第34話 後片付けその2

 最近私の住んでいる近くでもコロナに感染してしまった方が居まして、警戒心が高まっています。

 普段より車通りも、分かるぐらいに少ないですしね……。


──────────────────────────────



 あの後宿に戻った俺は、クロエちゃんが起きていないことを確認してから部屋へと入り、朝を迎えたのだが。


 「もう返事が返ってきたのか。思ったよりも早いな」

 『フン、これみよがしに魔力を出しおって何をぬけぬけと。そこまで見抜いていたのではないか?』

 「いや、確かに今日明日には連絡があるかと思ったが、こんなに早いとは思わなかったさ」

 『……たかが一時間もかからずに往復してきたお主には言われたくはないだろうな』


 開け放った部屋の窓から、風に乗って低い声が響いてくる。セミルのものであるのは疑いようもない。

 

 連絡内容は、マグノギアンからの返事がもう来たということだった。ここから向こうの王都までは馬車で10日程だと言っていたが、『転移テレポート』を使えればその限りではあるまい。

 魔法大国であるマグノギアンの使者ということで、『転移テレポート』を使える人材をよこしているとは思っていたが、こんなにも早く往復できるほどとは。予想よりも魔法が得意そうだ。


 セミルの言う通り、確かに俺に言われたくはないだろうが。


 「それで結果は?」

 『かの国は我が国が示した条件を呑むことにしたようだ。クロエの件も、無かったこととなった』

 「妥当だな。心配はしていなかったが、肩の荷が降りた」


 またしても感謝を告げそうなセミルに、俺は少し早めに言葉を加えて遮る。

 

 「それで、向こうは何か言ってこなかったか?」

 『うむ。魔族や召喚魔法への細工の件は、口外しないで欲しいと。向こう側から示されたのはそれだけである』

 「そっちも無難か」


 できるだけ、相手にこちら側がハッタリを言っているのではないと理解してもらうために、魔族とマグノギアンが協力しているという情報は詳細に書くよう言っておいたが、効果が出ているか。

 もし条件を呑まなかった場合には俺が直接向こうの王と会ってくることも視野に入れていたが……杞憂ですんだか。

  

 「ということは、これで一件落着、ということか?」

 『お陰でな。残ってることといえば、マグノギアンとこれからどういう関係を築いていくかであるが……ここも我等国の問題よ』

 「そうか。ま、相手は依然として魔族と協力を結んだままだろうから、今回の件で恨まれないことを祈ってろ」

 『安心せい。そう簡単に国というのは動きはせんよ。暗殺程度なら有り得るかもしれんがな』

 「その時は、仇ぐらいは取ってやる」

 『我が暗殺される訳が無かろうに』


 冗談を言うと、冗談が返ってくる。いや、もしかしたら本気なのかもしれない。

 とはいえ、魔族の力量は控えめに言って、人間と比べても数倍差がある。俺が昨日殺した魔族ですら、セミルの手には余るかもしれないのだから。


 だが、まぁ終わって良かったというか。ホッと胸を撫で下ろす。


 「……ところでなんだが、セミル、お前も魔法使えたのか」


 ふと、そう言えばと俺は疑問に思って聞く。現在はお互いに、最近出番の多い『エアボイス』で話をしているのだが、それで疑問に思ったのだ。

 そして、答えは返ってくる。


 『風魔法だけなら、テレシア殿から手ほどきを受けていてな……ある程度は使えるのだ』

 「確かに、『エアボイス』の練度もまあまあだな。正当な評価らしい」

 『お主、仮にも王に向かって不遜では無いか? 謙虚さの欠片ぐらい見せよ』

 「今更だな」


 すると、風に乗って鼻を鳴らした音がする。ずっと敬語ではなく砕けた感じの、どちらかと言えば素の俺に近い言葉で喋っているからな。

 不遜というのは今更なのだ。


 ちなみに、『エアボイス』は風に乗せて音を相手に届けるという魔法であって、相手の耳に直接声を送る魔法ではない。

 そのため、イメージの都合上、どうしても発動者と対象者の距離によって、声にラグが発生してしまう。


 俺の場合は高速で届けられるが、セミルの声が返ってくるのにはおよそ7秒前後のラグがある。

 だからこそ、『まあまあ』という評価なのだ。別にセミルが劣っているわけじゃない。


 「んじゃ、切るぞ。悪いが俺はこの後も用事があるんだ」

 『王よりも優先すべき用事か。お主と話しておると、本当に我が王であるのか疑問に思えてくるぞ』

 「親しみやすい王でよかったじゃないか」

 『バカにしておるのか?』

 「まさか。それじゃ」


 まるで携帯を切るかのようなノリで、俺は窓を閉める。音を風に乗せる(音は空気の振動によって伝えられているが、風に乗せられるのはやはり魔法の力だ)魔法のため、通り道を塞いでしまえば声は聞こえなくなる。

 窓に風がぶつかり、何か声が聞こえたが、俺は気づかなかったことにした。




 ◆◇◆



 

