第7章 幕間
夏の海旅行1
幕間は恒例の地球の頃の話。いつかの水着を選んだ時の続き……ですかね? まぁ覚えてなくても支障はないかと。
幕間は6話と長いので、今日明日明後日でそれぞれ二話ずつ投稿していこうかなと思っております。この後もう1話投稿されますので
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「───わぁ、結構いい宿だね」
車から降りた叶恵が、目の前に建つ旅館を見て感嘆の声を上げた。
3階ぐらいの旅館だが、綺麗な見た目に、横に広い建物。調べたら温泉もちゃんとあり、朝夕の食事付き。
「流石やっくんが選んだ宿、いい仕事してるねっ」
「俺が選んだわけじゃないですけど……
「いいのいいの。やっくんの頼みじゃ、断れないしさ」
そうやって声をかけてきたのは、今日保護者として引率してくれている、叶恵の姉であり、現在大学生の桃華さんだ。
『やっくん』───恐らく刀哉の『や』から取ったのだろう───という愛称で俺を呼ぶのは桃華さんだけで、昔から世話になることも多く、今回も頼んだら二つ返事で請け負ってくれたのだ。
夏休み後半。水着をエオンモールで買った俺達は、その2日後、つまり今日、桃華さんの(正確には叶恵のお父さんの)車で、神奈川に旅行に来ていた。
旅行のメンバーは俺、叶恵、樹、美咲、拓磨のいつものメンバーに、保護者として桃華さん。そして……。
「今日は突然の参加ですいません、皆さん……」
「うわっ、凄い綺麗な旅館!」
「姉さん、ちょっとは気を使って……」
「ううん、いいのよ気にしなくて。当てたのは刀哉君だし、叶恵の話が本当なのか確かめるいい機会になったしね」
「話、ですか?」
「うぐっ……」
ニヤッとこちらを見る美咲。そして車から降りてくるのは、俺の妹である、現在中学三年生の金光とクーファ。
妹がいるという話が本当であるのは何度も説明したが、美咲が知りたいのはそれではないのだろう……理解した俺は声を漏らした。
「まさか、商店街のくじの特賞をここに至って当ててくるとはな……流石は刀哉、というべきか」
「……い、いや、俺もまさか、帰りに商店街でやってたくじを引いて、こんなタイミングよくペア旅行チケットを引くとは思わなかった……」
そう、急遽金光達が参加することになったのは、俺が一昨日、夕飯の食材を買ってきた帰りに、商店街でやっていたくじを引いたら、たまたまペア旅行チケットが当たったからだ。
4人のメンバーの中で2人だけ宿代無料というのはみんな遠慮するだろうし、桃華さんは『子供が払って大人が払わないなんて情けないよ』ということで頑なに受け取らず、結果、金光達を連れてくることになった。
そのせいで、泊まる先を急遽チケット対象のものに変更。旅館を調べる時間なども追加した結果、予定より1日遅れた今日になったわけだ。
元々海に行く予定だったため、神奈川県対象であったのは本当にラッキーだったと言わざるを得ない。
「刀哉にぃには感謝だね」
「そうだね。兄さん、ありがとう」
そんなことを言ってくる妹達。流石にみんなの前だからか、抱きつくようなスキンシップはないが、それでも向けてくるのは兄に向けるには過剰な笑み。
「偶然の産物だから、そんな気にするな」
苦笑いで返しつつ、無意識で頭を撫でそうになった手を止める。
「……にしても、お前、本当に妹が居たのな。俺はワンチャン、想像の中のものかと思ってたわ」
「樹。小声で話すにしては随分と失礼なことを本人に向かって言ってくれる……部屋を一人にするぞ」
「このメンバーで俺だけハブられるってキツくね!?」
そりゃ罰なんだからキツいに決まっているだろ。何を言っているんだか。
◆◇◆
旅館の中へと入り、何だか特別さを感じるエントランス。和風が主かと思ったが、ちゃんと洋風も入っていて、古臭さは感じさせない。
「桃華さん、部屋はどうする?」
「私? 私は大人だから一人で構わないよ~。あ、でも少し女子会とかしたいから、叶恵や、美咲ちゃんと同じ部屋がいいかも」
「美咲は良いか?」
「私は別に構わないわ。叶恵の家には少し前にお邪魔になったけど、その時に桃華さんとも話したから」
「了解だ。叶恵も構わないだろ?」
「もっちろん」
ふむ、じゃあ女子3人、男子2人の部屋割りで、合計3部屋……。
「ちょちょ、お前はこっちだろ?」
「何さり気なくもう一部屋頼もうとしている」
