幕間 すれ違いの少女



 「さてと。もう少しで君たちの後任というか、他国から他の国の勇者がつくわけだけど……」


 テレシアはそう言いながら、十人並ぶ勇者に顔を向ける。


 「正直に言って、君たちの成長は予想以上なものだ。わずか数日間で、本来以上の成長を発揮した。それは、レベルやステータスというものではなく、戦闘技術としてのものだ」

 

 幹達のレベル自体は、確かに上がったが、それはテレシアの見込み範囲内。

 パラメータも著しく上昇したのを確認したが、そういう話ではない。


 戦闘技術……武器の扱いや魔法の扱いなどの、戦闘に直結する部分の技術が、大幅に上昇しているのだ。


 「現時点で他所と比べても、最高峰の強さを有していると言っても過言じゃない」


 その成果が、やたら生意気な勇者一人の手によって成し遂げられたのは、確認するまでもない。

 刀哉が教えた内容は魔法寄りで、近接戦闘は体で覚えろという状態だった。

 刀哉が教えた結果、勇者達の魔法は赤子が急に大人になるぐらいの急成長を遂げたが、近接戦闘の方も、その覚えさせ方がうまいのか、勇者の対人戦闘技能は十分に高い。

 刀哉という格上の存在と何度も打ち合っていたことは、効果があるのだろう。


 なんだかんだ言って、とても頼りになるのには違いない。テレシアの刀哉に対する認識は、結構なものだった。


 「……ホント、トウヤ君には感謝しなくちゃね………」

 「………!!」


 無意識に呟かれた言葉は、その実幹達に聞こえていた。

 テレシアは自覚しなかったが、その穏やかな笑みと声音は、到底ただの知り合いに対するものでは無い。

 まるで家族や兄弟姉妹、そんな身内にむけるような、優しく温かいもの。


 それを直感で悟ったのは主に女性陣だったが、中でも紫希と雫が少々大きく反応したのは言うまでもない。

 

 しかしそれは一瞬のこと。テレシアも声を出したとは思っていないため、特に反応がないことを気にはしない。


 「ま、だから次の勇者は、ここに来るまでの道中で多少強くはなっていると思うけど、君たちよりは練度が低いと思う」

 「つまり、俺達が刀哉〃〃さんの代わりを務めればいいわわけですね」

 「そんな感じかな」


 幹が聞くと、テレシアはその通りと頷いた。

 事実、他に刀哉と同じような人(性格ではなく、異常性という意味で)がいて、その人物から指導を受けない限り、ここまでの成長は見込めないだろう。

 魔法に関していえば、一体どんな方法を使ったのかすらわからない。無詠唱の同時発動をたかが数時間で会得させるなどという離れ業だ。誰にでもできる訳では無いというのは分かるのだが。


 だがしかし、他者の詮索をするのはマナー違反と言えるだろう。自分の手の内を隠しておくのは探索者でも冒険者でも変わらない。

 

 「とは言ってもトウヤ君のように色々とやる必要は無いよ。君達は自分の戦力増強に努めていれば構わないからね。やって欲しいのは、向こうが問題を起こした時の対処ぐらいだよ」

 「いえ、刀哉さんまでとはいかなくとも、多少は出来そうですが。全員が一斉に迷宮に入る訳でもないでしょうし」

 

 不服という訳では無いが、塗々木は一応そう言ってみると、テレシアは困ったような笑みで続ける。


 「午前午後の両方で各々にあった訓練を施して、夜は寝る間も惜しんで迷宮を攻略し、朝早くからギルドに来て、また訓練を考えて……そんな生活が続けられるかい?」

 「うっ、それは……」


 言われてみればと、初めて気づく。刀哉は確かに迷宮を攻略していたが、午前も午後も、訓練に使っていた。

 消去法で夜に攻略する訳だが、大体刀哉は幹達よりも早く来ているし、朝庭でもよくはち合わせる。

 睡眠時間が極端に短いのは明らかだ。


 刀哉本人は、ほぼ寝なくても問題ないという身体を最大限に利用しているだけで、特に辛いと言ったことは感じていなかったが、幹達がそれを知るはずもない。


 「それに、多分だけど他国からの勇者だから、監視役が一人ぐらいはついてるはず。メイドか騎士か、それとも冒険者か。同じ勇者同士とはいえ、国が違えば一種の競争相手。助言程度は構わないと思うけど、本格的な訓練をするのはやめておいた方がいいよ。監視役に手の内が知られちゃうかもしれないからね」