 用事があるというのは言い訳では無い。まだ残していることがあるのだ。


 クロエちゃん達を起こさないように部屋から出た俺は、食堂には寄らず、探索者ギルドまで赴く。


 ウェスタンゲート風の扉を開けると、いつもの様に視線が降り注ぐ。

 だが、いつもと違う部分があった。それは……。


 「おい、英雄様だぞ!」

 「本当だ! 英雄様だ!」

 「おいお前ら失礼だぞ! 第一階級アインス探索者と言うだけでなく俺らの英雄なんだからな!」

 「英雄様、昨日は助けてくれてありがとうございましたッ!」


 向けられた視線の全てが好意的であり、かつこのように騒がれていることか。


 ("英雄様"って……もっと違う呼び名はなかったのか)


 そのいつもと違うところだが、昨日ラウラちゃんから話を聞いた時点で、こうなることは予想していた。

 もっと言うなら、昨日の異変の途中で既に予想していたのだが。


 今にもこちらへ走り出しそうな探索者達を見て、少し働きすぎたと思わなくもない。

 ほとんどの探索者達に見られていたから、俺の知名度は一気に上がっているだろう。中には怯えている者もいるが、それは今まで俺に不躾な視線を浴びせていたものだ。


 まぁ、そういうヤツらを気にかけるほど俺は優しくない。無視させてもらおう。


 代わりに、好意的な印象を抱いてくれている他の探索者には、それ相応の対応をするが。


 「別に構わないさ。俺は昨日、当たり前のことをしたまでだ。感謝されるようなことじゃない」

 

 感謝を告げてきた探索者(なお、見た目からして俺より歳上である)に俺はそう言うと、探索者は感激からか目を見開く。


 「なんて優しい方なんだ……英雄様、これはせめてものお礼です、受け取ってください!」

 「いや、俺は当たり前のことをしただけで、貰う訳には………ふぅ、分かった。なら、有難く貰っておこう」

 

 そう言って男が俺に渡してきたのはお金だ。確かに、お礼を兼ねているのだろうが……。

 心苦しくはあるものの、断ってもこういう人は受け取ってくれるまで何度も渡してくるタイプだ。俺は一度遠慮する素振りを見せておいて、その後仕方なくという表情をしながら、貰うことにした。


 まぁ、感謝されて悪い気はしない。例え相手が俺より一回りも二回りも歳上であり、むさくるしい男だったとしてもだ。

 いや、まぁ確かに複雑ではあるのだが。


 「────俺を助ける時は、雷の最上級魔法の『大雷轟ギガボルト』を使ってよォ!」

 「俺の方なんか、氷の凄いやつを使ってくれて、一瞬で魔物を倒しちまったんだ!」

 「こっちは魔法じゃなかったけど、一瞬で魔物を斬り伏せたのを見た時はこの人ヤバいって思ったね」

 「魔法も剣も達人とか、流石は英雄様、勇者の教育係だぜ………」


 耳を澄ませば、俺の方を見ながらなにやら自身が助けられた時の話を周囲の者としている人もいる。

 むず痒くはあるが、意図したことだ。平静を装って、受け付けまで行く。


 まるで俺の一挙一動を観察するかのように沢山の視線が突き刺さるが、これもそう長い間のことじゃない。

 

 「おはようございます、受付嬢さん」

 「あ、トウヤ……英雄様っ!」


 俺が受け付けへ行くと、既に並んでいた人達がサッと道を開けてくれる。そこには敬意や感謝があって、そのあからさまな好意に苦笑いを禁じ得ない。

 もしここにいる探索者達が女性で、(無いとは思うが)恋愛的な好意だったら引き攣っていたかもしれない。

 無論、その程度で剥がれるような仮面ポーカーフェイスではないし、現実はほぼ全員が武装をした男だ。


 だがしかし、受付嬢さんがわざわざそう言い直したことには、俺も一瞬間を開けざるを得なかった。


 「……その、貴女もですか」

 「あれ、嫌でした? それよりも、トウヤさん大活躍でいらしましたね! 見ての通り、皆さんトウヤさんのことを『英雄様』と敬って、凄いですよ!」

 「はぁ、誰が言い出したことなんですか?」

 「さあ? 私も皆さんがそう呼んでいるのを聞いただけですので……勇者の教育係とか、金髪碧眼の華奢な男の人と言ったらトウヤさんしかいませんからね」

 「いや、俺は教育係じゃなくて一応は護衛ですが……」


 金髪碧眼というのも[偽装]で誤魔化しているだけで、元は黒髪黒目だ。なんだかんだ言って金髪碧眼で過ごしているのも長くなってしまっているが。


 「って、私ったらすいません! 仕事を放り投げて……」

 「いえ、気にしないでください。それより、治療室にまだ勇者が残っているか聞きたいんですが」

 「す、すいません……勇者様でしたら、お二人程治療室に居ますよ。ご案内しましょうか?」

 「大丈夫です。場所もわかっていますから」

 「あ、はい。って、ギルドマスターに聞かなくていいんですか?」

 「俺なら無断でも許してくれますよ。何より、勇者の護衛〃〃の俺が勇者を見に行くのはおかしなことではないですしね」

 「は、はぁ………」


 一応『護衛』という言葉を強調したのだが、そこが記憶にとどめられた様子はない。まぁ、さしたる問題は無い。

 

 俺の言葉に曖昧な様子で頷いた受付嬢さんは、恐らく『本当にギルドマスターの許可を得なくていいのだろうか』という思いがあるのだろう。

 正直付け上がっている感じはしないでもないが、まぁ大丈夫かと思っている。それに、なんだかんだ俺には甘いところがある。


 畏怖されている感じも否めないがな。


 

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