Sorty.7 迫る戦場

 なんでよりにもよってこんな時に訓練中止なの?!

 教官を追い詰め、これから機銃で仕留めようという時に訓練中止を言い渡され、ユキは不満で爆発しそうだった。


「なんでですか教官! もうちょっとで勝てたのに!」


〈マントルの対流が激しくなっている、という話は聞いたか〉


「はい。ニュースでやってますよね。火山が噴火しそうだとか」


 地殻の下を流れるドロドロに溶けた超高温の大量の岩。地の底のことがどうして空の上の私たちに関係するのだろうか。

 突然の話に混乱するユキに、バーグは涼しい声で説明する。


〈ウェスタ火山が噴火する予兆がある。火山灰を吸い込めばエンジンはお釈迦しゃかだ。火山の爆発に付き合う義理はない、さっさと帰ってこいだとさ〉


 火山灰は、いわば細かいガラスの破片だ。

 詳しくいうと、火山灰にはガラスの原料となるケイ素を主成分とする物質が含まれている。

 1600℃以上に熱せられた燃焼室で融点が1400℃の火山灰のガラス成分が溶融ようゆうするのだ。

 それらはタービンブレードやノズルガイドベーンといった部品に付着し、その型を変化させてしまう。

 精密に計算されたタービンの翼型が変化したことで、燃焼ガスから十分な回転力を得られなくなり、同軸で結ばれたコンプレッサーの圧縮能力も低下する。

 その連鎖で燃焼サイクルが乱れてエンジンが停止フレームアウトする。

 さらにはタービンブレードの微細な冷却孔を溶けたガラスが塞いでしまい、タービンブレードの過熱かねつを誘発し、破損につながる。

 ブレードが破損してしまえば、エンジンが二度と使い物にならなくなる可能性――それどころかそのまま墜落という最悪の事態を招く。


「ちえー。なんか興ざめ。でも今日は教官に負けなかったからいいや」


〈俺に勝てないようでは敵に勝つなど夢のまた夢だ。機体の整備終了後、グラウンド100周〉


「……ラジャ」


〈あと、基本的に重力には逆らえないということを覚えておけ。重力に逆らうには、凄まじい燃料をう〉


「ラジャ」


 小言混じりの通信を終え、ユキは基地への帰投ルートへ。

 ガルーダのエンジンは快調だったが、ユキの心はマントルを突き抜けて地の底まで沈んでいた。


 ▲


「いくらなんでも横暴すぎるー!!!!!!」


 途中で何度か給水こそ許されたものの、100周もグラウンドを走らされるとヘロヘロになる。

 自制心も吹っ飛び、大声で愚痴ぐちりながらユキは通路を突き進む。

 整備員が関わり合いになりたくないとばかりに彼女の隣をそそくさと通り過ぎていくのが、かえって彼女の感情を苛立いらだたせた。


「お疲れ様ですワ、犬養少尉」


「ヴィラール少佐!」


 かかとを合わせて敬礼。ガチガチに固まったユキの様子に、ヴィラールは「うふっ」と婉然えんぜんに微笑む。

 女優顔負けの完成された美しさに、同性のユキもなんだか心臓の鼓動が早まってしまった。


「グラウンド100週だなんて……バーグに期待されてるのネ」


「期待、ですか? 辞めろって言われてばっかりですけど……」


獅子ししは我が子を千仭せんじんの谷に突き落として育てるというワ。私たちはそんな育て方しかされてこなかった。そのせいで、彼はスパルタ式以外の教育を知らないの」


「はい」


「自分と同じエースパイロットになって欲しい、とバーグは思っているのヨ。頑張ってネ、犬養少尉」


「はい!」


 よくわからなかったが、褒められたらしい。スタスタと歩き出したヴィラール少佐を敬礼で見送るやいなや、うように閉まる間際の食堂にユキは滑り込む。

 カレーを注文し、トレーを受け取り、空いた席を探す。

 滑り込み組は多い。ユキは混み合った食堂の中にリッカを見つけた。こんな時は友達同士で愚痴りあうのが最高のストレス発散。


「リッカ、前座って大丈夫?」


「……うん」


 リッカの表情は、異常に重かった。前に置かれたランチセットも、全く減っていない。

 何かがおかしい。彼女の沈み込み具合は尋常ではない。

 そういえば。ユキは周囲を確認した。今日彼女と組んでいたはずのバディが見当たらない。


「リッカ、どうしたの? バディは?」


「バディは……とされた」


「えっ?」


「訓練空域に敵が現れた。バディは……私の目の前で……目の前で……何もできなかった。教官も、逃げるしかなかった。まるでスキップするみたいに追いかけてきたの。必死に逃げて……基地が見えてきた頃に相手が諦めたのか、帰っていったから、私と教官は……生きて帰れたの。帰ってすぐ査問会さもんかいみたいなことになりかけたけど、教官が私をかばってくれて、お昼は食べていいことになったんだけど……」


「だけど?」


「あの子が、やられた姿が、まぶたの裏に焼き付いて離れない」


 リッカは泣き崩れた。彼女を昼食を済ませた戦友たちが慰める。ユキも彼女に声を掛ける。


「まだ、バディが亡くなったと決まったわけじゃないでしょう?」


「うん……救助隊が、今探してる、って」


「そっか。とにもかくにも、リッカは生きて帰れたよね?」


「……うん」


「帰れたなら、いつかやりかえせる日も来る。だから、今日もしっかり食べよう、ね?」


 ひとすくいカレーを口に運ぶ。まるで砂を噛んでいるような食感。

戦友が墜とされた。

その事実で、美味しいはずのカレーも、ユキにとってはなんだかネバネバする味のない液体とぼそぼそした米の塊になってしまった。

 リッカを慰められる言葉も、経験もユキにはない。無力感が舌をおおい、辛味さえも感じられなかった。

 でも、食べないと体がもたない。アラート待機で鍛えられた早食いで、ユキはカレーを飲み込む。

 人目をはばからず号泣するリッカを周囲の人たちが医務室へと連れて行く。

 ユキはリッカのトレーと自分のトレーを返却すると、逃げ出すように食堂を後にし、格納庫へ向かった。

 人間の悲しみの感情に飲み込まれそうで、ユキは怖かったのだ。

 ぬいぬいは、悲しまない。人のようには振舞うけれど、人のように凄まじい感情をぶつけてくることは、ない。

 人ならざる存在のぬいぬいに会いたい。その一心だった。

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