 一応魔王打倒という大義名分のもと協力関係にある国同士だが、そんな一枚岩でもない。

 最終的に勇者の強さは、そのまま国の権力に直結すると言ってもいい。公式的なものでは無いが、大きな武力を持つ相手に意見を言いにくくなるのは当たり前だ。


 簡単な話、例えば刀哉がどこかの国についていたら、そして刀哉が国の意向に従う立場なら、その国には到底意見など出来ないだろう。その点、刀哉と個人的な繋がりを持てたことは何よりも価値のあるものだ。

 テレシアから見て、並の勇者がいくら集まっても、刀哉には及ばないだろう。いや、そもそも刀哉の実力自体、結局は底が知れないのだ。


 もちろん、戦力だけの話ではない。テレシアから見て、刀哉という人間は非常に好ましくはある……それを素直に出すのが出来ないと言うだけで。


 思考が逸れかけたのを、テレシアは戻す。


 「まぁ、それでも教えるって言うなら構わないけど……国の問題はあくまで国で、君たちには直接関係のない話だから」

 「いえ……直接関係はなくとも、下手に大国同士の均衡を崩そうとは思いません。それに、関係がないともいい切れませんから」


 首を振る幹に、テレシアは肯定も否定もしなかった。勇者は現時点では国の庇護下にあり、確かに国の問題は勇者にも関係がある。

 一方で、この先ずっと彼らがこの国に属してくれるのか、それを確かめる術はない。国から独立していけば、彼らには関係なくなるのだから。


 肯定も否定もしないのは、そういう背景があるからだ。


 話すことを話したテレシアは、幹達を退出させる。

 今回は刀哉がいないため、何があっても大丈夫という期待はできない。

 そう、問題を抱えた勇者がいないことをテレシアは願った。




 ◆◇◆




 それから、直ぐに勇者が来る時間は来た。

 テレシアによれば、新たにくる勇者の人数は、5人らしい。

 人数は少ないが、殆どは学校の方に行っていると見ていいだろう。


 自分達よりも練度が低いとは言うが、幹はそれを鵜呑みにはしなかった。現に刀哉のように、同じ時期に召喚されていながら、圧倒的な力を持つ人物がいたのだ。

 刀哉までとはいかなくとも、自分達よりも強い勇者がいる可能性は、十分有り得るだろう。


 そしてその勇者が、刀哉のような人格者である保証はどこにもないのだ。むしろ、強すぎる力を手に入れれば、普通はそれを使って周囲の人間を支配しようとする。


 それは懸念でしかなかったが、そんなことがないと否定するだけの材料もない。故に幹は、幹達は何があっても対処できるよう、新たな勇者が来るまでの間、レベル上げに励んだ。


