第16話 希望を託した少女
やわらかな感触に目を覚まし、アルフレッドは言葉を失った。
(な、なんだ、この状況は……っ!)
目の前には、可愛いシエラの寝顔。かなり距離が近い。
それもそのはず、アルフレッドは彼女を腕に閉じ込めていた。
(そうか……昨日、あれから)
シエラは、アルフレッドの腕の中で眠ってしまった。
シエラをベッドに横たえ、去ろうとしたが、離れられなかった。もう少し彼女を見ていたい、そう思ったのだ。
そして、むにゃむにゃと幸せそうに眠るシエラを見ているうちに、アルフレッドもいつの間にか眠っていた。
シエラの目元には、涙の痕がある。
アルフレッドが自分勝手に彼女を傷つけようとしたからだ。
それなのに、シエラはアルフレッドを好きだと言う。
アルフレッドに出会えて幸せなのだと笑う。
「あなたは、強い女性だな」
シエラから聞かされた過去は、彼女にとってとても辛い出来事だったのだとその表情ですぐに分かった。
シエラの痛々しい表情を見て、アルフレッドも苦しくなった。
しかしまさか、彼女の過去に自分が登場するとは思わなかった。
(昨日まで、どうして忘れていたんだろうな)
十年前、透明人間になったばかりだったアルフレッドが出会った、一人の少女。
自分を責めて、泣きじゃくる少女に、当時のアルフレッドは自分を重ねた。
しかし、少女にはまだ帰るべき場所と、迎えてくれる大切な家族がいた。
自分のようになってほしくなくて、アルフレッドは少女に希望を託した。
――自分はもう戻れない。でも、君は呪いに負けないで幸せになって……と。
しかし、その後に色々なことがありすぎて、希望を託した少女の存在を忘れていた。
グリエラの死を看取り、ずっと避けていた社交界に復帰し、もう二度と誰もベスキュレー家に手出しできないよう【包帯公爵】として人々に畏怖を与えた。
国王であるザイラックだけには、真実を告げていた。透明人間の姿を見せると、国王はこの呪われた身体を便利だと笑った。
そして、ザイラックはベスキュレー家当主だと認める代わりに、アルフレッドに密偵になれと持ちかけてきた。悲劇の後もベスキュレー公爵位を残していてくれた国王のために引き受けたが、ザイラックは思っていた以上にアルフレッドをこき使った。密偵としての仕事ではなくとも、国王の暇つぶしに付き合わされた。挙句、玩具扱いだ。
しかし、いつもの悪ふざけかと思っていたこの結婚だけは、許してやってもいい。
そっと、見えない手でシエラの頬に触れる。触れたモノを透明に変える呪われた身体だが、人には影響しない。
しかし、アルフレッドは今まで透明の身体で人間に触れることはなかった。
(愛らしい寝顔だな)
柔らかく、滑らかな頬はほのかに色づいていて、アルフレッドは引き寄せられるように頬に口づけていた。
そして一拍後、自分の行為に赤面し、アルフレッドはベッドから飛び出した。
「ななななっ、わ、私は何をした……?」
シエラはまだ夢の中。
その寝顔は天使のようでいて、容赦なくアルフレッドの理性を破壊する。
「冷酷非道な【包帯公爵】の名が廃る」
冷静さを取り戻すために呟き、アルフレッドは自分の頬を叩く。
寝ている女性に触れるなど、紳士の風上にも置けない。
外道にも程がある。
自分を自分で責めれば、少しは脳が正常に動いてきた。
(脳内お花畑、か……絶対にこんな姿あの方には見せられない)
国王の言う通りに、頭の中をシエラに浸食されているアルフレッドは、悔しくて拳を握る。
シエラに振り回されているアルフレッドを見れば、ザイラックがどんな反応をするのか想像がつく。
アルフレッドをからかいまくり、人が嫌がっている姿を見て楽しむのだ。
心底、国王ザイラックには会いたくない。
「……仕事をしよう」
一度だけ、シエラの寝顔を振り返り、アルフレッドは寝室を出た。
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