Sorty.11 アラート待機

 チョイダット基地でのユキの初仕事は、アラート待機だった。

 緊急発進スクランブルに備えるのだ。何もなければ1日暇つぶしをしているだけで終わる。ユキはぼんやりと今までのことを思い出した。

 リッカは目の前で戦友を亡くしたショックにより、しばらく療養りょうようすることになったとユキは聞いた。

 だが、ユキには親友を気の毒に思ってばかりもいられなかった。

 隣には相変わらず鬼教官、バーグ少佐が座っているのだ。

 しかも黙って仏頂面ぶっちょうづら。身にまとった飛行用の装具がいかつさを跳ねあげている。

 正直に言って、ちょっと怖い。一緒にスクランブル待機をしている整備員たちも、電話を受けてスクランブルの号令をかけるディスパッチャーも、彼から目をらしている。

 座学の教室から、格納庫内のアラートパッドに場所は変わった。

 書類上も隊長と部下の関係になったが、同じ人間だから何かが変わったような気がしない。

 沈黙にいたたまれなくなってユキはテレビをつけた。ニュース番組が流れ出す。


『夕雲コーポレーションの利益率は過去最高を記録しました。その一方で、株主総会では従業員に対する給料カットと残業の長期化を指摘され、CEO不信任決議案の提出が行われました』


「政治ニュースかと思ったら経済ニュースですか」


「まあ、同じようなものだろう」


 投げやりにバーグがこたえる。


「でも、給料カットと残業が増えたことに抗議するなんて、いい人がいますね」


「そうだな」


 まだ経済ニュースは続く。画面に華やかな着物をまとった金髪黒目の美女が映し出される。


『これに対して現CEOのミシェル・夕雲・ボニン氏は配当率はいとうりつ引き上げによって株主に支持を呼びかけていますが、筆頭株主かつ取締役の姫伯ジェ・ベイ氏はボニン氏の施策は市場の縮小を生み、将来的な夕雲コーポレーションの利益減少を招くと訴えています。』


「従業員じゃなくて、お金のことを考えて……なの?」


 ユキの疑問に「ああ」とバーグがうなずく。


「そんなことだろうな。資本主義は、結局金だ」


ジェ氏は労働組合からの支持を得ているため、不信任決議案が否決された場合、大規模なストライキが起こることが予想されています』


 ニュースは天気予報へ。

 火山噴火の予兆があるため、ウェスタ火山近傍きんぼうの航空路の規制が始まっている、という天気予報士の声。

 フライトがキャンセルされる可能性があるので各航空会社の発表に注意し、チケット予約を行え、と締めくくり、通常の天気予報が始まる。

 フライトのキャンセルの可能性をわざわざ言うということは、無駄にチケット代を払わなければならない人を減らすためではないか、とユキは気づいた。

 結局は金の話か。ユキはげんなりする。


「資本主義って呼び方やめて、拝金主義って呼び方にした方がいいんじゃないですかねぇ……」


「当たり前だ。資本主義は貨幣かへいがなければ成り立たないからな」


貨幣かへい?」


「お金だ。資本、というのもざっくりというと金だ」


「え、お金なんてふつうにあるものじゃないですか。それがどうして主義の話になるんですか?」


 ユキの問いかけに、バーグは小馬鹿にしたように鼻を鳴らす。


「食べられもしない紙と、道具にするには小さな金属のかけらだ。お前はそんなものに価値を見出すのか?」


「そう言われたら……そうですけど」


 確かにそうだ。正しいからこそなんだかムカつく。バーグの解説は続く。


「そんながらくたに価値があると信じる人間が世の中の大多数をめているから、資本主義は回るんだ」


「はあ」


「要するにお金が回れば回るほど、いいってことだ。労働者の人件費を削り続けて資本家は利益を最大化してきたが、人口の減少に伴ってそのビジネスモデルは崩壊しつつある。需要じゅようが無ければ何を供給きょうきゅうしても利益は生み出せないんだ。今企業がすべきなのは、投資としての市場の保護なんだ」


「えーと、なにするんですか?」


「つまりは人間の集まる場所の確保と、お金を使える人間を増やさないといけないんだ。会社がやっていくには。海に浮かぶ街は、人間の集まる場所だ。富の源泉、と言い換えてもいいな」


「自分たちの仕事に関係ないこともよく覚えてられますね。さすが教官」


 ユキの適当な言葉に、バーグは微妙な表情だった。


「犬養……関係あるぞ」


「ほえ?」


「都市の空爆は、市場を縮小させる行動だ。軍が一般市民を殺したというフェイクニュースが一本流れるだけで、企業は国家に武器を売らなくなる。だから出来るだけ市民がいない場所で戦うんだ。補給を考えると、流れ弾一発でも危ない」


「補給、ですか」


「だから、戦意を挫くために一般市民を虐殺する総力戦は、過去の遺物となったんだ」


「そんな綺麗きれいな軍隊ばかりだったら、どんなに良かったことか……」


 親を失った日のことが頭をよぎる。ユキはうつむき、膝の上で両手を握りしめた。


「すまなかった。だが、軍事行動はただの破壊や虐殺ぎゃくさつではないということは覚えておいてくれ」


「はーい。……結局利害なんですね」


「利を得るってことは生きるための行動だ。利を得て食わなきゃ、人は死ぬ。そんなもんだ」


 そうバーグが締めくくった時、カウンター上の赤い電話が鳴った。即座にディスパッチャーが受話器を取る。ユキとバーグは立ち上がる。


「スクランブル!」


 ディスパッチャーが叫んだ時、もう二人は待機所から飛び出し、愛機へと駆け寄っていた。






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