と、受付に頼んでいた俺の肩を2人が掴んできた。いや、別に問題ないだろ。
「女子3人、男子2人、後は俺と金光とクーファで3人だ」
「年頃の妹と同じ部屋に泊まるというのか貴様」
「これは断じて許せんな、いやほんとに」
「家族だぞ?」
何を言っているんだ、と俺が困惑顔になると、その更に後ろでは。
「刀哉君、あんなこと言ってるけど、貴女達はいいの?」
「何がですか?」
「いや、同じ部屋に泊まるって……」
美咲としても少し不満なようだ。だがうちの妹達は平然とした顔で返す。
「え? 全然平気ですよ!」
「私達は兄妹ですから、同じ部屋に泊まるのは普通のことです」
「そ、そうなの……?」
「2人とも、やっぱ刀哉君のこと大好きだね」
「もちろんだよ叶恵ちゃん!」
「兄さんだもん」
話は決まった。そして余計なことを言っていた。
樹と拓磨が露骨な顔をする。流石の俺もあんなことを言っている妹と同じ部屋になるのはどうかと思えてきた。
「……いや、そんなに気になるんなら俺もそっちに移動するが」
「そ、そんな!? 刀哉にぃ、私たちを捨てるの!?」
「兄さん……」
「とまぁ、こんな感じになる」
「……うん、もういい」
2人は、というか美咲も含め3人が、俺らの三流芝居に複雑そうな顔で首を振った。
「やっくんは随分と愛されてるねぇ」
「昔からあんな感じだったよ?」
「いやいや、そういう事じゃなくてさ……朴念仁だよねって」
「………?」
あの、桃華さん、さり気なく変なこと言わないでくれませんか?
◆◇◆
「夏だ! 海だ! 海水浴だァ!」
「海と海水浴が被ってるからやり直し」
「そんなルールねぇだろ!」
隣で叫ぶ樹に冷静な一言。憤慨する樹だが、それでも気を取り直して。
「じゃあ、夏だ! 旅館だ! 海水浴だァ!」
「ふむ、旅館を既に通った後であることを考慮するとあまりいい出来ではないな。先程よりマイナス」
「しれっとお前も審判かよ!」
顎に手をつけて解説した拓磨にツッコミが飛ぶ。
「じゃあ拓磨ならどう行く?」
「あまり本意ではないが、この場合『夏だ! 海だ! 水着だァ!』や『ナンパだァ!』と言った方が、男の夏感が出るだろう」
「手堅いところを攻めてきたな。樹の3倍は良い」
「お前らなんなの?」
一番最初に言い出したのは樹なのに、樹は完全にツッコミ。
「と、刀哉にぃが、アホっぽい……」
「三人寄れば文殊の知恵とはいうけど、あの三人に限って言えば、『姦しい』が正解ね。一人一人はびっくりするくらい凄いのに、なんでかしら」
「兄さん……はしゃいでて可愛い」
「刀哉君、ああ見えて結構子供っぽいところあるからね」
あぁそうか、そういえば、金光とクーファにこいつらといる時の俺の様子を見せたことは無かったか。そう考えると少し気恥ずかしいな。
それでも普段通りなわけだが。
旅館で荷物を整理し終えた俺達は、その後近くの浜辺に遊びに来ていた。
とはいっても未だ砂浜には足をつけておらず、道路から見下ろしているところではあったが。
「じゃあ私はパラソル刺して場所確保しておくから、みんな着替え行ってきな~」
「あ、俺手伝います!」
車からパラソルを取り出した桃華さんに、率先して樹が声をかけた。
まぁ、完全に善意だけではないが……。
「えっと樹君、だっけ? いいのいいの、大人は遊んでる子供を見るのが楽しいから、気にせず先に行って行って」
「そ、そうはいっても……」
「そ、れ、と、も……もしかして樹君、お姉さんのことが気になるのかな?」
「へっ!? あ、いや……」
桃華さんがこれみよがしに腕を組み、胸を強調する。
いや、樹にそれはきついだろう。赤面して目を逸らす姿が見える。
「いやいや冗談冗談。まあ遠慮はいらないよ。叶恵の友達なら、私の友達、いや弟同然なんだからさ!」
うむ、多分善意八割下心二割ぐらいで桃華さんに近づいた樹は、大人特有の余裕に流された。まぁ、桃華さんは美人だし、叶恵の姉でもあるしな……樹が気になるのも分からなくはないが。
言いくるめられて、樹は拓磨達と共に砂浜へと降りていく。というのも、うちの妹(特に金光)が小学生かとツッコミを入れたくなるほど元気に砂浜へと降りていったからだ。
今回はアイツらにも少し迷惑をかけるかもな。一応フォローはしよう。
「フフ、若い男の子をからかうのは楽しいな」
「連れてきてくれたのにはとても感謝していますが、あまり樹をからかわないでくださいね。このメンバーの中でも一番初心なので」
