第31話 午後となりまして

 はい、今日の分! ほんっと、申し訳ございませんでした……。


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 午後の授業は魔物との戦闘。『魔の申し子ディスガスト・テラー』を超える魔物を用意できたら俺もやり甲斐があるんだけどなぁ……無理だろうな。


 俺の予想、『魔の申し子ディスガスト・テラー』は……最高値のSSSランクが付けられるだろう。

 測れるものさしのマックスがSSSランクのため、SSランクより強い魔物は全部SSSにまとめられる。

 その中には多分、人間が太刀打ちできないようなやつも居るのだろうな。魔物大全と呼べる図鑑があるが、SSSランクの魔物は実はほとんど載っておらず、鬼神などの比較的メジャー(といっても出没することは本当に希だが)な魔物以外は、機密指定のようだ。

 故に、俺もSSSランクの魔物に関しては未知の部分が多い。そもそも記録が存在しているかも怪しいからな。

 例えばドラゴンとか、居たら明らかに人知を超えた存在だろう。少なくとも居るという記述は見たことないが、基本的にその下位互換とされるワイバーンはいるのだ。細長い蛇みたいな龍も、二足歩行のファンタジー的竜も居るはず、居て欲しい、居ろ。


 そんなどうでもいいことを考えつつ、複数の地形からなる演習場へと着いたのだが。


 学校の敷地の4割を占めるほどの大きさの演習場は、とにかく広い。これなら、使うことは無いだろうが更に魔法の効力を一段階上げられるぞ。


 そして、そのうちの一つである……雪山? いや、氷山か? 雪ではなく氷でできた地形の場所に、ニコニコしたミリア先生が居た。そう言えばこの人が担当だったな。

 その手には……斧、斧だ。ミリア先生は自身の丈ほどのどデカい斧を肩にかけて持ち、その背後にはこれまたどデカい、少しくすんだ青色の金属で出来た、檻があった。中に何が入っているのかは、聞くまでもあるまい。


 「お、今日はご機嫌のご様子だぞ」

 「いつもあんな感じじゃないの?」

 「んー、俺もまだそんなにいる訳じゃないが、あんなにニコニコしてた所は見たことないな。どうやら、期待されてるっぽいぞ?」

 「誰がかな?」

 「お前だよ。拓磨の時も、あれ程じゃなかったがニコニコしてたし、強い奴が入ってくるのは嬉しいんだろ」

 「ご期待に添えればいいけど」

 「だから今日は張り切った魔物みたいだな」


 なんだ張り切った魔物って。

 隣にいる樹に、少し苦笑い気味の顔を向ける。あのでかい檻、俺用ですか。


 すると、ミリア先生がこっちに気づいて近づいてきた。重そうな斧を持っているが、それを感じさせない綺麗な足取りだ。それどころか、優雅さすら感じる……持ってるのは野蛮な斧だけど。

 そうして射程圏内に入ってきたミリア先生は、斧を背負い直すと、両手で俺の手をガシッ! と掴んできた。


 「イブ君、良いわ。とっても良いわ!」

 「は、はぁ、何がでしょう?」

 「クロウから聞いたわ。タクマ君に勝ったんでしょ? タクマ君、だってうちのクラスじゃ突出した強さを持ってるのに、それに勝っちゃうなんて……理事長の言ってた通り!」

 「い、いや、そんな褒められましても……」


 美人に手を取ってもらえるのは嬉しいが、純情な男子生徒にそんな顔を近づけんでください。思考が乱れるぞ。

 

 「だからね! 私、イブ君の強さを直接見たいと思って、取っておきの魔物を選んできたの! 大丈夫、私でも確実に倒せるとは言いきれない魔物だけど、この魔物を捕まえた理事長に聞いたら『イブ君なら大丈夫ですよ』ってお墨付き貰ったから!」

 「そ、それは、ありがとうございます……」


 おい理事長、あんた面白がってOK出したろ。一体なんの魔物だよ。先生が確実に倒せるとは言いきれないって、それもはやSSランク以上の魔物だろ。

 手応えのある魔物とは言ったが、本当に求めてなどいない。俺は一人で黙々と魔物を相手したいのであって、魔物と戦っているところを見せたい訳では無いのだから。


 だが、しかし……。


 「じゃあ、みんなを集めてこなきゃ。本当は少し見るだけでよかったけど、今日は急遽イブ君の観戦会ね。イツキ君、そっちに先座ってて」

 「あ、ハイ」


 1人エキサイトしているミリア先生は───言ったら怒られるだろうが───童心に帰ったかのようなはしゃぎようで、止められそうにない。そんなに見たいの?

