Sorty.2 横暴教官ー!

 滑走路はどんどん近づいてくる。

 ユキは速度計と高度計を確認。

 大丈夫。減速は充分。

 ユキはアプローチを続ける。

 高度が下がり、地面効果によって増加した揚力によって、降下率がわずかに減少する。

 徐々に推力を下げて下降を継続し、ユキは沈み込み率を最小限に抑える。

 着陸の直前にエンジンをアイドルに切り替え。できる限り滑走路末端付近に着陸する。

 主脚メインギア接地。激しい衝撃に思わずうめき声が漏れる。

 それでもユキは10度の機首上げを保ち、充分に機速を落とす。

 減速を確認して車輪ブレーキを作動。

 車輪ブレーキ作動と同時に機首が下がり、軽い衝撃とともに首脚ノーズギアが滑走路上に下りる。

 スピードブレーキを完全に開き、アンチスキッドをオン。

 車輪ブレーキを最大に。

 無事作動したアンチスキッド装置によってブレーキの掛かりが調整される。

 キャノピ越しに流れる風景が線から点へ、日常の姿に戻っていく。

 ふと焦点をあわせると、ユキの目の前に嫌に大きく教官機がいた。

 教官機とユキの機体の間隔かんかくは3メートルもない。

 危機一髪。ぶつかるところだった。

 ユキは胸をなでおろした。

 気がゆるんだ瞬間、レシーバーから教官の怒声が響く。


〈犬養! デブリーフィング後、格納庫裏!〉


「……ラジャー」


 あっこれ殴られるパターンだ。ユキは身震いした。


 ▲


「歯ァ食いしばれ!」


 ガツンと脳天に一発拳骨。ユキの目から火花が飛んだ。

 バーグ少佐の異様な剣幕に、紫色のサイドテールを結った整備員が目を合わせないように逃げていく。

 ユキの隣で、リッカが落ち着かない様子で立っていた。

 眼鏡の奥で、バーグの灰色の瞳が冷たく光った。


「いいか? 戦闘機は最速の武器だ。亜音速が俺たちの行動速度だ。1秒は生死が決まる時間だ」


「……理解しています」


「理解しているなら、行動しろ。かっこいいだとか、ちやほやされたいだとか、そんな甘い気持ちでパイロットをやっているのならすぐ辞めて民間に転職しろ」


「……そんなんじゃ、ありませんから」


「だが、空に夢を見ている。違うか?」


「それは、まあ、人並みには」


「空は確かに美しい。だが、本来人間が生きるべき場所ではない。そこで殺し殺されるのが仕事だ。綺麗きれいなものだけ見て生きていたいなら、さっさと辞めろ」


「空が綺麗きれいだからこの仕事をやってるわけじゃありません!」


「ほう?」


 ユキは小馬鹿にしたような教官の表情をにらみつける。


「親を殺されてるんです。街を爆撃されて、地上部隊まで攻めてきました。そんな悲しい思いをする子供は、私が最後になればいいって思って、軍を目指したんです」


「俺の上司には妻子がいる。敵兵も誰かの親だ。俺は独身だが、親がいる。憎しみで、敵が血の通った人間だと忘れているのか?」


「そんなこと……ありません」


「まあ、考えさせないように教育しているからな。拳銃射撃訓練の的を人型にしたり、シミュレータを利用して仮想敵を殺しまくらせて本能的な忌避感きひかん麻痺まひさせている。感覚を鋭敏えいびんにしつつ恐怖心を減らすため戦闘前に軽いドラックを使う事さえ奨励しょうれいされているくらい、気楽に殺しをできるような精神状態に調整されているんだ」


「パイロットは戦闘機の最も高価な部品、というワケですか」


「ああ。その教育法で全体のキルスコアも伸びている。だが俺の経験上、そうやって戦うより、素面しらふで相手が血の通った人間だと知った上で殺す、という心構えを持っている奴は生き残る」


「バーグ少佐、その辺りで。体罰は褒められたものではありませんヨ?」


 独特のフランスなまりが割り込んできた。

ユキが顔をむけると、妖艶ようえんに笑う赤髪の美女がいた。ユキとリッカは慌てて敬礼。


「クロエ・ヴィラール少佐……」


 フライトスーツを突き上げる豊かな膨らみ。無骨なフライトスーツ越しにもわかる優美な柳腰やなぎごし。女優のような余裕たっぷりの笑み。

 パイロットとしての技量も女としての魅力も負けっぱなしだ。私だってリッカの滑走路並みの平たさではなく人並みにはあるけど。ユキは自分の胸を見下ろす。


「訓練なんですもの。失敗してもいいのです。戦場で失敗したら死ぬだけなのですから、失敗するならそこまでなのです。それは、理詰めで説こうとこぶしで押し付けようと変わりはしませんワ?」


「そうだが……」


「では、バーグ少佐。一緒にランチ、いかがですノ?」


「ああ、そうしよう」


 新米二人は解放された。どちらともなく食堂へ向かって歩きだす。


「厳しいなぁバーグ少佐は」


リッカがぼやく。ユキもうなずく。


「しかもさ、扱いひどくない? 空中戦資格ならもう取ってるのに、訓練生扱いだよ? チョイダット基地が定めた訓練時間に達していないから訓練だなんて。ひっどいローカルルールよ。あー、早く通常任務に就きたーい」


「でも、さ。貴重な燃料を使って第一線のパイロットの方から教えてもらえるなんて、ありがたいよ」


「そう言われればそうだけど……殴られるのは最悪。訓練学校じゃ体罰禁止だったじゃん」


「でも学校じゃ、めっちゃののしられたよね」


「セットじゃん、バーグ少佐は」


「それ」


 食堂に入って思い思いに注文する。ユキのトレーを見て、リッカが顔をしかめた。


「ユキ、またカレーライス?」


「後味のスパイシーさがたまらないのよ」


 気にせず一口。しっかり煮込まれた野菜と肉がほろほろユキの口の中で崩れる。

優しい旨味がスパイスの刺激と混ざり合って最高のハーモニーを奏でる。

 二人の後ろのテレビでは、ニュース番組が流れていた。目まぐるしく画面が明滅めいめつする。

 夕雲コーポレーションの売り上げ増加によってニューポートの経済が上向いたこと。

 友軍が勝利したこと。

 様々な企業のキャッチーなCM。

 地球環境保護と資源の節約を訴える意見広告。

 映画さながらの軍隊のリクルートPV。

 火山活動が活発化する予兆の地震が相次いでいると付け加えられた天気予報が終わった時、リッカが口を開いた。


「明日は模擬もぎ空戦だね、ユキ。ユキはバーグ少佐のまま、だよね」


「うん。何なのよ……リッカとのバディ解消命令って」


「わかんない。でも、上官が言うことは絶対だよ。軍隊では」


「わかってる……ほんと、血も涙もない」


「でもさ、これ、ユキだから言えるんだけど、私はバーグ少佐から解放されてちょっと安心してる」


「わかる。私だって早く解放されたい」


「教官、あと二カ月でアグレッサー飛行教導隊に異動するしねー」


「うわあ……きまってるなら、明日にでもアグレスに行ってほしいよ」


「最前線に居て悪かったな!」


 ユキは飛び上がった。反射的に振り返ると、そこにはユキが一番見たくなかった顔があった。

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