「ごめんごめん、でもうちの妹はいい友人を持ったってわかるよ。美咲ちゃんもそうだし、拓磨? 君もそうだしね」
「俺は違うんですか?」
「やっくんは言うまでもないじゃん。昔から物分りがよくて、少しませてて」
その言い方は少し悪意があると思うのですが桃華さん。
「一緒にお風呂に入ろうって誘うと、初めのうちは喜んで入ってたのに、途中から『彼氏でもない男を一緒にお風呂に誘わないでよ』なんて、生意気なことも言うようになっちゃって」
「昔の俺ってそんなこと言ってたんですか……?」
「そうだよぉ。ねぇねぇ、今私が誘ったら、どう返す?」
そんなこと聞かれてもな、どうでしょうね、としか答えられない。
「私もこんなナイスバディになったから……やっぱ、気になっちゃう? 裸とか、おっぱいとか」
「せめて胸って言ってくださいよ。でもそうですね、今明確にビジョンが浮かびましたよ」
「え、何?」
「『嫁入り前の女性が簡単に肌を晒そうとしないでください』」
「うわっ、ホントに言いそう……」
実際言うだろう。俺にとって桃華さんは、からかう対象ではなく、世話になっている人で、叶恵の姉なのだ。
そんな目で見ることは、出来ないだろう。
「じゃあさ……」
「はい?」
すると、桃華さんはパラソルを置き、俺の腕を掴んでヒョイと引っ張った。
車の、皆からは見えない陰に押し付けられる。
「───こんなことをされたら、少しはその気になったりする?」
ぎゅぅっと胸を押し付けられる。叶恵よりも大きく、柔らかいそれは、確かに心地がいい……。
しかし、俺は一切の動揺を見せない。そういう前フリからの行動だった、というのもあるが、大体先程言った通り、桃華さんは俺の中ではそういう対象ではないのだ。
反応なんてするはずもない。
「……なぁんてねっ! 冗談、冗談だよ」
「はぁ……そうですか」
まだからかい始めてからそう時間は経っていないが、俺がなんの反応も示さないからか、桃華さんは体をパッと離した。
焦ったように、困ったように。
「でも、もうちょっと反応してくれてもいいかなぁと思ったり?」
「あのですね、そもそも、幼馴染の姉に手を出したらこう、何となく申し訳ないでしょ。叶恵にも会いづらくなります」
「えぇー? そんなもん?」
「そんなもんです」
「むぅ、やっくん誘惑できなかったかぁ……でも仕方ないっか。やっくんは女の子より男の子の方が好きなんだもんね」
おい悪意のある言い方!
また謝ってくる桃華さん。分かってるなら止めれ。
「アハハ、引き止めちゃってゴメンね、やっくんも早く、皆と合流して……」
でも、誤魔化しているのは十分に伝わってきた。
流石にこれでは、桃華さんに女性の魅力がない、とでも言っているようなものだろう。
もちろんそんなつもりは無いが、かといってリクエストに応えられるような、初心な反応は意識してできるものでもない。
「そうですね、早いところ行きましょう。ほら、桃華さん」
「えっ、いいよいいよ。やっくん、大人に恥をかかせちゃいけないよ?」
「そうですね、でも……」
俺は置かれたビーチパラソルと、まだ車の中に入っていたクーラーボックスを手に取る。
そして、少し笑って一言。
「弟が姉の手伝いをするぐらいなら、いいんじゃないですかね?」
肩をすくめる。初心な反応は出来ないが、こういうことは言える。
桃華さんは、少しだけ驚いたように目を見開いた。
そして……クスッと、同年代には見られない笑みを浮かべた。
「……やっくん、女の落とし方を知ってるねぇ。これで何人落としてきたの?」
「変な事言ってないで、行きますよ。それとも、もう少しロマンチックな言い回しが欲しいですか?」
「いやいいよ、お腹いっぱい。お姉さんさっきのだけでキュンキュンくる乙女だからさ」
「乙女は年下をからかったりはしませんよ……って、これは流石に歩きづらいです」
「どうせ向こうに着いたらやっくん取られちゃうから、その前にやっくん成分を補給しようと思って。何気に、最近会ってなかったし?」
「カップルだと勘違いされますよ?」
「勘違いなの?」
「勘違いです」
ただ、一言が効きすぎたようだ。俺よりも5歳以上歳上なのに、こうも甘えられると、まぁギャップ萌えのようなものを感じるのは確かだ。
俺の腕を自身の胸の谷間に沈ませつつ、桃華さんは機嫌良さそうに歩いていた。
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