第14話 精神の課題




 「やぁっ!!」

 「………」


 容易にリーゼロッテの攻撃を受け流すソティ。流して、流して、その隙に反撃を挟み込む。


 やはり剣術ではソティは頭一つ以上飛び抜けていて、純粋な接近戦では勝負にならない。

 それは直接戦っているリーゼロッテにも理解出来ているだろう。 


 だからこそ、純粋な剣術勝負は行わない。


 「………!?」


 突然、ソティを中心に竜巻が発生し出す。リーゼロッテが無詠唱で放った『ストームツイスター』だ。


 以前門真君が使っていたが、流石は風魔法が得意と言うだけはあり、威力は段違いに思える。

 手加減していないのは、手加減する余裕が無いからか。


 ───しかし、ソティはその竜巻を、魔剣でかき消す〃〃〃〃


 横に一閃、振り抜かれた魔剣によって竜巻は霧散していった。当然の事だが、普通の剣では出来ない。

 魔剣だからこそ出来る、魔法への直接干渉だろう。


 魔法の構成を魔剣で乱し、崩壊させる。俺も出来るが、魔剣単体の力という部分に目を向ける必要があるだろう。

 恐らくあの魔剣の力はそのままソティが魔剣状態に戻った時の力とみていい。


 魔法を壊す力はこの世界じゃ最高クラスの能力だ。上手くやらなきゃ俺の魔法だって例外ではない。


 俺はその場で斜めに体を避けた。


 レオンの蹴りが側頭部を掠めていく。


 「ほんとっ、イブは余裕だよな!」

 「なら、その余裕を崩してみるかい?」

 「言われなくても!」


 大剣が鼻先一寸を通過した。後退した俺は紙一重でレオンの攻撃の回避し、左手を突き出した。


 「マジックシー───」

 「『ブラスト』」


 高速詠唱はお手の物だ。レオンが防御をするより先に『ブラスト』で吹き飛ばす。


 「グッ!?」

 「おっ……」


 と、思ったのだが、意外にもレオンはその場で踏み留まった。

 とはいえ、それだけなら、むしろ追撃のチャンスを与えるだけだ。踏みとどまったところで、的が動かないのなら、そのまま攻撃するだけのこと。


 そんなことはレオンも分かっているだろう。だからこそ、レオンは踏み留まっただけではなく、直ぐに大剣で追撃を妨害してきた。


 しかし、俺の方もわざわざ妨害に付き合ってやるほどではない。俺の見立てが正しければ、レオン達の強さに合わせるなら、この妨害程度は無効化してもいいはずだ。


 左手を大剣の方に持っていき、スピードを合わせて下からすくい上げると、まるで剣で弾いたかのように、大剣が跳ねる。


 「うおっ!?」

 

 素手で大剣の軌道を逸らすという行為に驚いたのもあるだろう。大剣に引っ張られて腕が上がり、胴がガラ空きになる。

 あとは軽く、剣の腹でレオンを叩いた。


 硬い腹筋に当たり、金属同士で当てたような甲高い音が響いた。


 「どうやら、俺の余裕を崩すには足りないっぽいね」

 「あ~くそっ! 今のはもうなんか、反則みたいなもんだろ!」

 「俺が認識するより早く剣を動かせばいいと思うよ」

 「イブは反応早すぎるんだよ……」


 それが試合終了の合図だと理解したレオンが、そのままバタッと地面に倒れつつ、ごねてくる。

 パラメータを制限してなおこれだ。もしこの事実を知ったら、レオンやリーゼロッテはきっと生気のない顔をするに違いない。


 そのリーゼロッテは、ソティを相手に魔法を使って善戦中。


 「向こうは終わってないみたいだし……どうする?」

 「んなの決まってるだ……ろっと」


 倒れていたレオンは、そのまま勢いよく起き上がった。

 どうやら、戦意はまだ折れていない様子。見た目まんまのタフな奴だよホント。


 俺だったら勝てないような相手が出たら、すぐに諦めると思うぞ。


 そうは思いながらも、それはおくびにも出さず、こちらも呼応するように剣を構えた。




 ◆◇◆




 夜の街の散策をしていると、たまに面白いものを見ることになる。


 酔いつぶれて倒れる女冒険者や、そんな女冒険者に手を出す勇気もないヘタレ男。

 路地裏ではカツアゲのような行為から、おせっせをするカップル。貴族が銃者を引き連れて高級飲食店に入って行ったり……。


 ───思わぬ相手との出会い、などなど。


 「こんなところで会うとは、奇遇だな」

 「こんばんは、えーっと……」

 

