第35話 勇者のケア
実は今日は弟の誕生日だったのですが、あまりめでたくな日になってしまいましたね……。
この本編とは直接的には関係ありませんが、どうも執筆内容が暗い方向に行ってしまっているような気がする。
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「やぁ、おはよう門真君」
「……トウヤさんですか。おはようございます」
治療室には、ベッドに横になった門真君と、その隣で突っ伏している夜菜ちゃんが居た。
門真君はやや元気のなさそうな顔で、俺に挨拶を返した。
「京極君は退院したのかな?」
「えぇ、昨日の時点ですぐに」
「そっか」
どうやら京極君は既に出ているらしい。『退院』という言葉をこの世界で使うのかは知らないが、まぁいいだろう。
「門真君はまだなの? 見た感じ特に怪我とかしてなさそうだけど」
「俺の怪我を回復させた貴方が言いますか……」
夜菜ちゃんに聞いたのだろうか。俺は笑って肯定も否定もしなかった。
「……まぁ、夜菜がこの様なので、起きるまで待っているんですよ」
「なるほど。いい気遣いだね」
「………」
備え付けの椅子に座って、ベッドに顔を預けるようにして寝ている夜菜ちゃん。門真君は、彼女が起きるまで待つつもりのようだ。
だが、その顔には少し曇りがある。
今日俺がここに来た理由が、そこにあるのだ。
少しの間満たす沈黙。俺が何も言わないでいると、門真君は観念したように、と言うと語弊があるが、俺がただ見舞いに来た訳では無いということを理解したようで、口を開いた。
「昨日は助けてくれてありがとうございました、トウヤさん。お陰で命拾いしました」
「あぁ、いいっていいって。
俺の言葉に引っかかる部分があったのか、門真君は晴れない顔をしたまま、続ける。
「もし昨日、トウヤさんが来なかったら俺は……俺と夜菜は死んでいたと思います」
「そうかもね。でも、実際には生きてるんだから、それでいいんじゃない?」
事実は、門真君達を危険に晒したのは魔族で、その魔族は門真君達を生け捕りにしようとしていたから、死ぬことは無かっただろう。死ぬより辛い可能性はあったが。
門真君は俺の言葉に、力なく首を振る。随分と弱気になっているようだ。
「確かに、もしもの話をしても仕方がないです。ですが、俺は少し前に、夜菜と約束をしていたんですよ」
「『何があっても必ず守る』、的な感じかな?」
「……はい」
言い当てられたことに、門真君は驚かなかったし、恥ずかしがりもしなかった。そこに意識を配る余裕はないのかもしれない。
門真君と夜菜ちゃんを助けた時、魔力から過去の情報を読み取って、何があったかを把握していた。だからこそ、門真君が夜菜ちゃんと約束をしていたのも知っている。
とはいえ、どんな約束をしたかまでは分からなかったが、状況を考えれば内容は予想がつく。
「結果として、俺は夜菜を守ることが出来なかった。その役目を、トウヤさんに
ギュッと握られた拳は、もしかしたら叩きつけようとしていたのかもしれない。
門真君は怒っている。何に対してかは聞くまでもなく、自分自身にだろう。
「俺は、そんな自分が許せない。無力で、友人一人すら満足に守れない自分が、酷く憎くて……そう思うことすら、自分を慰めているだけのような気がして………」
門真君は大人だ。高校生で俺より歳下ではあるが、精神的には十分に成熟している。
だからこそ、自分を責めることが単なる思考停止、慰めであることに気づいている。問題は、それに気づきながら、そこから抜け出せないことだ。
無力な自分を嘆くのは、丁度昨日俺も体験した。
だが違うのは、門真君は過ぎたことで、俺は取り返しがついたことだ。俺には手段を選ばなければ解決することが出来て、門真君は全力で行って無理だった。
その違いが、俺は平気で、門真君が自虐の沼にハマってしまっている理由なのだろう。
「俺は、夜菜に顔向けできない。夜菜は気にしないかもしれませんが、俺はもう、合わせる顔がない」
俯いた顔。感情を押し殺すように掠れた声。
門真君の肩に、俺は手を置く。
