第30話 牛丼の苦行
すみません、昨日投稿を忘れてしまいました……この後もう一話昨日の分を、というかこの話が昨日の分で、22時に今日の分を投稿します。
気をつけろよ私ぃ……
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席を探していると、これみよがしに2つ空いている場所があった。
拓磨達が居るので、恐らく俺たちのために取っておいてくれたのだろう。事前に美咲が俺を案内する旨を伝えていたようだし。
今の俺は"イブ"であって"刀哉"じゃない。普段なら何も言わずとも席を取ってくれるだろう。
「相席してもいいかな」
「お前の席だったからな。別に構わな……い」
叶恵となにやら喋っていた拓磨は、俺の方を見て絶句する。
その顔に叶恵と樹も思わず俺の方を見て……絶句。
俺の顔を隠すほどの高さまで積まれた牛肉丼は、腕にドシリとした重みを伝えてくる。驚愕するのも無理はない。
「いやぁ、好奇心が働いちゃってね」
「……それ、どうするつもりだ?」
「もちろん食べるよ」
鍛えられたバランス感覚と筋力で俺は危うげなく牛肉丼を持ち運びしていた俺は、それをテーブルの上に置いて、椅子に座る。
相変わらず俺の顔は隠れている。今から食べ始めても午後の授業に間に合うかは怪しいところだ。
それでも、俺は4人に断ってさっさと食べ始めることにする。
割り箸を使用して一番上の肉を、ヒョイ。口の中へと放り込み……。
「……」
「イブ君、どう?」
「………あ、脂っこい……凄い脂っこい……」
僅か二切れほど食べただけだと言うのに、口の中に広がるのは、美味いと言わざるを得ない肉の味と……そんなものを消し飛ばしてしまうほどの脂。
飲み込むと、胃の中にたまるこの感じ……一体何の肉を使ってどんな調理の仕方をすればこうなるんだと。
これは、思った以上に厳しい戦いになりそうだ。
「お、俺はこれをどうにか食べるけど、気を紛らわせるために、話題を頼めるかな……」
「お、おう、これを未だ食う気でいるのか……俺達も手伝おうか? 少しなら食えるが」
「いや、大丈夫だよ。武士に情けは不要」
「お前は武士じゃねぇだろ……」
樹の申し出を日本の言い回しで断り、再度箸を動かす。
うっ………これは、本当に心を無に、体の調子を無視して作業的に食べ続けなきゃ行けないな。
そう、ただ機械的に、無に徹して……徹して………。
「頼む、何か気を紛らわす話題を……ッ!」
「そ、そんなに深刻なの……」
イブの口調を維持できてないが、それぐらいこの牛丼は破壊力抜群だった。
うっぷ……早くも俺の胃が拒絶反応を起こしている。これは早急に意識を別のことに傾けなければ。
それさえ出来れば、身体の反応を無視することぐらいは可能だ。
「ふむ……イブは勇者との交流もあるようだし、こうして俺達とも話をしていることから、勇者と縁があるように思える。俺達がこの世界に来てからの話なんかはどうか?」
「あー? いや、そんな話すようなドラマチックなことは無かったろ」
「別に、もうそれでいい……っし、大丈夫、話をしてくれ」
最初の一ヶ月間は聞かなくても分かるようなことが多いだろうが、思い出すために少なからず意識を過去に戻すはず。
この際何でもよかったので、俺は頷く。
だが……これは聞く話題をミスったかもしれないと、俺は聞きに徹すること一分で、早くも後悔するハメになった。
◆◇◆
「はぁ……俺の話が出ることも考慮しておくべきだったな……」
ガックリと項垂れながら、廊下を歩く。
こっちの世界に来てからの話と言えば、普通に考えて俺も出てくるに決まっている。
まぁ、それだけなら別にいいのだ。いや、自分の話をされるというのは良くも悪くも居心地が悪いが。
問題は、コイツらは本人が居ないと思っているからか、俺に対する、普段言わない素直なことも、"イブ"という
だから、むず痒いのなんの……何度恥ずかしさに赤面しそうになったことか。いや、そう簡単には俺のポーカーフェイスは崩れないのだけども。
例えば叶恵なんかは普段から取り繕ったりせずオープンだし、拓磨も生真面目さからか、冗談は言うものの割と本音を言ったりするのだが、馬鹿やったりする樹、少しツンデレ気質な美咲は、本音を───特に感情面に関して────隠してしまう部分がある。
それでもいつもは表情から察したりしていたので、別に相手の意思を知らないわけじゃないのだが……だからこそ素直に喋られる分、新鮮さというか、気恥しさを感じるのだろう。
