第25話 クラス一を決める戦い 後編



 止まっていた鎖が動きを再開し、ジャラジャラと音を立てイブへと向かう。

 半ば不意打ち気味ではあったが、彼はそれに見向きもせずに全て避けきった。


 「魔法ばっかりやってても無駄だよ」

 「それはこちらが決めることだ」


 聞けば聞くほど、今の言葉もまた、さっきのインチキな技を使うのに何かしらの制限があるというのを示唆しているように思えてくる。

 だがそれを問うようなことはせずに、『神の縛鎖グレイプニル』の発動を維持したまま再度肉薄する。


 左手にはまた光の剣。意表をついても対応されてしまうのだ。隠しても意味は無いだろう。


 ならば、今度は手数で攻める!


 「二刀流か。俺1本しかないんだけど」

 「なら、1本で受け流してみればいい!」


 『神の縛鎖グレイプニル』の操作をしながら、左右に持った剣で怒涛の連撃を繰り出す。

 スキルに既に[並列思考]は発現している。故に、魔法の発動を維持しながら2本の剣で攻撃することも、拓磨には可能だった。


 それに対し、イブはやはり1本の剣で対応した。対応出来てしまった。


 使い慣れていない剣のはずなのに、まるで剣の癖を理解しているように、滑らかに、1本でこちらの手数を超える反撃をしてくる。


 受け流してみればいいなどと豪語したが、そんな次元ではない。なんせ防御だけでなく反撃まで入れてくるのだから。


 剣閃が追い切れない。『神の縛鎖グレイプニル』の操作も継続していて、途切れずに攻撃を入れているのに、『神の縛鎖グレイプニル』すらノールックで弾き返している。


 最上級魔法なのだから、普通の手段では対抗出来るはずもないのだが。それの推察をしている暇もなく、拓磨は更に攻撃の速度を上げた。


 「ふぅっ!!」

 

 息を大きく吐き、魔力を身体に行き渡らせ、シナプスにおける神経伝達物質の放出速度、受容体との結合速度等を加速させる。

 視覚から脳に情報が送られ、それを元に動作を引き起こす手順を早くさせる。


 簡単に言えば、意識が加速したという事だ。魔力とは身体に行き渡らせると、身体の何らかの機能を促進させることが出来る。

 身体強化と言われる技術がこれで、魔力を応用して身体の機能を強化するものだ。


 原理は……知らなくてもいいだろう。


 それがなければ、拓磨はイブの剣さばきについて行けなかったはずだ。


 弾かれた剣をすぐに翻し持ってきて、お返しにとこちらも弾き返す。

 

 激しい金属音が連続して響き、何度も火花が飛び散る。少しでも遅れを取れば、イブの剣が拓磨の身体を打ち据えるだろう。

 幸いにして刃は潰されているが、この速度で当たれば、軽く骨折はするのではないか。


 そんな恐怖も押し殺し、更に深く、集中する。

 

 「イッ!?」


 そうしてどうにかついて行っていた矢先、イブの突然の回し蹴りを脇腹へと喰らってしまう。

 まさに、完全集中した瞬間を狙われた。偶然ではあるまい。狙ってあのタイミングで攻撃されたのだろう。


 その見た目とは裏腹に、速く重い一撃をもろに貰ったため、訓練場の地面をゴロゴロと転がる。地球にいた頃ならこの痛みに顔を顰めていただろうが、既にこの程度なら何度も経験して慣れている。


 咄嗟に地面に手をついて身体を持ち上げ、勢いを殺す。


 しかし、砂埃で汚れた服を払う暇もなく、イブはすぐ目の前まで接近してきていた。

 地面スレスレを通って振りあげられた剣が、回避行動を取った拓磨の鼻先を掠めていく。

 

 (速いっ!?)


