第39話 商人の答え



 「───いやはや、そういう用件でしたか。確かに予想の一つでしたが……実際にそう言われるとは思いませんでした」


 どうやら、俺の用件の一つとして予想されていたようだ。

 ハルマンさんは、恐らく移動に関する話と聞いて、どちらかと言えば、俺が馬車の調達をお願いする、といったことが思い浮かんだのかもしれない。


 だが実際は、ハルマンさんを直接連れていくことだ。


 「私を連れたい、その理由をお聞きしても構いませんか?」

 「はい、いいですよ。1つは、俺が馬車を扱えないことです。そのため、誰かに馬車の御者を務めてもらいたいのですよ。

 2つ目は、一緒にルナとミレディを連れていくので、出来れば2人の知っている人が望ましいこと。また、俺も自身の実力を隠したりするのは面倒なので、知り合いがいいです。

 そして3つ目、他国にも良く移動し、旅のルールのようなものをしっかりと知っていること。これらの条件にピッタリと当てはまるのが、ハルマンさんだったわけです」


 1つ目に関しては、恐らく覚えられないことは無いだろう。この世界に来て云々というよりは、俺は元々ある自身の才能をそれなりに認めている。

 御者としての技術はともかく、乗馬に関しては実は習ったことがある。馬に関する扱いはそれで慣れているので、習えば問題ないはずだ。


 そうでなくとも、スキルという不思議パワーがあるのだ。今までの経験上、できないという可能性の方が低いように思える。だから、条件を上乗せして、より絞るための口実に過ぎない。


 ただ、ルナがハルマンさんのことをどう思っているのか、そこだけが唯一の懸念ではある。ハルマンさんの人柄は良いが、あの地下に入れていたのは事実だ。仕方の無いこととは言え、ルナとは納得できるかどうか。

 ただ、それもハルマンさんならば、最終的には問題ないだろうと思う。商人にしてはお人好しすぎる彼ならば、そう遠くないうちに打ち解けてくれるはずだ。多分。


 「ハルマンさんも、そろそろ奴隷を調達……と言うと聞こえが悪いですが、それをするために外に行くのではないですか?」

 「そうですね。まだ奴隷は居ますが、中々売れようとしない子達ではありますし……その通りですよ」

 「でしたら、道中に必要な経費、馬車の護衛などを俺が受け持ちます。街の滞在費も出しますから、それを条件にどうでしょうか?」


 すると、ハルマンさんは一度紅茶を飲んで、俺の言った内容を脳内で咀嚼し、吟味するように、目を瞑る。

 そこに、俺は彼が心配している内容を把握する。


 「……離れている間の店が心配ですか?」

 「それは……えぇまあ。以前も言った通り、奴隷を他の従業員に任せるのは少々不安なのですよ。」

 「でしたら、定期的に店の様子を見れるようにしましょう。例えば、『転移テレポート』で【アールレイン王国】からハルマンさんをここまで一瞬で連れてくることは可能です。もちろん往復で」


 悩んでいる部分をズバリと言い当て、更にその解決策を提示すると、ハルマンさんが目を見開く。

 そりゃ、『転移テレポート』でここまで戻ってこられるというのが普通でないことは理解しているはずだ。

 だが、今更だとも思ってくれるはず。何せ、ハルマンさんは俺の異常性(といっても盗賊を倒したのと、圧倒的な回復魔法の練度ぐらいだが)を直接見たり、更に僅かな期間で第一階級アインス探索者になったことなどを知っている。


 「……相変わらずお凄いですね。流石は英雄様〃〃〃だ」

 「やめてくださいよ。というか、あなたもそのあだ名を知っているのですか」

 「ハハハ。すぐにトウヤ様であると分かりましたよ。金髪碧眼と聞いて『おや?』と思いましたが、現在はそれでしたね」


 そりゃ、情報に目敏い商人だ。いち早くその情報を知っていても不思議ではない。

 些か複雑ではあるが。俺を信頼してくれている証拠でもある。


 俺の容姿を指して言うハルマンさんに、曖昧に首肯した。


 「それで、返事はどうでしょうか?」

 「そうですね、私が唯一心配していた点は、店の従業員です。なので、そこが改善されるのであれば、私に断る理由はありません」


 スッとハルマンさんが手を差し出してくる。


 「【アールレイン王国】までの同行、了承致しましょう」

 「そう言ってくれると思ってましたよ。こちらこそ、よろしくお願いします」


 差し出された手を、俺はしっかりと握り返した。

 移動手段だけに留まらず、ハルマンさんという人材も近くに置くことが出来た。

 向こうで何かあった時、頼れる先ができたと考えることもできる。


 ま、最善の結果になったな。




 ◆◇◆




 その後詳しい内容を話し、結局、各々経費は自己負担ということになった。

 それでいいのか、と問い返したが、構わないとのこと。俺への恩を返せるなら良い、と考えているのかは知らないが、少なくとも俺に害は無いだろう。


 昼過ぎに馬車を用意してくれるそうで、その時に俺達も合流する予定だ。


 「ということで、ギルドマスター、手紙を受け取りに来ました」

 「君、よくもまぁ平然と……」


 そう時間も経っていないのに再度戻ってきた俺に、ギルドマスターは盛大なため息で迎えながら、丁度机の上に広げていた紙を俺へと渡す。


 受け取る寸前、スッと紙が引かれるが、俺は特に問題なくその紙を掴み、受け取る。

 鋭い視線が射抜くが、その程度のイタズラに引っかかるのはこちらとしても癪なのだ。許せ。


 「……しばらくは帰ってこないんだろう?」

 「帰ってこないって、元々俺のホームはここではありませんが……早いうちに帰ってきて欲しいですか?」

 「そ、そりゃぁね。ほら、君が居れば何が来ても問題ないし」


 一瞬の動揺。取り繕ったような言葉に、俺はニヤニヤとした笑みを向ける。

 

 「……なんだいその顔は」

 「いえ別に」


 ケロッと通常通りの顔に戻す。


 「まぁ、寂しいという事なら、『転移テレポート』で定期的に帰って来ることも出来ますが」

 「いや、べ、別に寂しいわけじゃ────」

 「じゃあいらないですね」


 もちろん、ただの意地悪なのは理解している。だが、俺の言葉に対し、ギルドマスターの見せる葛藤した表情が……とてもそそるのだ。

 本当に、この人は弄り甲斐がある。


 「……その、たまにたまに帰ってきてくれると、う、嬉しいん、だけど………」

 「寂しいんですか?」

 「ち、違う! その、魔族とか攻めてきた時とか、もしもの時に備えてだよ! そゆこと!」


 なるほど、強引にそっちに話を持ってったか。

 だが、その焦りようは、傍から見れば図星と取られてもおかしくはないが、自分の口から言う恥ずかしさには変えられないということか。

 もう少しポーカーフェイスが上手でも不思議ではないと思うが……まぁ、ツッコミを入れるところじゃない。


 「じゃあそういうことにしておきましょう」

 「そういうことも何も、それが本音だ」

 「では、それが本音ということにしておきましょう」

 「あのねぇ……」


 疲れてしまったのか、叫ぶのではなく、吐き出すように呟くギルドマスター。


 「それでは、貰うものも貰いましたし、俺は行ってきますよ」

 「はいはい。もうさっさと行ってくれ。君の相手は大変だよホント」

 「いつもいつもありがとうございます」

 「釈然としない」


 素直にお礼を言ったのに、不満そうだ。解せぬ。一体何が悪いというのか。


 そんな心にもない思考をしつつ、俺は普通に退出した。

 呼び止める声は、特に無かった。


 

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