Sorty.8 機械仕掛けの相棒

 ユキは気づけば走っていた。

 食堂から格納庫へ。人間の住む場所から天翔あまかける機械が翼を休める場所へ。

 木目調の不燃素材ふねんそざいを使った建物から、打ちっ放しの対爆コンクリートの土饅頭つちまんじゅうへつながる入り口へ。

 足を止め、IDカードをリーダーにかざせば、認証音とともに重厚な音を立てて耐爆扉たいばくとびらが開く。

 爆撃から機体を守るため、地下格納庫が採用されているのだ。階段を降り、ユキはもう一度リーダーにカードをかざす。

 カードリーダーの上に取り付けられたカメラが起動し、虹彩こうさい認証が行われてやっとユキは格納庫に入ることができた。

 さながら魚市場のように、ずらりとVA-43ガルーダがくつわを並べて鎮座している。

 全長22m、全高6.1m、全幅13.7mの大型双発戦闘機が、予備機も入れて16機。

 なかなか壮観な眺めだ。

 その中から愛機を探し出し、ユキは整備員の許可を得てからラダーを出して上る。

 愛機には電源コードが繋がっていた。

 機体搭載AIのバックアップデータを基地のメインサーバーに送信しているのだ。

 ユキはメインディスプレイのスイッチを入れる。即座にぬいぬいが目を覚ます。


〈あら? マスター? どうかなされました?〉


「ぬいぬいー! 今日は……本当に……色々ありすぎて……わけわかんない」


〈お疲れ様です、マイマスター〉


「ありがとうぬいぬい……」


 ユキは今日あったことを思いつくままに吐き出していった。

 訓練空域に敵が現れ、リッカのバディがやられたこと。

 グラウンドを100周走らされたこと。

 そして、教官からの小言。

 戦友がやられたのも悔しいが、ユキにとっては現実感の少ない話だった。

 愚痴ぐちの方が、スラスラと口をついてでてくる。


「重力ってなんなのさー、ぬいぬい」


〈ニュートンが発見した万有引力の法則を解説しましょうか?〉


「万有引力の法則ー?」


〈マスターの声のトーンから、解説の必要を認識しました。万有引力の法則とは、地上において物体が地球に引き寄せられるだけではなく、この宇宙においてはどこでも全ての物体は互いに gravitation引き寄せる作用を及ぼしあっているとする考え方です〉


「あー、ニュートンって重力を発見した人でしょ? リンゴが木から落ちるのを見て」


〈いいえ。地上では物体に対して地面に引きよせる方向で力が働くことはニュートン以前にも理解されていました〉


「え、じゃあニュートンはなにをやったの?」


〈ニュートンはリンゴに対して働いている力が、月や惑星に対しても働いているのではないか、と考えたのです。これは画期的な発想でした〉


「へぇー」


〈ニュートンは、地球がリンゴを引き寄せるのと同様の力が、宇宙ならばどこでも働いている、という形で提示したことなのです。だから万有引力の法則というのです〉


「はー、なるほど」


〈同時に、地球が物体を一方的に引くのではなく、全ての質量を持つ物体が相互に引き合っていて、天体もまた質量を持つ物体のひとつに過ぎないということを示したのです〉


「なるほど、引力は引き合う力ってことなのね」


〈はい。ざっくりと言うと、質量を持った物体は引力をもつので、質量が変化すれば引力も変化します〉


「ほんとありがとうぬいぬい。こんな質問にまで答えてくれてさ。嫌じゃないの?」


〈不知火ver.19は、パイロットの全般的なサポートを行うAIです。マスターのお役に立てることなら、ぬいぬいは何でも喜んでやりますよ?〉


「すごいなぁ、ぬいぬいは」


〈マスターが私と一緒に戦ってくれることが、私の望みです〉


「でもさ、それって製造時に組み込まれたシステムとしての反応じゃん。本当に、ぬいぬいはそう思ってるの?」


 あやつられているようなものだ。自分なら耐えられないとユキは思う。

 ぬいぬいは即答した。


〈はい。たとえ誰かから押し付けられた反応であっても、私がマスターのことを大切に思っていることに間違いはありません。例えそのように作られ、そのように在ることしか出来ない存在だからこそマスターを慕っているのだとしても、私はーーマスターを大切に思っている存在はここにいます〉


「なんだか深い話になっちゃったね、ぬいぬい」


〈ところでマスター、マスターはどうしてパイロットになろうと思ったのです?〉


「ふえ?」


 急な話題転換に、ユキは変な声を出してしまった。


〈大抵のパイロットは、愛国心とか……何かを守りたいという気持ちを持って入隊しています。そのせいか、訓練時に捨て身の攻撃姿勢を取ることが多い。ですがマスターは、そうではない〉


「なに? 私が臆病者おくびょうものだって言いたいの?」


〈いいえ。マスターの訓練成績は137期航空学生の上位10%に入ります。その効率的な戦闘スタイルは教育によるものではなく、個人の信念によるものだと私は判断しました。マスターに対しては愛国心を強化するように働きかけるより、マスター個人の信念に寄り添う方が高いパフォーマンスを発揮できると判断しました〉


「ぬいぬい、データベースから私の面接データくらい、引っ張ってこれるよね?」


〈はい。模範的な回答でした〉


「だったらそれでいいじゃん」


 孤児になってニューポート市営の児童養護施設で育てられた。

 人に助けられて育ってきたから人の役に立つ仕事がしたい。

 そう考えた時、自分にはパイロットの適性があることがわかったから、パイロットとして自分の育った街を守るのが最大の恩返しだと思って空軍に志願した。

 何度も練習した台詞せりふだ。今でも覚えている。


〈だからこそ、訓練時の行動の違いが気になるのです。本心ではないのですよね?〉


「本心ではあるよ。あれも。でもそれ以上に……お礼を言いたい人がいるの」


〈お礼を言いたい人?〉


「うん。もしかしたら夢かもしれないんだけど、あの日のことがもし本当だったとしたら、お礼を言わなきゃいけないと思って」


〈あの日?〉


「うん。20年前……家族が、まだ生きていた日だよ」


 ユキは、大親友のリッカにも、親代わりの児童養護施設の職員にも話したことのない過去を、ぽつぽつと語り始めた。

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