第17話 変化する心

「アルフレッド様っ!」

 自室に戻り、ちょうど包帯を巻き終わった時、ゴードンの慌てたような声が聞こえてきた。

「どうした?」

「屋敷に、騎士たちが大勢詰めかけております!」

 普段は穏やかなゴードンが、冷や汗をかいて報告する。

 その様子に苦笑を漏らし、アルフレッドは頷いた。

「随分早いな。心配しなくていい、私が呼んだんだ」

「…………は?」

 他人を寄せ付けないアルフレッドが、騎士を大勢屋敷に呼んだ。主の行動の意味が理解できないゴードンは固まっていた。

「昨日、街で彼女を誘拐しようとする輩を見つけてな。私は、今まで放置していた敵を排除するために動こうと思う」

 どこか晴れやかな気持ちで笑うと、ゴードンの皺だらけの顔が歪んだ。

「アルフレッド様! わたくしめは嬉しゅうございます! ようやく、御自身の意志で、状況を変えるために動かれるのですね!」

 こうしちゃいられない、とゴードンは門の外に集まっている騎士たちを出迎えるために走って行った。


(それにしても、こんなに早く動くとはな)


 昨日の夕刻、護衛騎士が十人前後欲しいと騎士団詰所で相談していた。

 国王の許可なく王立騎士団は動かせない。

 もう少し時間がかかるかと思っていたのだが、すぐに動いてくれた。

 おそらく、ザイラックが何か手を回してくれていたのだろう。

 アルフレッドを玩具だと言いながらも、気遣ってくれていることは分かるので、どうしてもザイラックには逆らえない。


「よく来てくれた」

 応接間に入りきらない騎士団の面々は、包帯姿のアルフレッドを見て一瞬目を見張った。

 しかし、騎士として鍛えられている彼らは、すぐに表情を仕事モードに切り替えた。

「はじめまして、ベスキュレー公爵様。私はコールディ・ブライと申します。我々は王立騎士団中央支部から派遣されてきました。どんな要求にもこたえるよう、国王陛下から命じられております」

 この場にいる騎士たちのリーダーらしき男、コールディが一歩前に出て頭を下げた。歳は四十手前、短く刈り上げられた茶色の髪とこげ茶の瞳が凛々しく、身体はさすがよく鍛えられている。

 騎士としての誇りを宿した男たちに、アルフレッドはわざと嘲笑を向けた。

「中央支部? 私はリーベルト支部の騎士に頼んでいたのだが……それも、陛下の命で、か。そんな話を簡単に信用できると? お前達が本当に王立騎士団の人間だと、証明できるか?」

 シエラを護るために騎士団に頼ったのに、怪しい人間を近づけては護衛の意味がない。

 騎士団の人間だと偽ってベスキュレー家に入り込んでいる可能性を示唆するが、騎士達は動揺することも怒ることもなく立っている。


(挑発には乗らない、か。この冷静さは評価できるな)


 王立騎士団の赤い騎士服には、特別な刺繍がほどこされている。

 建国神話にもあるように、王族には織物や刺繍の才が受け継がれている。王族は、王国を守る騎士たちのために、その胸元に自らの手で刺繍を施すのだ。

 王族の見事な刺繍は、一般人が簡単に真似できるものではない。

 彼らの胸元には、それぞれを象徴する花やモチーフが刺繍されている。

 間違いなく、王立騎士団員、それも王族に刺繍を賜った信用できる男たちだ。それは、はじめから分かっていた。

 しかし、人間不信のアルフレッドが初対面の人間を簡単に信頼できるはずがない。

 だからこそ、信じられる何かが欲しかったのだ。


 ――シエラのために。


「こちらに、国王陛下からの書状がございます」

 コールディから封筒を受け取り、アルフレッドは素早く書面を確認した。


『今頃、根暗なお前も脳内花畑になっているだろうな! 可愛い花嫁が心配で心配で、護衛を必要とするだろうと思って、わしの騎士たちを寄越したぞ。安心しろ、優秀な奴らだ。きっと何でもやってくれるぞ! うまく使え』


 走り書きではあったが、ザイラックの文字だった。


(すべてお見通しという訳か……)


 どこか興奮して、面白がっている文面に、思わず眉間に皺が寄る。

 封筒の中には、ザイラックからの手紙だけではなく、派遣されてきた騎士団員の個人情報までもが入っていた。

 疑り深いアルフレッドのためだろう。


「わかった。お前たちに頼みたい仕事はいくつかあるが……」

 ひとつ溜息を吐いて、アルフレッドは騎士団の面々に向き直った。

「最優先は、私の妻の護衛だ。傷ひとつつけるな」

 鋭い声で命じると、騎士達がざっと頭を下げた。

 妻、と口にした直後、アルフレッドが一瞬にやけていたことにはきっと誰も気付いていない……はずだ。

 何やらゴードンがあたたかい眼差しを向けてくるが、気のせいだろう。

「他の仕事についてはまた改めて話をする。ではゴードン、彼らに屋敷内を案内してやってくれ。護衛が屋敷で迷子になっては洒落にならないからな」

 アルフレッドが背を向けると、後ろからコールディが声をかけてきた。


「公爵様の護衛は、必要ないのですか?」

 〈ベスキュレー家の悲劇〉はただの事故ではなく、仕組まれたものだったという噂があった。

 そしてそれは限りなく真実に近い。

 護衛を必要とするのは、普通に考えればベスキュレー家当主のアルフレッドだろう。

 しかし、アルフレッドは普通とは言い難い。


(この男、私の護衛もするつもりだったのか?)


 誰からも恐れられる【包帯公爵】の護衛をしようなど、物好きにも程がある。

 純粋にアルフレッドを信じ、想ってくれるシエラに出会ったからだろうか。

 今までだったら苛立っていたはずの言葉に、アルフレッドは不快に感じなかった。

 それどころか、微笑がこぼれる。


「私に護衛など必要ない。だが、お前達の力が必要になる時はくる。その時は、頼む」


 そう言えば、騎士達は驚愕に固まっていた。

 何より、人を頼る言葉がすんなり出て来たことに、アルフレッド自身驚きだった。


(あぁ、ついさっきまで近くにいたのに、もう彼女の顔が見たい)


 シエラの笑顔を真正面から受け止めて、可愛い声を聴いて、柔らかな身体を抱きしめたい。

 ジメジメしていた脳内がお花畑に開拓されてから、知らないうちにどんどん花が増えていく。

 アルフレッドの脳内に咲き誇る花たちは、冷めていた心をあたたかく彩ってくれる。

 シエラに愛され、愛することで、アルフレッドは幸せという感情を思い出すのだろう。

 しかし、シエラを想う一方で、アルフレッドは怖気づいていた。

 幸福を一瞬で奪われたあの時から、アルフレッドにとって幸せとは失われるものだ。

 シエラを失いたくないと思えば思うほど、彼女を真正面から愛することができない。

 だから、この気持ちはまだ彼女には伝えられない。

 そう頭では考えていても、心はどうにもならない。

 シエラの笑顔で、今までアルフレッドを支えていた理性は壊れてしまったのだ。


 愛している――その気持ちが、溢れ出して止まらない。


(まずは、私自身のけじめをつけなければ……)


 未だ呆然としている騎士達に背を向けて、アルフレッドは執務室へ向かった。


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