第26話 からかい
土煙が晴れると、そこには
「……しょ、勝者、イブ………」
困惑した声で、静かに告げられる宣言。それもそのはずで、傍から見ていれば確実に俺が負けていたと言ってもいい構図だったのだ。
勝利宣言を聞き、俺はその場で大袈裟に息を吐く。ついでに「いやぁ疲れた」とも。
明らかに演技っぽさが出ているが、それを気にかけるのは恐らく少数の人のみだろう。
例えば、今の戦闘を全て把握出来ていたこの人とか。
「おい、イブ」
「あ、なんでしょうか教官?」
思考すると同時に、クロウ教官がドスドスと近寄ってきた。
身長2メートルいきそうな相手に近くにこられると、威圧感が半端ないなホント。
そうやっておどけたように考えながら、俺は疑問符を浮かべて返事をする。
「最後の攻撃、一体どうやって防いだ?」
「防いだって……いやですね、教官も見ていたでしょ? 俺は『
「ふざけるな。本当に喰らっていたら、今頃お前は血まみれになってるはずだ。一応、威力の制限はされていたから手は出さなかったが……」
「では逆に聞きますが、俺があの一瞬でなにかしたように見えました? 『
普通に考えれば、光速に近い速度で降るあの雷撃を、見てから回避することは不可能に近い。それこそ、時間をゆっくりにするとか、限界を超えた認識速度を持たなければ。
クロウ教官も見たはずだ。『
故に、教官も反論はできない。自分から見ても何をしたかわからず、俺自身も何もしていないと言えば、そうでしかない。
例え俺がとぼけていると分かっていても、それ以上責めたてることは出来ない。
それに、無理に戦術を暴くのは、いくら教師という立場といえど、あまり感心できるものではないだろう。
「……ならば質問を変えよう。どうやってタクマを倒した?」
「いやいや、そちらも特に何かした訳ではありませんよ。見ればわかりますが、単純に魔力切れで、勝手に倒れてしまっただけです」
「シラを切るというのか」
「ですが、事実拓磨は魔力切れで倒れていますよ。確認してみては?」
わざわざするまでもないだろうが、促してみると、教官は倒れた拓磨の近くへ行き、体内魔力を探る。
そして分かるのは、やはり拓磨の魔力は完全に枯渇しているということ。
「……確かに、魔力切れのようだが」
「いやぁ、俺も拓磨が倒れてくれなかったら危なかったですよ。また攻撃を喰らってたら、負けてしまっていたかもしれません。今回は持久戦で勝った、と言いましょうか」
「あくまでも、自分は何もしていないというのか?」
「事実、その通りですから」
にんまりと浮かべた笑みは、教官にどんな印象を与えたのか。
細く研ぎ澄まされた視線を素知らぬ顔で受け流し、教官の横を通り過ぎる。
恐らく教官は、俺が何らかの方法で拓磨の攻撃を無効化したりした、と考えただろう。
嘘をついているというのが明らかであれば、そう勘ぐってしまうのが普通だ。
そう思ってくれた方が、有難い。なんせ俺は、
◆◇◆
「イブ、すげぇなお前!!」
「あ、ありがとう。だけど、そんな大袈裟なものじゃないって」
「いやいや、剣術もタクマ君と拮抗してたし、クラスで一番はイブ君ね!」
「うーん、俺は最後何もしなかったから、ちょっと複雑なんだけど……」
「あの魔法を受けて無傷の時点で勝ったも同然だって!」
「ねぇねぇ! 途中魔法を無効化した『
「アハハ、それはどうかな。秘密ってところで」
「えぇー?」
俺が今どうなっているか……は、まぁ説明するまでもあるまい。
今日2回目の囲まれ。事前に『見てからのお楽しみ』的なことを言っていたからか、予想以上の質問攻めや褒め殺しにあっている。
この人数相手だと、苦笑いをしておいた方がいいだろう。そっちの方が囲まれて困ってる感が出る。
それにしても、これは拓磨が気の毒だ。アイツは魔力の調節を間違え魔力枯渇に陥った、少し詰めの甘い勇者という認識を与えてしまったかもしれん。
もしそうだったら……友人のよしみで、許せ。イブとしてはまだそこまでの関係ではないが。
ちなみにその拓磨は、休憩用の椅子に横になっている。すぐに目は覚めたようだが、魔力枯渇の症状で、身体が重いようだ。
「俺の事を褒めてくれるのは嬉しいけどさ、授業に戻った方がいいんじゃない? 模擬戦的なの、みんなでやるんでしょ?」
「あ、ヤバッ! 教官怒りそうじゃん。ゴメンねイブ君、時間取らせちゃって」
「いいよいいよ、俺も別に嫌なわけじゃないから」
「さっすがイブ、懐が広いな!」
「後で俺とも手合わせしてくれよ! 一撃は与えてみせるから!」
俺が一声かけるのと同時に、こちらを睨んでいる教官にさりげなく視線を向ければ、つられてそれを見たクラスメイト達は一様に顔を引き攣らせた後、手を振って各々散り出す。