 訓練は大事だが、やはり肉体が強くなければ意味が無い。

 それに、刀哉という絶対に勝てないと思わせるような存在が居なくなった今、自主練では手応えがないのだ。

 それは幹以外の全員も感じているはず。確かにお互いで戦うと、拮抗した実力となる。幹はその中でも群を抜いているため、相手は二人必要だが、逆に言えばそれで拮抗する。


 それでも、刀哉と戦った時のような、強敵相手に工夫をして攻撃を当てる、ということがなくなったせいか、やり甲斐が余りない。


 もちろん、それでも訓練は続けている。ただ迷宮攻略に比重を置いているだけで。


 その結果、幹達のレベルは平均が90となり、85階層まで到達していた。少し前の異変の時は、魔物が強くなっていたせいで手こずっていたが、現在は正常に戻っている。

 そのため、特に苦労せず、まだまだ時間さえあれば先に進める状況だ。


 だが、それでもまだ懸念はある。しかし、もう迎えてしまった。


 「新しく来る勇者は、どんな性格でしょうか」

 「それは私にもわからないね。まだ会ってないからさ」


 最初の顔合わせということで、幹達はまだテレシアの執務室に集められていた。

 横に10人で並んでも問題ない広さのため、窮屈な感じはしないが、幹は顔を少し固くしていた。


 緊張はある。人と話すことに緊張しているのではなく、不安からくるもの。

 以前自分達と顔を合わせた刀哉もこんな思いだったのか、少なくとも幹には、刀哉が緊張していたり、不安がっている姿は想像出来なかった。


 そもそも初対面の時は驚くほど紳士的に振舞っていたが……あれの真似は出来そうにない。

 

 そして、時間は訪れる。


 コンコン


 「どうぞ」

 「失礼します」


 ノック、そしてテレシアが入室を促すと、声が返ってきて、扉が開かれる。

 ゾロゾロと入ってきた勇者を鑑定して、幹は安堵する。

 少なくとも、レベルやパラメータにおいてはこちらの方が高いというのが理解できた。それだけで大きな収穫だ。


 というより、低すぎると言ってもいいだろう。40前後ということは、あまりレベルを上げられる環境ではなかったということか。

 迷宮というレベル上げに最適な環境は、他国にあるとは限らない。そう考えると、当たり前と言ってもいいのかもしれない。


 隣の塗々木に目をやり頷くと、頷き返される。


 そして、最後に入ってきた少女を鑑定しようとして────


 「っ!?」


 最後に入ってきた、明るい茶色の髪のツインテールをした、小柄な少女。中学生ほどだろうか。幼く見える、あどけなさのある顔。

 身長は150ちょっとしか無さそうだ。子供らしい起伏の少ない体型は、陽乃を更に幼くしたような感じだ。

 十人が十人、可愛いと形容するだろう容姿を持つその少女だが、それに驚いた訳でも、見惚れた訳でもない。


 幹は、少女の鑑定結果に驚いていた。


 「────自己紹介を、お願いできるかな」

 「はい、俺は高橋海人です」


 テレシアが一瞬の間を開けて促すと、先頭で部屋に入ってきた少年は答えた。

 それに伴い、順々に一人一人が簡単に挨拶をしていく。


 今は彼女だけに意識を向けている場合ではない。一応、全員の名前を覚えるために耳を傾けた幹だったが、思考が偏るのは避けられない。


 鑑定した結果から、この少女があの人の血縁者であるのは間違いない。同じ名字で赤の他人なんてことがあるはずないだろう。

 それに、ステータスがほとんど鑑定できない。全ての数字、文字が横線に変化していた。

 その時点で、この少女に意識を割いてしまうのは仕方の無いことだった。

 それに────その顔にその人の面影が、異性であっても確かに残っていて、恐らく[鑑定]を持ってない塗々木にも分かったのではないか。


 「私はたちばな立夏りっかです。ほら、カナ」


 4番目の少女が丁寧に頭を下げて、隣の少女に促す。カナというのは、呼び名だろうか。

 カナと呼ばれた少女は、どこか物憂げに、陰すらも感じるような顔を、無理やり笑顔で誤魔化すようにして口を開いた。


 「夜栄〃〃金光〃〃です。よろしくお願いします」


 幹は、そして他の面々も、各々が大小の反応を示す。

 特に個人的な感情があった紫希や雫は、ショックにも似た衝撃を受けているのではないか。


 "夜栄"という名字。既に皆には刀哉のことを話しているため、全員が知っている。

 たまたま勇者として呼ばれた中に、夜栄という人物が2人も居る……赤の他人と考えるのは無理だろう。


 金光かなみ────刀哉の妹である少女は、陰りを隠した屈託のない笑みを、幹達に見せた。



─────────────────────


 夜栄金光 15 女

 異世界人


 レベルーー


【生命力】ーー

 【魔力】ーー

 【筋力】ーー

 【体力】ーー

 【知力】ーー

 【敏捷】ーー

 【器用】ーー

  【運】ーー


 スキル

 ーー


 ユニークスキル

 ーー


 能力

 ーー



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