 樹も樹でどうしたらいいんだろうみたいな感じで少し戸惑ってから、結局先生に言われたように空いたスペースに行ってしまったし。

 後からやってきたクラスの奴らも先生の話を聞いて喜んでるし。


 俺、一応あのでっかい牛丼を食べた後なんだけど。あぁ、考えただけでもうお腹が痛くなってきた。胃薬を常備しておきたい。


 まだクラスメイトが全員集まるには時間があるので、俺も1人ポツンと座って待機する。なんだろうなぁ、もう最強生徒として君臨した方が楽かもな。どうせ偽装した姿だし。


 いやでも諦めることなかれ。たかがSSだかSSSランクの魔物。適度に怪我をするぐらい……プライドが許せない。演技でも情けない姿は見せたくないな。

 ならギリギリを演出するか? 紙一重で避けるとか。


 なんだかんだ言って、手加減しつつ普通に勝つのが結局良いのかもしれない。


 そんな考えから、ボーッと現実逃避気味に真っ暗闇の檻の中を見つめていると、隣にポスンと誰かが座った。

 座り方からして女の子で、叶恵や美咲かとも思ったが、隣にいたのは意外な人物だった。


 「………」

 

 隣に座った少女は、確か拓磨が言うには、リーゼロッテだったか。俺がぼっち少女と呼んでいる女の子だった。

 略してリゼロって呼んでもいいだろうか? いやその呼び方をしたら拓磨達に『もしかして日本人?』とバレかねない。


 距離的にはまだ遠く、俺とリーゼロッテには1メートル程間が空いている。


 それにしても、どういう風の吹き回しだ? さっきは無言で立ち去ったというのに、今度は近寄ってきた。

 だが無言で近くにいられるという方が気まずい。リーゼロッテのネイビーの髪から、何かの花のような、甘い香りが漂ってきて、非常にいたたまれないというか、いい匂いなんだが、今は嬉しくない。

 ここは紛らわすために、何か話題を提供しなくては。


 「……ねぇ、あの檻の中、どんな魔物がいると思う?」


 考えた結果、出てきた言葉はそんなのだった。最初に振る話題としては物騒だが、共通の話題にはなるだろう。

 そんな俺の努力を踏みにじるかのように、リーゼロッテはこちらを一瞥すらせず、ただじっと座っている。


 「ミリア先生の言ってた感じだと、多分SSランク相当の魔物らしいんだけどね。俺が戦わなくちゃいけないらしい」

 「…………」

 「まぁ別に戦うのはいいんだけど、これじゃあ午前に続いて目立ちすぎる気がするんだよね」

 「…………」


 ……近くに来たんなら何か話せよっ。


 反応自体はしているのだ。SSランクや午前に続いてという言葉なんかに、多少なりとも驚いているのか、ピクリと肩を動かす。

 つーか、そんなに俺と話したくないか?


 「あと、こんなところでSSランクの魔物なんか出しても大丈夫なのかって思うよね。みんなにも見せるみたいだし、万が一周りのみんなの方に魔物が行ったら怖いから、辞退しようかなー、なんて」

 「辞退はダメ」

 

 だんだん俺も適当になってきたが、そう言った途端、初めて明確な言葉を口にしたリーゼロッテ。それも、結構強め。

 

 俺が少し驚いてそちらを見ると、リーゼロッテは『しまった』とばかりに一瞬口を抑えて、続いて不機嫌そうに顔を歪めながら。


 「……辞退しなくても問題ない」


 それだけ言って、ぷいっとそっぽを向いた。


 この感じだと、単にコミュ障なんだろうな、と勝手に憐れむ俺。上手く話せない、というよりは、人との付き合い方を知らない感じだ。

 今の話し声からして、無口という訳では無いだろう。普段喋らないやつは、ここまで明瞭に喋ることは少ない。

 ということは、少なくとも俺以外とは誰かとお喋り、もしくは独り言をしているということだ。本当に無口なら、そもそも今みたいに間違って喋る、ということもないだろうし。


 だが、『辞退はダメ』『辞退しなくても平気』とはこれ如何に。後者は、魔物がみんなの方に行く可能性に対して、心配しなくても問題ないということだろうか。

 とすると、前者はリーゼロッテの個人的な私見で辞退するな、ということか。まぁ熱心な子(同い年ぐらいだろうけど)みたいだし、魔物と俺が戦うのを見たいとか?


 自意識過剰じゃないことを祈りつつ、そして再度会話に発展することもなく、そのまま幾ばくか無言の時が過ぎる。


 俺達の真正面の、檻の中にいる存在は、相変わらず音は立てないしシルエットすら見えない。本当に魔物が入ってるのか疑わしくなる……気配があるから居るはずなんだが。

 

 女子の絶対領域の如く、覗くことができない檻とは、中々有用なのではないか。

 これが実は秘宝アーティファクトであるということを、俺は最初から知っていた。中が見えず、魔力を基本的には通さず、内の存在を拘束し、金属としての耐久度もあるという、檻としては最高峰の機能を誇っている。

 

 だから音も中が見えないのも仕方ないのだ。なら何故それを頑張って覗こうとしていたかといえば、単なる暇つぶしで、秘宝アーティファクトの力をどうにか通り抜けられないかと試行錯誤していたのだ。

 流石になんの対策もなしには無理だったが。やはりスキルを使わなければ難しそうだ。


 逆にスキルを使えば秘宝アーティファクトを無効化できるというのがヤバいのだが、感動や驚きも何も無いな。


 「………」

 「…………」


 ……あぁ、もう気まず過ぎるから、中の魔物が檻をぶち壊すなりなんなりしてくんないかな。そしたら騒ぎで気が紛れるから。


 



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