 走るという動作すらなく、瞬時に移動してきたような、そんな感覚に囚われる。


 反射的に、拓磨は魔法を発動していた。


 「『神の縛鎖グレイプニル』っ!!」


 バックステップでイブの攻撃範囲外へと逃げながら、詠唱破棄で叫ぶ。先程までとは別に新たな魔法陣が出現し、イブの身体を絡め取らんと鎖が走り抜けた。

 だが、やはり単純な攻撃はそう効かない。

 

 「よっと」


 チラッ、と背後へ視線を走らせたイブはまたしてもその場で跳躍し、宙を走る鎖の上へと器用に降り立った。

 あたかも自分の魔法であるかのように、鎖の上でバランスを保ち、踊るように、波に乗るように移動する。

 鎖の移動に合わせてイブも鎖の上を滑り、他の鎖が当たりそうになれば再度跳躍して、今度はその鎖の上に乗る。


 まさに軽業師。鎖の操作は拓磨の認識によるものなのに、イブにはそれらが全て筒抜けであるかのように、見切られていた。

 

 それでも物量というのは便利なもので、次第にイブの動きも制限されつつあった。

 封じ込めるように、鎖がイブの周りで円を描き、壁を築いている。

 

 「"捕らえろ"」


 起句を放てば、それらはたちまちイブに向かって飛ぶ。うねりながら迫った鎖は到底避けられる隙間などありはしない。


 「っと」


 少し言葉を漏らしながら、イブは初めて鎖に被弾した。その勢いで、グラッと体が揺れる。

 右腕に接触した鎖はたちまち絡み付き、イブの動きを制限する。

 それと同時に、今度は左脚、左腕と連鎖するように鎖が拘束し、最後の右脚も自由を奪う。


 しかし、これはあくまで拘束に過ぎず、それ自体には鎖の勢い以上の攻撃力は無い。普通の相手なら、広範囲魔法を何度も撃っていた方が良かっただろう。

 だが、イブ相手に確実に攻撃を当てるためには、まずは動きと魔法を封じる必要があった。


 (『神の縛鎖グレイプニル』は拘束した相手の魔力の活性化もある程度〃〃〃〃封じる……先程の厄介な技カウンターマジックも、これで阻害できればいいが)

 

 少なくとも、魔法に干渉したということは、魔力を伴っていた可能性が高い。となれば、やはり『神の縛鎖グレイプニル』よる拘束は無駄ではないだろう。


 そうして準備が整った今、魔力の残量を確認しつつ、拓磨は長い間練っていた魔法をイブへと放つ。


 「穿て───『大雷轟ギガボルト』ッ!!」


 叫ぶと同時に、イブの上空に黒雲が発生する。

 それは急速に規模を拡大させ────光の柱を落とす。


 風魔法はあまり得意ではないが、『大雷轟ギガボルト』ならば威力も随一である。

 また、人間の死角である頭上に魔法を発生させるため、魔法を気取られにくい。


 雷撃は訓練場の地面をえぐり、土煙を蔓延させる。腕で顔を覆いつつ、拓磨はどうなったのかを確認するために、その先に居るイブの姿を魔力から捉えようとした。


 ───その瞬間、風を切り裂いて目の前にイブの姿が現れた。


 「なっ!?」

 「だから言ったじゃん───魔法は効かないって」


 驚くべき速さで腕を掴まれたと思うと、掴まれた途端、残り僅かな魔力が掴んだ手を通して一瞬でイブへと流れ込んだ。

 同時に、視界が靄がかる。


 「ち、ちからが……」


 魔力が体から枯渇し、膝を着いた。しかしそれと同時に、疑問が浮かぶ。

 何故わざわざこんなことをするのか、拓磨には理解できなかった。


 今ならば、確実に拓磨を倒すことが出来た。にも関わらず、イブはわざわざ魔力を吸い取るというおかしな行為をしたのだ。

 合理的ではないと思う拓磨だが、魔力枯渇の症状が進み、すぐに意識は闇の中へと消え去った。

 

 


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