ホワイトマグノリア

Sorty.1 春空訓練生?!

 うららかな初春の真昼の風を、三機の戦闘機が切り裂いていく。

 彼らが見下ろす山々には、ぽつぽつと無数の白い鳥が羽を休めているかのようなシルエットの大きな花が咲いている。

 ハクモクレンだ。

 木蓮もくれんの名の通り、空中に蓮の花が浮かんでいるかのよう。春の先駆けの花だ。

 轟音ごうおんとともに彼らは山を飛び過ぎる。

 海洋都市同盟空軍のVAヴァーユアビエーション-43ガルーダだ。

 高速移動によって引き起こされた暴風が木蓮の花びらを舞い上がらせる。

 一番機に合わせ、遊ぶ小鳥のように旋回せんかいや上昇、編隊の組み直しを行う、三つの三角形のシルエット。

 ひとしきり舞い、彼らは家路いえじについた。


 ▲


 二番機の犬養いぬかいユキ少尉が訓練飛行を終えて水平飛行に戻った時、無骨なコックピットに不似合いな明るい音楽が流れた。


『こんにちは、正午のニューポート・ニュースです。環境省によると、ニューポート近海の気温、海面の上昇共に落ち着きつつあるようすです。この傾向は全地球的に見られ、30年前のような海面大上昇のおそれは非常に低くなったことのことです』


〈訓練中にラジオとは優雅だな、犬養〉


 ラジオにザッと雑音が入る。同時に航空無線越しに一番機バーグ少佐の皮肉が飛んできた。


「わ、わざとじゃないんです! それに、長距離飛行に眠気覚ましは必須なんです!」


 ユキはムッとした声で返す。

 先程の雑音は、航空無線も受信できるラジオが、バーグ少佐からの通信を拾ってしまったようだ。


〈マスターが意図的にラジオをつけたわけではありません、バーグ少佐。これは事故です〉


 もう一つの声が会話に加わる。機体の管理AI、ぬいぬいだ。

 ぬいぬいありがとう。ユキは内心で感謝した。


〈AIはすっこんでろ! 飛行中に事故を起こすようなパイロットなんざ二流だ!〉


〈ですが、基本的に機体のメンテナンスは管理AIの職務です。長距離飛行で固定が緩んでいたのかもしれません。外付け機器は、機体管理AIには感知できませんし、上空では予想外のG重力が掛かります〉


〈なるほど、機体整備をAI任せにするヒヨッコってわけか〉


「点検が甘かったせいです申し訳ありませんでした」


〈棒読みの反省なんざいらん。犬養が前に配属されていたのはどこだ?〉


「ダライヘールです」


 ユキはごそごそとラジオを探る。

 固定がずれて、ちょうどスイッチが入ってしまったらしい。

 その間も見張りはおこたらない。教官機と一定の間隔かんかくを保ち続ける。


『次に、ビエンとの戦争は、未だ膠着こうちゃく状態が続いています。ニューポート空軍基地司令クリストファー・シャトナー中将によれば、敵は先進的技術を用いているが、それは十分に対抗可能であり、現に勝利している、とのことです。しかし、ニューポート近辺で衝突が起きる可能性は高まりつつあります。ニューポート市は、最寄りの対爆シェルターへの避難経路を確認することを市民に呼びかけています』


〈……西の果てから東の果て、か〉


〈そうですよ教官!〉


 三番機のリッカからの援護射撃。


〈ラジオ聞いてないとやってられません! あと、訓練生扱いされてますけど、既にパイロットとしての任務についてます! 機内に持ち込んでいい私物くらいわかってます!〉


〈訓練生として扱え、というのは司令直々の命令だ。逆らえん〉


 形勢不利とみて、バーグ少佐の声が途切れる。


『あっ、速報が入りました。速報です。夕雲コーポレーションの圧力により、ニューポート市長は労働時間規制法案を白紙撤回しました。この議案は長時間労働の是正を図るものでしたが、夕雲コーポレーションはこの法案を成立させたなら、ニューポートで行なっている全ての事業から撤退すると通告したため、市長は雇用の確保のため涙を飲んでーー』


 ユキはやっとのこと厚いフライトグローブ越しにラジオの電源を探り当て、切る。プツリとアナウンサーの声が途切れた。


「訓練課程終了後、ダライヘールで1年勤務したのにいまさら学生扱いされてて、私も納得してません! 命令ですから、従っていますけど」


〈24の小娘じゃないか〉


「この間25になりましたーっ!」


〈戦闘経験のない奴なんざ、24だろうと25だろうと変わらん! ほら、女は年齢を若く見積もって扱った方が喜ぶものだろ〉


「うわー、逆ギレからのセクハラとか、モテない男のテンプレ行動ですね教官!」


〈私語を慎め、犬養少尉〉


「ラジャー」


 ユキは黙り、コックピットの外を眺める。右手には雪を被った山々が並び、左手には風に吹きさらされ、波に削られた大都市の成れの果てが海から頭をのぞかせている。海面上昇によって飲み込まれたのだ。

 両刃の剣を寝かせたような形のチョイダット半島の先に向かって飛ぶ。陸上にへばりつくように立ち並ぶニューポート市のビル街を超え、ちょうど剣の切っ先の部分に飛行場が見えてくる。

 海洋都市同盟空軍チョイダット基地だ。

 ユキの帰るべき場所。

 三本の滑走路が爪痕のように山を切り崩して作られた人口の台地の上を走っている。

 隊長機のバーグ少佐が左手を頭の上で二度クルクルと回し、指を三本立てる。

 三秒間隔で着陸せよ、という意味の手信号。

 ユキも教官にならってハンドサインを作り、後続のリッカに示す。

 300ノットでアプローチング・ブレイクに進入。

 滑走路を横目に滑走路端のレベル・ブレイクに到達。

 水平に旋回し、滑走路に沿って引き返す。


〈マスター! スピードブレーキを開いてください!〉


 ぬいぬいの焦った声。しまった。慣れでうっかりしていた。

 ピンチ到来だ。

 うまく減速できなければ、最悪の場合既に着陸した教官機に追突し、大事故になってしまう可能性もある。

 ユキは慌ててスロットルを絞り、スピードブレーキを開く。


「やばいやばいやばい! どうしようぬいぬい!」


〈短距離着陸手順を! マスター! 自動で行いましょうか?〉


「アイハブコントロール! 自力でやる!」


 スピードブレーキを最大まで展開。

 急減速しながらダウンウィンド・レグまで移動。

 対気速度が300ノット未満になったのを確認。

 主脚と首脚ランディングギアを下ろし、機体が10度の迎え角になるように調整。着陸地点を目指して旋回する。

 速度ブレーキが開いているかチェックし、最終進入の対気速度と迎え角を維持。

 無事着陸できるかどうか。ここが正念場しょうねんばだ。ユキは気合を入れ、正面の滑走路をしっかりと見た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る