Sorty.5 いざ、大空へ!

 ユキが自機を完全に確認してすぐに、レシーバーからバーグの声が流れた。


〈タワー、アルファ、タクシー〉


(管制塔へ。こちらはA編隊長。駐機場所から滑走路へ移動したいので、所要事項について指示をされたい)


〈アルファ、ランウェイ、ワン。キュー・エヌ・エイチ・ツー・ナイナ・ナイナ・フォー〉


(管制塔からA編隊長へ。離陸には1番滑走路を使用せよ。現在の大気圧は、水銀柱で二九·九四インチの気圧1013hPa(1気圧)である)


 ユキはグラスコックピットに手を伸ばし、高度計を飛行場の標高に合わせる。

 先ほど管制塔が伝えてきた気圧値と、自分の高度計に示されている気圧値の差を記憶する。この差は、高高度を飛ぶ場合、高度計の指度を修正する時に必ず計算に入れなくてはならない。


〈ラジャ〉


 編隊長と管制塔との無線交信を受け、ユキは方向舵を動かすためのペダルの、両つま先部分を強く踏む。整備員に「車輪止め外せ」のハンドサインを示す。

 ユキの合図で整備員は翼の下に入って車輪止めを外す。

 ユキは両つま先でプレーキをかけたまま整備員にかまわずスロットルを80% rpmまで進め、エンジンの回転を上げる。

 編隊長機を見る。

 ユキは片手を上にあげ、前方へ向かって手刀を切るような動作をする。整備員に対し、今からブレーキを放して動きはじめる、と知らせる合図だ。

 手刀を切ると同時に、ユキはつま先の力を抜く。

 機体がノロノロと前進しはじめる。時速3.2km程で、ユキはスロットルをアイドル回転まで引きもどす。機体は速度を保ったまま進む。

 ユキはが整備員の手信号に従って機体の向きを変え、整備員の前を横切る。

 整備員は挙手の敬礼をしてユキを見送る。異常なしのサイン。

 これで、機体はユキ一人だけの支配下に移った。

 編隊長のバーグ機を先頭に、バーグの機尾部とユキの機首の間に、二機長の間隔飛行機二機分の距離を保って戦闘機二機は誘導路を通り、滑走路に出る。

 遠目には一列に並んで動いていくようにみえるが、センターラインの約一メートル右側を前進するバーグに対して、二番機のユキはセンターラインの約一メートル左側を行っている。

 これは、万が一、前方を行くバーグ機の排気で小石等が吹き飛ばされ、それが後続するユキ機のエンジン吸気孔きゅうきこうに吸い込まれ、エンジンが壊れることを予防するためだ。

 ガタガタと不規則に頼りなさげに機体が揺れる。

 滑走路は平らだが、降着装置こうちゃくそうちのサスペンションが上質なものではないからだ。まるでここは自分のいる場所ではない、と機体が訴えているかのようにユキには思える。

 滑走路の端に向かって進んで行きながら、機体が本当に飛行に適した状態になっているか、ユキは点検を続ける。

 前を行くバーグ機に追突しないよう、誘導路を踏み外して草地へはまり込まないよう、ひとつ点検しては前を見、またひとつ点検しては前を見る。

 スティックと舵面の動きの関連を、もう一度。計器のうち、油圧計とオイルの圧力計、そして電流計。燃料タンクの切替スイッチ。フラップの下がっている角度。

 座席射出装置の安全ピンを外してあること。パラシュートの開き方を決定するランヤードワイヤーがパラシュートを開くための取手に接続してあること、等々。

 これらをユキは機体の進行方向を修正しながら、前方を行く編隊長機との距離を一定に保つように速度を微調整しつつ、点検。

 滑走路の端に来たところでユキはレーダー類のスイッチを入れ、バーグに合わせてキャノピーを閉める。


〈アルファ、ゴー、チャンネル、ツー〉


(A編隊、第二チャンネルに移行せよ)


 指示に従い、ユキは管制塔との交信用に周波数を切り替える。


「アルファ、ツー」


指示された周波数に移ったことをユキは報告。バーグは管制塔と交信。


〈アルファ、ナンバー・ワン〉


(A編隊長より管制塔へ。A編隊は滑走路の出入り口付近にいる。離陸を許可されたい)


〈アルファ、クリアードフォーテイクオフ。ウィンド、ゼロ、エイト、ゼロ、セブン〉


(管制塔よりA編隊へ。離陸を許可する。風向風速は、80度方向から7ノットである)


 離陸許可が下りる。ユキは周囲の空を見回し、滑走路に着陸しようとしている機体がないことを確認。安全を確かめ、バーグについて滑走路に入る。滑走路脇の芝生しばふに立っている吹き流しで風向を確認。

 滑走路上で離陸の隊形に。ユキは一番機のコックピットを注視する。

 バーグが右手の人差し指で上を指し、その指先で水平に円を描く。エンジン出力点検開始の合図。

 ユキはしっかりとブレーキを踏み、エンジン計器をグラスコックピットに表示。数値の変化をにらみながらスロットルを押し進めてエンジン回転を上げる。

 異常なし。片手をあげ人差し指と親指で丸を作ってOKのシグナルをユキはバーグに送る。

 バーグは前を向き、頭を上向けてから急にうなずく。その動作に合わせてユキはブレーキを離す。

 編隊離陸、開始。

 灰色の猛禽もうきん2羽が、1秒のずれもなく息をぴったりと合わせ、翼を並べて走り出す。

 ユキはフライトスティックを手前に引く。ユキの動作をセンサーが感知し、光ケーブルがそれをフライトコントロールシステムに伝える。

 フライトコントロールシステムはその情報を元に昇降舵エレベータを持ち上げる。機首が上向き、空を見すえた。

 次の瞬間、車輪から滑走路ががれ落ちる。

 翼が風を蹴り機体がふわりと軽やかに空へと舞い上がる。

 地面を切って離陸した瞬間、地上走行中は絶え間なく続いていた不器用な震えがぴたりと消える。

自分の本来あるべき場所に落ち着いたとでもいう風に、自信満々に青の中を機体は突き進む。

 十分に上昇し、バーグの指示でユキは降着装置ランディングギアとフラップを収納。空気抵抗が一気に減少し、あっという間に雲の上へと2機は駆けあがる。

 編隊を組み、銀砂をまき散らしたようにきらめく海の上へ。

 春霞はるがすみが水平線をあわく溶かしている。綿菓子のようなちぎれ雲が優しく眼下を流れていた。

 沖に見える島の大きさや計器、レーダーサイトのコントローラーを参考に、ユキは不可視の空中回廊コリドーを進む。

 訓練空域まで一定の高度と幅を逸脱しないように飛ぶ。

 空に地上のような目印はない。

 穏やかな風が吹くときは、無限の自由が広がっている。

 ゆえに、自らを厳しく律し、己の思い描く場所を正確に飛ばなければならない。


〈訓練空域に到達。事前に通達した空域にて待機せよ。訓練開始はこちらがコールする〉


「ラジャ」


 バーグからの無線。ユキは返答し、翼をひるがえす。

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