「君はこれからどうするつもりなんだい?」
「………どうもこうもありません。俺はただ後悔をしていて、それをずっと引きずっているだけなんです。でも、夜菜といつも通りに過ごせる自信が無い」
「それはただ、君が過剰に気にしているだけなのに? 夜菜さんが全く気にしていなくても?」
「……そうです。約束を破ってしまった、その事実が耐えられない………」
震える身体は、怒りのせいか。
だが、門真君は肝心なところに気がついていない。
「門真君、君は約束を守れなかったと言うけど、本当にそうなのかな?」
「………そうですよ。俺の手で夜菜を守ることが出来なかった。結局助かったのはトウヤさんのお陰────」
「いいや、それは違うな」
強い口調で否定した俺に、門真君は一瞬硬直する。
「なるほど、確かに俺がいなかったら君も夜菜さんも助からなかったかもしれない。それは事実だ。だけど、それだけが事実じゃない」
「……どういうこと、ですか?」
語るような口調の俺に、門真君は、訊いてくる。
だから俺は、その言葉を聞かせる。
「分からないか? 俺が居なかったら助からなかったとともに、君が居なくても、夜菜ちゃんは助からなかったんだよ」
「っ!?」
バッと、俺の方を向いた門真君に、俺は更に続けた。
「夜菜ちゃんを守ろうとしたのは君だ。俺が駆けつけるまで時間を稼ぎ、夜菜ちゃんを守っていたのは君だ。それは疑いようもない事実で、その結果夜菜ちゃんは助かっている」
「……それ、は………」
驚愕と困惑。少し考え方を変えたら見えてくるこの事実に、自分で気づくことは難しい。
完璧な形で約束を果たそうと考える門真君は、この不完全な形を認める気にはなれない。
だからこそ、第三者として俺が直接伝えるのだ。
「いいか、君はしっかりと夜菜ちゃんを助けているんだ。それだけは何があっても変わらない事実だ」
「……でも、俺一人の力じゃ…………」
「あぁ、君一人の力じゃない。だが君は一人じゃ無理なんだ。力が無いのに自分だけの力で助けようとすることは、善行じゃなくて独り善がりの自己満足でしかない」
「………」
「自分一人だけで守るには、それ相応の力が必要だ。だけど君にはまだ無い。そこにこだわっていては、救えるものも救えない」
そこには確かに、ある意味の意志があるのかもしれない。
だけど、それで救えなかったら元も子もない。意志だけでどうにかなるほど、現実は甘くないのだから。
「今は後悔をしていい。痛んでもいい。泣いてもいいよ。だけど、立ち止まるのだけはダメだ」
「トウヤさん……」
「無力を嘆くなら、強くなれ。一人で守りたければ、それぐらい強くなれ。がむしゃらに進むのでも、ゆっくりとでも、なんだっていい。取り敢えず進めれば、それで構わない」
今大事なのは、何がなんでも前に行く、前を向くための気力だ。
だから俺は、そうやって発破をかける。
「所詮は考え方の違いでしかないけど、夜菜ちゃんを守ることが出来たのは君のおかげなんだよ。だったら今すべきことは、次は一人で守れるようにという決意と、それを行動で示すことじゃないか?」
「決意と、行動………」
「一度は意志の力で立ち上がった君のことだ。もう一度前を向くことだって、簡単なはずだよ」
門真君の眼に、光が宿る。
いや、戻ってくるの方が正しいか。
「……俺は、強くなれるでしょうか」
「今だって勇者の中で君は突出している。強くなれない根拠の方がないな」
「貴方のように、守りたいものを守れる強さを、手に入れられるでしょうか」
「それは分からない。俺は色々と特殊だし、俺ぐらい強くなれるかどうかの保証までは無理だ」
「そこは、嘘でも保証してくれないんですね」
「無責任なことは言わない主義だからね」
呆れながらも、穏やかに笑った門真君に、先程の弱々しさはない。どうやら、上手く立ち直ったらしい。
「……俺は、やはりつまらないことで悩んでいたんですね」
「つまらなくはないよ。君が悩んだことは、確かにどうしようもない事だけど、それを仕方ないと最初から割り切ってしまうようならば、それはそれで愚かな証拠だろうし」
