突とうとつに、コックピットに警告音が鳴り響く。


〈敵攻撃波です、マスター! ユーハブコントロール!〉


「アイハブ!」


タリホー敵発見!〉


「ラジャ」


 ぬいぬいの警告と同時にバーグからの無線。

 ユキはフレアを放出してブレイク急速旋回

 同時に中距離ミサイルを発射。おとりにする。

 敵機はどこだ。

 ユキはレーダー画面と空を注視する。

 レーダー画面上に敵を意味する赤の輝点が2つ。

 ミサイルはかわされたらしい。敵は両方ぐんぐんと近づいてくる。ヘッドオン。

 有視界戦闘へ。

 敵は空飛ぶ円盤の姿だった。

 絵本に描かれている宇宙船そっくりだ。

 お互いに亜音速ですれ違う。教官の背後に敵機が食らいつく。ユキはダイブして相手をやり過ごす。

 泡を食った相手が高空をうろうろしている間に、ユキは教官に食らいついた敵を攻撃するのに適した位置へ。

 2対1の勝負に持っていく。

 マニュアルに従うなら、ミサイルを放って敵機を撃墜すべきだ。兵装を選択。短距離ミサイル、準備よし。


〈マスター、味方機と敵機の間隔が近すぎます! 赤外線誘導の為、誤射の危険性が!〉


「分かった!」


 ユキは加速して機銃を選択。有効距離を見計らって敵機に弾丸の雨を降らせる。

 殺気を感じ取ったのか、敵機は上方へ垂直に急速上昇。

 アニメのロボットのように、空をジグザグに進んでいる。

 対してユキは慣性に従って弧を描く軌道を取らねばならない。

 航空力学とは全く違う原理で飛ぶ相手だという事を突きつけられる。

 敵機とすれ違いざまに、相手の機体に懐中時計を持った白ウサギが描かれているのがユキの目に飛び込んできた。

 ユキがコンマ数秒の間ウサギの絵に気を取られた隙に、もう一機の敵がユキの後ろに回り込む。

 何が起きたのかユキには分からなかった。


《右へ旋回せんかいしなさい》


 通信。バーグ少佐からだろうか。言われた通りにユキは右へブレイク。

 次の瞬間、今まで自分がいた空間をアイスキャンデーのようなオレンジ色の光の筋が通り過ぎた。

 曳光弾えいこうだんだ。敵のガン攻撃を受けたのだ。

 曳光弾えいこうだんは十発に一発混ぜられている。つまり、見えている10倍の弾が飛んでいるということだ。

 あの警告がなければ命はなかった。ユキは肝を冷やした。

 ユキは旋回し、敵機の後を追う。


《”総体”に告ぐ。ウスハナサクラ、出撃の必要なしと判断》


《虐殺を放置することは出来ない。出撃せよ》


《否。これは戦闘である。戦闘には干渉しないというのが我らの大綱である》


《……ウスハナサクラの判断に任せる》


《感謝する》


薄花桜うすはなさくら、さん?」


 ユキの問いかけ。命の恩人なのか。だとしたらお礼を言いたい。少しの沈黙の後、再び声がした。


《相手の動力は重力に依存する。健闘を祈る――ユキ》


 それっきりだった。

 ぷつりと声が途切れる。


「薄花桜さん! 待ってください!」


〈マスター? わけわかんないこと言って! さてはブラックアウトでもしてましたか? 後方からミサイルが接近! ブレイク!〉


 ぬいぬいの警告がコックピットに響く。

 ユキと距離をとった敵機が、再び攻撃を仕掛けていた。

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