 袴を着た男は、音もなく路地裏を歩いていた。


 目立たないのかと思うが、このレベルの実力者となると、気配遮断など息をするようにできるだろう。

 そして、恐らく俺でなければ気がつくことも出来なかったはずだ。


 しかし、挨拶をしようにも、俺は男の名前を知らないことに今更ながら気がつく。


 それを察したのだろう。男は俺に向き直る。


 「ナユタでいい。私の知り合いは皆そう呼ぶ」

 「ではナユタさんと」


 ナユタ、なゆた、那由多。確か数字の桁にそのような言葉があった気がするな。

 本名というには言い回しが妙なため、あくまでそういう名前を使っているだけということなのか。


 「して、貴殿は如何用でここに?」

 「散歩みたいなものです。そちらは?」

 「似たようなものではある。精神統一をするために、人の喧騒から離れたくてな」

 「なるほど……ご一緒しても?」


 どうせだ。この人は悪い人ではないし、聞きたいこともある。

 少しでも関係を作っておこうという考えはもちろんあるが、単純に精神統一に興味もある。


 「若人にはつまらんものかもしれないが?」


 そう言うナユタさんだが、相も変わらず容姿は好青年。


 「ナユタさんも、見た目は俺とそう変わらないじゃありませんか」

 「……そうであったな。そちらがいいと言うなら、私の方に断る理由は無い」

 

 やはり実年齢は違うのだろう。ナユタさんは目的地が既にあるのか、スタスタと路地の奥へと進んでいく。

 恐らく普通の人なら既に見失っているだろう。皆無と言っていい気配を俺は辿りながら、ナユタさんの後をついて行った。




 ◆◇◆




 ───なるほど、確かにこれは精神統一だ。

 

 ただし、その難易度は結構高い。


 『GGGGGGGG……』

 『ギャッ、ギャッ!』

 

 すぐ傍を通り過ぎていく何者かの息遣い。


 街を囲む壁を登って外へと出たナユタさんは、その後俺がついてきているかどうかも確認せず(恐らく確認するまでもないと判断したのだろう)、街から数キロ程離れた森へとやって来ていた。


 思わぬ移動距離に面食らいながらもついて行くと、その森のある場所で、ナユタさんは座り込み、座禅を組んだ。

 なるほど、森の中なら静かだろうなと思ったのも束の間。隣で同じように坐禅を組むと、すぐに静かな場所を選んだ訳では無いと悟る。


 この森は───普通に魔物が沸くような森だ。

 

 これは何かの間違いでは、と思ったのだが、ナユタさんは魔物の声を聞いても一切動じることなく、目を閉じ、座禅に集中していた。


 すぐに理解する。これが、この状態で精神統一をするのだと。


 若人にはつまらないというか、忍耐力という面で見てもとにかく要求される。


 恐らく求められているのは、微動だにしないこと、目を開かないこと、そして、魔物の位置を把握しようとしないこと〃〃〃〃〃だろうか。


 精神統一は、精神に無駄がないようにする状態のことを指す。ようは、雑念を全て捨て、無心になり、己と向き合えということだ。

 そうすることで、より感覚が研ぎ澄まされ、精神力に磨きがかかる。精神統一の理念としてはそんなところだろう。


 座禅に関しては以前美咲に用があって剣道部に行ったら、成り行きでやらされたことがある。剣道部って座禅とかするんだーと思いつつやっていたが、その時は剣道部の部長から褒められたはずだ。


 逆に言えば経験はそれぐらいのものだが、まぁ多分大丈夫だ。




 その状態で、心を落ち着かせる。



 

 無意識のうちに気配を探ってしまう感覚を閉じ、様々なことを同時に処理してしまう思考を鎮め。


 隣のナユタさんすら視界には入れず、魔力を非活性へと導き。


 幾つにもバラけた精神を───統一する。


 脳裏に浮かぶのは、完全記憶によって保管された記憶。それらも直ぐに消えて、完全に何も浮かばなくなる。


 思考は闇。精神は静。


 自身の存在すら、現実から溶けるように消え、五感が機能を停止した。


 自分は誰なのか。そんな簡単なことすら答えられないほどにまで無の境地へと至った俺は。

 何故か誰かと向き合っていた。いや、囲まれていた。


 開かない瞳に映るのは、黒く昏い人影。

 どれもこれもきっと形は違う。自分の写身は一つのはずだが、そこには沢山の人物がいた。


 正面にいた影が、俺に手を伸ばす。

 触手のように俺に伸ばされた手。あぁ、以前にもこんなことがあったような気がする。


 俺は暗闇の中で、ゆっくりと瞳を開いた。


 無という存在の中で、俺が"俺"を自覚し、存在を確立させる。


 気づけば人影は無くなっていた。消え去るように、透明になるように、俺の視界から消えていた。

 伸ばされかけていた触手は、俺に触れる直前で、何かに弾かれたように帰って行った。それが最後に認識できたこと。


 

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