Sorty.46 紅い瞳の首狩りウサギ

 海風は止む気配を見せない。

 黒髪は、星の光をたたえて幻想的に揺れる。

 しおに揺れる海藻かいそうのように、おいでおいでとユキを手招きするかのように。

 あの黒髪はまるで魔物だ、とユキは思う。

 だが、ひるんではいられない。

 相手は人間だ。数多の海洋都市同盟空軍のパイロットを殺している腕ききとはいえ、銃弾を撃ち込めば死ぬ相手だ。

 ユキは引き金に指をかけないよう、銃口を自分に向けないよう細心の注意を払って、拳銃が装弾されていることを再確認。大丈夫だ。

 ここで捕らえるか殺すかしなければ、また仲間がやられる。

 ボーパルバニーは、バーグ少佐の同期のかたきなのだ。

 カフェでバーグ少佐とトラオレさんが交わした会話をユキは思い出す。


——今残っている同期は何人だ。


 バーグ少佐の問いかけに対して、トラオレさんはスラスラと生死を答えていた。軍役から離れてカフェ店主をやっていても、命を落とした仲間のことは、忘れられなかったのだろう。


——ここにバーグとヴィラールで、南方に5人、西方に4人、中央に6人、生死不明が18人。


——164人中、生き残ったのが17人か。


——僕らの上の代と僕らが一番ひどいんじゃないかな。あまりに人がいなさすぎて、29で少佐だ。


——平時なら30後半なのにな。


——給料がふえる。いいことだったじゃないか。


 そう言ってトラオレさんは笑っていた。

 どれほど彼が戦友の死を嘆き悲しんだのか、ユキにはわからない。だが、きっとトラオレはわかってしまったのだろう。

 どれほど泣いても、戦友はもう帰ってこないと。児童養護施設でいくらいい子にしても、オーシマ島から実は生きていたユキの両親がやってきて、ユキを迎えにくることはない、と気が付いてしまったあの日のように。

 もう、トラオレは笑顔でいることしかできなかったのだろう。

 彼は足を失っている。義足は高性能だが、戦闘機の空中戦のGに耐えられるほど丈夫ではない。

 トラオレが戦友の仇を討つために戦うことは、もうできないのだ。


——戦友の死体の山と引き換えだがな。ボーパルバニーにやられたのが大きい。初陣でボーパルバニーに散々喰われただろう。


 ユキは岩場に足をかける。拳銃から左手を離し、片手持ちに。

 自由なほうの左手も使って、できる限り早く、かつ着実に段差とでこぼこだらけの道と呼べそうもない岩の上を歩いていく。

 嫌に拳銃が重い。

 初めて持ったはずなのに、不思議なほど手に馴染なじむグリップが、なぜか気持ち悪い。

 武器を持っているという実感が、拳銃を持っている右手からじわじわと胸元へ伝わってくる。

 武器というなら、ミサイルを撃って確実に二、三人は殺しているはずなのに、どうして拳銃程度で緊張しているのだろうか、とユキはふと疑問をいだいた。

 小休止のため、立ち止まって考える。

 破壊力の高さも、拳銃と短距離ミサイルでは桁違いだ。

 人間が拳銃弾を受けたとしても、銃や銃弾の種類にもよるが、当たりどころが良ければ命が助かる事例もある。拳銃は人を殺すための道具だが、殺傷力は案外低いのだ。

 だが、短距離ミサイルは。

 閃光せんこう。そして引き裂かれたボーパルバニーの機体と、片翼を奪われたガルーダ。

 人間より丈夫な戦闘機をやすやすと破壊するのがミサイルだ。

 連戦の中ではなったミサイルがどうなったのかわからないため、ユキが仕留めた敵の正確な数は不明だ。

 だが、確実に2機は仕留めた。

 初陣ういじんで墜とした敵機。乗っていたパイロットの命は、おそらく、ユキが、奪った。

 そして、ボーパルバニー。

 キャノピ越しではなく、手が届く距離で人を殺さなければならないかもしれない。

 人を殺すのは嫌だ、とユキの中の普通の女の子が言う。

 それでも、場合によってはやらなけらばいけない、と軍人としての自分を奮いたたせ、ユキは足を進める。

 気づけばユキはボーパルバニーの黒髪が見えた岩までたどり着いていた。

 慎重に岩を回り込み、ユキは拳銃を人影に突きつける。


「投降しなさい、ボーパルバニー!」


 その人物は、気だるげに岩に腰掛け、ひじをついて海を眺めていた。

 ユキの声に、彼女は物憂ものうげに首を回す。

 サラサラとつややかな黒髪が流れる。

 黒漆くろうるしのような色気ある髪の下から、しっとりとした肌が現れた。ユキのような真っ白ではなく、人種由来の色素が血色を引き立てる、健康的な柔らかさ。

 顔立ちも、前見たとき通りの整った骨格のまま。

 ススキで切ったような切れ長の目に、血を落としたかのように紅い虹彩こうさい

 左目の下に泣きぼくろがあるのにユキは気が付いた。前はきっと酸素マスクで隠れていたのだろう。

 ボーパルバニーのけぶるように長いまつ毛が閉じ、また開く。

 きょとんとしたウサギのような、無邪気無邪気な赤い瞳が姿を現す。


「ウチのこと?」


「そうよ」


 美女はあからさまに顔をしかめる。


「じゃあ嫌よ。ウチ、ボーパルバニーなんて名前じゃないもの」


「はぁ? 投降しないなら、殺す」


 いらだちをあらわにしたユキに対し、ボーパルバニーはへにゃりと笑う。


「死にたくはないなぁ。単に、私の名前がボーパルバニー違う、ってだけだもの」


「どういう名前なのよ」


「アリス。パイロット同士だから、TACネームを名乗るのが礼儀でしょう? アナタは?」


「私は……スノーホワイト」


 アリスは鼻で笑う。


スノーホワイト白雪姫? 毒リンゴ投げつけてやろうかしら。手持ちのあるときに」


「いいから投降しなさい! アリス」


「はぁーい」


 ボーパルバニーアリスはやる気なさげに両手をあげる。まるで子供だ、とユキはいらだつ。バーグ少佐と同い年か年上のはずなのに、態度や仕草の端々が、なんとも教養がない。


「白旗はないから。……ウチもヤキがまわったかぁ……若いコにやられて、まさか味方の爆撃で死ぬことになるなんてね」


「どういう……こと?」


「じきに爆撃部隊がやってくるわ。きっと、ウチもアナタも丸焦げ。最後の瞬間が敵と一緒だなんて嫌だけど、一人で死ぬよりはマシね」


「なに、それ」


 波が岩に当たって砕ける。

 東の空は、ほんのりとしらんでいた。

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