俺はいいのかという話だが、さっきの戦闘をした後にまだ続けろとは言わないだろう。傍から見ても、割と白熱していただろうし。
あの『
腕の動作に合わせて一瞬だけ鎖を出せば防御に使えるし、物理的な結界として使用できるだろう。張り巡らせれば著しく行動を制限できるだろうし、さっきやったように鎖の上をサーフィンのように滑るのも面白そうだ。
そんな、新しい戦闘スタイルを考えつつ、俺は拓磨達の場所へと足を向けた。
「やぁ、お疲れ様」
「あ、イブ君」
横になった拓磨に、一応と回復魔法をかけていた叶恵が、俺の姿を見て言う。
「敗者の顔を拝みに来てあげたよ」
「……イブ、お前、性格が悪すぎるのではないか?」
「冗談だよ。叶恵、ちょっと良いかな」
「え? う、うん、いいけど……」
苦い顔をする拓磨に笑いつつ、俺は叶恵に断わり、拓磨の腹に手を乗せる。
「何をするつもりだ?」
「なに、元気づけてあげようと思って────そらっ!!」
「なっ、うぐっ!!」
笑い。それはもう、誰が見ても『悪巧みしている顔』と言えるような笑みを向けた途端、拓磨が声を出そうとする。
まぁ、それに構わず俺は拓磨の腹に思いっきり力を入れる訳だが。
「がはっ!? っ、い、いきなり何を!?」
「ほら元気になった」
「これは元気になったのではなく怒りだ!!」
「いやいや、立ってるじゃん。それに、魔力回復してるでしょ?」
「はっ? いや、何を言って……」
唐突なことに怒りで立ち上がった拓磨に、俺は告げる。
そう、本来なら魔力枯渇で力が入らない体にも関わらず、拓磨は立ち上がることが出来ていた。
困惑した顔をした拓磨だったが、自身の体内魔力を確認したのだろう。
眉が大きく動く。
「……魔力が回復した? 一体どうやって……」
「正確には魔力を返したんだよ。ほら、さっき拓磨から
「へー、そんなことが出来るの?」
拓磨の『バカな……』という驚愕から呟かれた言葉は、叶恵の好奇心と興味に覆われた発言に遮られた。
「出来るよ。さっき拓磨と戦ってる最中に少しだけ魔力を貰ったんだよ。とはいっても、これは俺のスキルによるものだから、誰にでもできるって訳でもないけどね」
「スキル?」
「そう、俺固有のスキル。触れた相手から魔力を吸収して、それを出すことが出来るんだ。だから、残念ながらそんな興味津々に聞かれても、教えることは出来ないかなぁ」
「なぁんだ、残念。魔力が回復させられたら、私ももっと役に立てるのになぁ」
「そこは役割分担だよ。それに、色々と制限もあってね。基本的には吸収した魔力は、当人にしか返せない。そして、俺自身も吸収した魔力は扱えない」
「え? そうなの?」
「元々、魔力はそういうもんだからね。
「そう言えばそうだね」
「結構、使い道が限られてるんだよ」
俺の説明に、叶恵は納得した様子で頷く
本来魔力というものは、数種類に分けられる。
一つは、世界のどこにでも存在する、空気のように大気に漂う魔力。
一つは、自分の体内にある魔力。
一つは、他者の体内にある魔力。
よく俺は、魔力の同調や解析なんてものをやっているが、それからも分かるように、魔力には全て違いがある。
内に含む情報、もしくは記憶、癖とでも言えばいいのか。
空気中に滞在する魔力には、最近その場で起こった出来事の記憶が。
自分の魔力や他人の魔力には、それぞれ個人の記憶や、情報が含まれている。
もちろん、それを観測することは極めて難しく、魔力自体に情報を刻む能力がある、というのも、俺だから知り得たことだ。
そして、原則として、俺という
同様に他者もまた、俺の魔力を扱うことは出来ない。
これが魔力の原則だ。もっと簡潔に言ってしまえば、一人が扱える魔力は生涯で一種類のみ、と言った方が正しいのかもしれない。
故に、俺が拓磨の魔力を吸収できても、それを自分のものとして置換できない限りは扱えないという説明は、あながち間違いではない。
言ってしまえば、魔力の吸収はスライム系統から得た[魔力吸収]のスキルの力であり、これで得た魔力は普通に自分の魔力として扱えてしまうのではあるが。
制限があるように見せておいた方が、足元をすくわれる可能性も少ない。叶恵や拓磨がそんなことをするとは微塵も思ってはいないけども。
説明を終えると、拓磨がようやく驚愕から立ち直り、口を開いた。
「……それで、結局俺の腹に力を加えた理由はなんなのだ」
「嫌がらせ」
「……最初から理解はしていたが……一度殴らせてはくれないか?」
「断る!」
俺の返答に関わらず、顔へと拓磨の殴りが飛来した。
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