門真君が悩んでいたことは、ある意味で正常で、正しいことだ。悩んで立ち直るという一連の動作が、ここにおいては重要である。
だから、それを成しえた門真君には、もうなにか言う必要は無い。
「さてと、こんな所かな。夜菜さんとはもう大丈夫でしょ?」
「はい。確かに考え方の違いでしかありませんが、それでも、夜菜と
「……そっか」
今まで通り、それはつまり、これからも友人として過ごすという事だ。
まぁ、俺がそこに関して言えたものじゃない。今は何も言わないでおこうか。
「……トウヤさん、ありがとうございました」
「構わないよ。俺は勇者の……
「そう言って貰えると幸いです」
散々否定していたが、もはや否定出来ないなと思いつつ、俺はそういった。
余計なお世話にならなくて済んだことが幸いか。
深々と頭を下げた門真君は、顔を上げる。
「お節介かもしれないけど、夜菜さんが起きたら、素直に感謝を聞き入れなよ」
「はい、分かってますよ」
「ならいい。さて、それじゃあ俺はこれでお暇させてもらうよ」
「あ、トウヤさん」
そう言って俺は扉まで向かう。すると、俺の背中に門真君が、思い出したように言葉を放った。
まぁ、予感はしてたけどね。
「なに?」
「最後なので直接聞いてしまいますが……貴方は勇者ですよね?」
「そうだよ」
躊躇い無く、あっさりと頷いた俺に、門真君は一瞬唖然とした。
「……隠してたんじゃないんですか?」
「必要無くなったからね」
ここの王族、つまりセミルが俺を欲しがることは無い。いや、欲しがりはするだろうが、強要はしてこないとわかった。
だから、隠す必要も無いし、門真君達からルサイアにバレる可能性も低い。
もしバレたとしても、今の俺なら問題ないはずだ。
「あ、一応言っておくと、俺は君達と同時期に召喚された、今代の勇者だよ」
「……俺たちと同じ時に召喚されて、その強さなんですか?」
「まあね。色々と俺は特殊だから」
ステータスという意味でも、人間性という意味でも。
「じゃあ、その姿も……」
「うん、偽物。本当はこっちだ」
[偽装]を一度解いて本来の姿に戻ると、門真君はマジマジと見つめてくる。
「……その、色以外は変えてなかったんですか」
「あぁ、うん。そりゃあね。なんか違和感ある?」
「違和感はもちろんありますが……いえ、なんというか、男の俺が言うのもあれですが、凄いかっこいいなと」
「君に言われると嫌味に聞こえるなぁ……」
「いえ、本気で言ってるんですが」
イケメンの門真君にカッコイイと言われても、俺としては『お前に言われても』という感じだ。
「さて、まぁ勇者だってことは分かったでしょ? ほとんど確信は持ってたと思うけど」
「えぇまぁ。他の人と違って、俺たちの名前の発音がしっかりとしてますしね。この世界の人達は少しイントネーションが違いますから」
「流石に意識してイントネーションを変えるのは難しいんだよ」
カドマ君と言うと、少し違和感があって言いづらいからな。本気で隠そうとすれば別だが、隠す気はあってもバレること自体は構わない、という程度の意識だったので、そこまで徹底はしていない。
だからこそ、日本というか、地球人しか知らないような言葉も普通に使っているのだが。
「そうだ、トウヤさんのフルネーム、聞いてませんでしたね」
「俺のフルネーム? 聞きたい?」
「いや、勿体ぶる必要ないですよね?」
「分かってるよ。俺は夜栄刀哉。日本の高校二年生だね」
何となく改めて言うのが照れくさいので、少し冗談っぽく、最後の一言もつけ加える。
「夜栄刀哉ですか……」
「ん?」
「いえ。なるほど、では次からは少しイントネーションを変えて、『刀哉さん』とお呼びしますよ」
「あぁ、それで構わないよ。みんなには後で君から伝えてくれていい」
「分かりました。それでは、引き止めてしまってすいません」
丁寧に言う門真君に、俺も手で問題ないという旨を伝えて、部屋から退室した。
「………夜栄刀哉、聞いたことがあるような……いや、気のせいかな」
俺が出ていった後、門真君が呟いた。
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