Sorty.34 唐突な別れ

 ユキは司令に差し出された書類にざっと目を通す。細かい文字が多く、読みづらい。

 

「チェレステは搭乗可能らしい、と言われている。水色の飛行機に乗せて助けてもらえた、という証言がある。子供のものである上、一件のみ」


「もしかして……私の……」


 ユキは司令に自分の人生を全て変えた日の話をした。大切な人を失った悲しみ。殺されるという恐怖。そして、自分を救ってくれた高空の色、薄花桜うすはなさくら


「そうだったんだ」


 司令はそう言い、手元のタブレット端末を操作した。なにやら打ち込み、紫色の視線が再び上げられる。


「とにかく、君は明日から僕直属の部隊に所属だ」


「えっと、荷物とか取りに行っても……」


「君が官舎に置いている私物は、こちらで新しい君の居室に運ばせておく。あと、君の機体も第19戦闘飛行隊とは別の格納庫に移動させてもらう」


「同僚に、この事を伝えることは出来ますか?」


 にべもなく司令は首を横に降る。


「いや出来ない。最高機密だからね。君は幻聴げんちょうで飛行不適になり、僻地へきちに飛ばされたと第19飛行隊には伝える」


「バーグ少佐は、チェレステについて知ってるのに?」


「彼は……いや、彼とカフェに行っただろう? トラオレ君だったかな。トラオレ君は数少ないチェレステからの生還者だ。しかしトラオレ君は空を飛べない。だから、トラオレ君の代わりとしてバーグ少佐に、チェレステの目撃情報を集めさせていた」


「だったらっ!」


「バーグに伝えたのは、3つだけだ。チェレステという名前と、それを狙う集団がいること。チェレステはグセイノフ中尉を殺した存在であること。たったそれだけだ」


「何で全部教えなかったんですか!」


 食い下がるユキを、司令の炯眼けいがんが射る。


「君は、随分ずいぶんとバーグに肩入れしているようだ。ひどいことをされたのに、なぜだ?」


「えっ……?」


「普通、暴力を振るわれたなら、自分を傷つけた相手を嫌うのが正常な反応だ」


「そりゃ、そうですけど……バーグ少佐の体罰は理由があることでしたし……」


「君はね、バーグを弁護する義理なんて、ないんだよ。むしろ、訴訟して慰謝料いしゃりょうをもらえる……いや、慰謝料いしゃりょうを取るべきと言い切ってもいい」


「えっ……」


 ユキは頭を殴られたような衝撃を受けた。慰謝料いしゃりょう。考えたこともなかった。

 ひどい事故にあったり、離婚する羽目になった人たちにしか関係がないと思っていた言葉。それと同じくらい過酷かつ不当な目に、ユキが遭っていた、と司令は言っているのだ。


「君にその意思が無いようだから、ボクは被害者を増やさないために彼の飛行教導隊アグレッサー異動を取り消した。そして、彼から勲章を剥奪はくだつした。これは、君を思いやってのことじゃない。空軍に、体罰という不合理かつ悪であるものを、野放しにしないためだ」


「そういう……ことだったんですか?」


「そうだ。だから、君個人の権利は行使されていない」


「……使うつもり、ありませんよ」


「そこが、個人的にも心配なんだ」


「心配?」


 ユキは首をかしげる。司令は深いため息をつく。


「君は、今まで……俗にいう、両親に愛されて育った子供ではないだろう? 同性カップルやシングルで子育てしている人間を、否定する気はないけれど」


「まあ……施設育ちですし」


「だから、不適切な形とはいえ、今までに最も深く関わった人間、それも異性はバーグ少佐なんじゃないのかな」


「リッカもいますけど」


「リッカ・スペンサー少尉か。友人思いのいい子だよね。黒人系の」


「はい」


「彼女との関係は問題ない、と精神科医からもお墨付きをもらっている。ただ、君とバーグとの関係は危ない、とも医者は言っていた」


「そんな大事にしなくたって……」


「チェレステ関係のことは、厳密げんみつに扱う必要がある。だからバーグ少佐の近辺を、定期的に洗っていただけだ。君をストーカーしていたわけではない」


「はあ……」


「君とバーグ少佐の関係は……DV家庭内暴力じみていたんだ。しかも君は暴力に意味があると勘違いしている。最近は改善傾向のようだが、一度君をバーグ少佐から離してみよう、とは考えていたんだ」


「えっ……DVって、パートナー同士の関係じゃないですか。私たち、そんな甘い関係じゃなかったですよ?」


「異動の時期を待とうとは思っていたけどね。チェレステを知ったとなれば、そんなことを気にする必要はない」


「そんな……」


 司令は改めてユキの顔を見上げる。


「犬養ちゃんは、バーグ少佐をなんだと思っているんだ? 上官以外で例えるなら、何なんだ? 兄なのか、友人なのか、教師なのか、はたまた父親か」


「兄……はもう少し気の置けない仲間だ、と聞いているので、父親、ですかね?」


「犬養ちゃんさ、バーグ少佐がいくつなのか、知っているのか?」


「え?」


「30歳だ。犬養ちゃんは25歳だったよね? 普通の家族だとしたら、5歳差はきょうだいの年齢差だ。他人同士なら普通に恋愛対象として一般的に認められる範囲の差だよ?」


「え? そういう司令は……」


 ユキがたずねると、司令は本気で呆れかえっていた。


「遺伝子操作のせいでこんなナリだけど、ボクは52歳だ。歳をとると5年なんてあっという間だよ? 犬養ちゃん」


「は」


「犬養ちゃん?」


 どう見ても、コケティッシュに小首をかしげる司令はティーンエイジャーの少女にしか見えない。

 そもそも、ユキには司令が男性ということさえ信じきれていないのだ。


「年齢と性別詐欺さぎにも限度があるでしょうよ司令」


不可抗力ふかこうりょくなんだよ。人為的とはいえ、ボクが望んでなった体じゃない」


「えっ?」


「ボクの話はいい。バーグ少佐が犬養ちゃんを恋愛相手としてみている可能性も今はどうでもいい。年長者として、犬養ちゃんには危なっかしいところがあると思っているのも、今はおいておこう」


「は、はあ……」


「空を飛びたければ、僕についてきてほしい。いいかな?」


「ラジャ」


 人為的。どういうことだろうか。でも、司令についていけばその謎も解けるかもしれない。

 ユキは司令に続いて、ブリーフィングルームを出る。

 

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