それに、俺のことが美化されて聞こえるのが、気のせいなのかどうなのか。確かに最初の迷宮アタック時には、俺は単身でオーガキング相手に頑張りはしたが、アレだって結局は俺が逃げ遅れたことが原因だ。
みんなを守るとか───全く思わなかった訳では無いが───考えていたのではなく、単純に自分の身を考えただけ。
最後にオーガキングと共に崖に身を投げたのだって、あの時は落ちてしまったが、当初の予定ではオーガキングだけ落として、自分は元の場所に戻るつもりだったのだ。
それがまるで、『刀哉はたった一人で強大な敵に立ち向かい、自身の身を省みずみんなを守った』なんていう、間違ってはいないが的中という訳でも無い評価になっている。
物事の捉え方は人によって違うんだな、うん。流石にそんなカッコイイキャラじゃないんだよな俺。
「おいイブ、腹の調子が悪いのか?」
「い、樹、大丈夫。もうアレは食べたくないなと思っていただけだよ」
俯いていた俺を心配したのか、樹が声をかけてくるが、問題ないと首を振る。
ちなみに、俺はあの脅威の牛丼を、なんと………食いきれなかった。
俺が自力で食えたのは7割で、多分それすら驚異的なんだろうが、それ以上先はもう身体が拒否してた。鬼神と素手でやり合い、最上級魔法を無傷でやり過ごす俺でさえ、箸を掴むだけで口を抑え、その肉達を見るだけで胃の中のものが逆流しそうになる。
だから……ちょっとズルして、グラに食ってもらった。
最近はルナ達の護衛のために、置いてきているグラだが、俺は口の中に入れたそばからその食べ物たちを、宿屋に居るグラの身体の中に直接転移させるという荒業をやっていたのだ……グラには許可を得ずに。
まぁ、アイツはなんでも食えるしいいだろう。食べ物を送って嫌がられることは無いはず。
そんなズルを使っていたものの、まず口の中に入れるふりすら、その時はキツかった……テラテラギトギト、ベトベトヌルヌル、とにかく脂っこすぎる。
口内を脂で蹂躙されている。マジで、人知を超えた脂の量だ。
何の肉なの? ホント。お陰で口の中を水で数十回ゆすぐことになったんだけど。それでもこびりついてるとか、脂の粘り強さが半端じゃない。
胃の中のものはグラのように高速で消化済みなのが唯一の救いだ。だから今吐いたとしても、出てくるのはヤバいぐらいの溶解能力を持った胃酸だけだ。
最近お腹が痛くならないのは、もしかしたらカスが一切残らないほどに消化しているからなのか。
ともかく、もうね、夕食と明日の朝食はいらんよ。
「あんだけ食ったらなぁ。イブはそれでこの後動けるのか?」
「一応、それに関しては問題ないよ」
ズルしていたのは俺しか知らないので、目の前で見ていたこいつらは、あの量の牛丼を俺一人で食ったと思っている。
誰が大食いタレントだ。この世界に来て運動するようになったから食うようにはなったものの、褒められてる気はしない。
動きに関しては先程も言ったように、胃の中のものは消化済みのため、苦しいということは無い。
もう1ぺん食うつもりなど毛頭ないが。
「そうなのか」
「そうなのだ。それより、午後はなんだっけ?」
「あぁ、午後は学校側が捕まえた魔物との戦闘。まぁ、授業始まりまでなんの魔物が相手になるのかは分からないんだが。場所は外の演習場。訓練場みたいに平坦じゃないけどな」
「でこぼこしてるのかな?」
「色んな環境のフィールドがあるんだよ。例えば森林とか、高低差の激しい地形とか。魔物との戦いなんて、常に障害物のない平坦な場所っていう訳じゃないからな」
「納得したよ。でも、授業の一環とはいえ魔物と戦うとか、危険だね」
「実際少なくない死人は出るらしいぞ。基本的には危険になったら先生が間に入ってくれるんだが、間に合わなければお陀仏だ。事実、俺達が来てからも2回ぐらいヒヤっとするシーンがあったし」
「……確か樹達が来たのって数日前じゃなかったっけ?」
「2日に1回はあるってこったな。ちなみに怪我をしても、はたまた死んでも、自己責任だ」
「回復は一応してもらえるけどな」と言われるが、随分とまぁアグレッシブな学校だな。
そりゃ、冒険者なんて基本的に自己責任だが、学生のうちは……と考えて、そうもいかないのだろうなと厳しい現実を直視する。
実力さえあればこの学校、育成機関にはタダで通える。それに、何もなしに冒険者になって危険な場所で魔物と戦うよりは、指導の下戦闘を行った方が安全なのは確かだ。
文句を言うのは筋違い、というものなのかもしれない。
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