Sorty.10 「ぬいぬい」

 ユキの過去の話が終わった後、しばらくぬいぬいは沈黙していた。


〈なるほど、薄花桜うすはなざくらさんにお礼を言いたいからマスターはパイロットの道を選んだ、と〉


「そうなのよ」


〈でも、謎が多いですね。薄花桜うすはなざくらさんって、遠隔操作えんかくそうさしている人間がいたのか、それとも自律型UAV無人機なのか、それともマスターが覚えていないだけで誰か乗っていたのか、ぜんっぜんわかんないじゃないですか〉


「うん。救助だったら、わざわざ戦闘機じゃなくてヘリでもいいじゃない?」


〈その通りです。人命救助に戦闘機を使うのは非効率的です。ヘリと比較した場合の数値をお見せしましょうか?〉


「見なくてもわかるから、大丈夫。戦闘機は敵を殺すための道具。それは、誰よりもわかっているから」


〈ラジャ。で、何で空軍なんです?〉


「はえ?」


〈相手は正体不明なんですよ? お礼も何も、再会できる保証も手がかりもないじゃないですか、マスター〉


「それはそうだけど、戦闘機を持ってるのは空軍しかないから、空軍に行くのが一番手掛かりがありそうだなー、って思ったの! お礼を言えなくたっていいんだ。せめて、一体どこの誰に助けてもらったのかはっきりさせないと、気が済まないの!」


〈合理的な判断ですね、マスター。前提条件がしっちゃかめっちゃかですけど〉


「褒めてるの? けなしてるの?」


〈そんなマスターだからこそ! 支えがいがあるんです! ぬいぬい、全力でマスターの人探しを手伝います!〉


「ふえ? どうやって?」


〈私に許可されている範囲で空軍の交戦記録データベースを洗ってみます。それらしき不明機の情報があれば、マスターに伝えます〉


「ありがとうぬいぬいー!」


「ヌイヌイ?」


 突然下から聞き慣れた男の声がした。やばい。ユキは慌てて機体から降りて敬礼。


「きききき教官?!?! なんでここに」


「格納庫に来たら駄目なのか?」


 首をかしげるバーグ。それがあまりにも無邪気むじゃきで、ユキは頭が混乱した。


「いいいいいやそそそそそんなことないですけど! 突然話しかけられてびっくりしてしまって!」


「そうか。質問に答えろ。ヌイヌイとは何だ?」


「機体搭載AIの……ことです」


「不知火ver.19か」


「不知火ver.19なんて無味乾燥むみかんそうな名前で呼べないじゃないですか、相棒のコト」


「相棒、か」


 教官はあきれたような目でユキを見る。その視線はあっけにとられているというより、ユキ越しにどこか遠くの誰かを見つめているような気がしてきた。


「ユキは機体を大切にしているんだな」


 ユキが首をかしげる番が来た。


「はえ? ぬいぬいはぬいぬい、機体は機体ですよ?」


「待て。何を言っている?」


「ぬいぬいは、練習機時代から私に与えられたAIなんです。練習機からこの機体にコピーされて、乗り移ってきたようなものなんです。だから、機体の名前じゃありません」


「何だそりゃあ?」


 バーグは珍獣でも見るような目でまじまじとユキを眺め回す。


「携帯電話と一緒です。機種変更をした時、データのバックアップを取って、新しい携帯に移し替えるじゃないですか」


「AIと携帯がどう関係するんだ?」


「それと一緒です。AIだって、電子データのかたまりです。私にとってぬいぬいは、練習機から戦闘機へ移行されたデータのことなんです」


「……そう、か。機体じゃないんだな」


「はい。ぬいぬいは、私の人生で一番長く私に寄り添ってくれた存在なんです」


「親御さんを、亡くしているそうだな……」


「はい」


 バーグは沈痛ちんつうそうな表情で黙った。ユキから顔を背け、ぼそりとこぼす。


「あくまでも、軍の装備品だ。お前に割り当てられているだけで」


「分かってますよ、そんなこと」


「ペットでもなけりゃ許嫁いいなづけでもないんだからな」


「でも、大切な仲間です!」


 ユキが言い返すと、教官は見たこともないような顔をユキに向けた。

 苦々しく思っているのか、それとも悲しんでいるのか、もしや悔しがっているのか。

 マイナスの感情を煮詰めたようなくしゃくしゃの表情。


「……消耗品だ。出来る限り大切に使うべきだが、優先順位を間違えるんじゃない」


「……もしかして、いてます?」


 コツンと軽い拳骨。反射的に叩かれた場所を押さえて教官を見上げると、普段通りの鉄仮面に戻っていた。


「お前も最前線に出ることになった」


「えっ……」


 予想はしていた。そういう仕事だと理解もしている。それでもその宣告はあまりにも突然だった。力が抜けて腕が力なく垂れる。


「訓練課程は終了だ。明日から第18航空戦術戦隊に配属。セッター隊だ」


 ぽん、と頭に手を置かれる。そのままくしゃりと撫でられる。


「死ぬんじゃないぞ」


「わかってます。教官。今までありがとうございました」


 そう言うと、教官は驚いたような顔をして、それからチェシャ猫のように意味深な笑みを浮かべた。


「珍しいな。犬養が素直なのは」


「お礼はきちんと言えって、親から教えられましたから」


「いい親御さんを持ったな」


「教官のシゴキが非人道的なだけですー!」


「犬養、戦場に人道などないぞ」


「……知ってます、そんなこと」


「お前を待つのは理不尽と殺意の連続だ。耐えられなくなった奴から死神に連れ去られる。非人道的などと文句をつけている暇があるなら鍛錬しろ」


「イエッサー」


 バーグの眼鏡が怪しく光る。


「……あと、セッター隊の隊長は俺だ」


「うえええええええええ?!?!?!?」


 嘘でしょ。鬼教官が上司なんて。

 地下格納庫に、ユキの絶叫が反響した。

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