第20話 勇者はそして動き出す 中編

 少しだけ遅刻。申し訳ない……。


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 前線に戻った俺は、御門ちゃんが襲われているのを見て、助けに入った。

 いや、今すぐ死にそうというわけではなかったが、魔力が少ないのは目に見えていた。遅かれ早かれ、限界が訪れていただろう。


 故に、額に手を当てた時に、さり気なく魔力を供給し、身体の傷を治しておいたのだ。

 魔力供給は、前回の件から本人も苦手意識があるだろうと配慮したので、おそらく気づかれていない。

 魔力供給アレは魔力を流す際に、快楽が来るというか、そういうものだ。


 だからその感覚を誤魔化すために、俺への熱を利用したのだ。御門ちゃんなら、俺がイタズラ目的ではなく、真剣な表情をすれば、それに意識が集中すると踏んだ。


 本人にバレたら、殴られるどころか、刺されてもおかしくないような理由だ。まぁ、そうならないように俺は、作り笑顔ポーカーフェイスを駆使したのだが。

 

 ……どこまでが俺の偽の感情で、どこからが本物の感情なんだが。


 御門ちゃんを心配に思う心すらどうなのか、ちょっと怪しくなってきた。


 「いいや、それは大丈夫だ」


 一人、呟く。流石の俺も、自分の本心がわからなくなるなんてことは無いし、御門ちゃんを心配していたのは本当だ。考えるだけ無駄な話である。


 (それにしても、ミレディ、ルナと続いてたから、ついつい頭を撫でちゃったけど……)


 ふと、思考をそらすように、別れ際のことを思い出す。

 俺と御門ちゃんは、わずか一歳の差だ。今にして思えば、撫でられた御門ちゃんは恥ずかしい思いをしただろうなと。

 異性の後輩の頭を撫でる先輩なんて、なかなかいないだろう。


 まあ、本人も驚きこそすれ嫌がっていた訳ではなく、むしろ喜んでいる節すらあった。その時は、それを超える勢いで御門ちゃんが可愛かったので、気にならなかったが。

 

 特に、撫でた時の反応が。


 『ふぁっ』という、あんなフワフワとした声を聞いたのは初めてだったが、表しがたい、中毒性のようなものがあるような気がする。

 だが、撫で続けていたらいたで、危なかったと思う。俺の理性は大丈夫だと思いたいが、御門ちゃんの方が先に限界を迎えそうだった。


 俺は全く構わないが、本人にとってはあまり宜しくない出来事となるだろう。だからこそ、やめたのだ。


 そもそも、女の子の頭を撫でるという行為を無意識にするのは危険だ。何が危険って、普通はそんなことを意識的にもしないのだから。

 変態までは行かないだろうが、少し引かれても不思議ではない。


 その辺りを自制しつつ、俺は魔力を広げる。


 呑気に思考なんてしているが、現在は一応戦場真っ只中だ。中心に近づくにつれ、周囲での戦闘は苛烈さを増している。


 「チッ! このっ!!」

 『ギギギィ!!!』


 探索者だか冒険者だか知らないが、魔物と戦う人はあちこちに居る。

 ここの探索者や冒険者たちは、決して弱くない。ギルドマスターが事前に指示していたからだ。

 それでも、数の多い魔物は手に負えないようだ。フリーになった魔物が、不意をついて攻撃してくるなんてこともある。


 それらを俺は視界に収め、頃合の場所に着いた時、魔法を発動する。


 「『魔磁力モンスタープル』」


 脳内で魔物を対象に組み上げた魔法。俺の少し前方に、黒と青が混ざったような丸い玉が出現する。


 それが出現すると同時に、周囲の魔物がまるで引かれるように、その玉に向かって飛んでくる。


 「は?」

 「な、なんだ一体!?」


 魔物を相手していた探索者達は、突然魔物が飛んで行ったことに驚き、その先を視界に収める。


 黒と青の混じる玉に引かれた魔物達は、その吸引力から抜け出せずに、どんどん集まってくる。

 周囲の目が、異様な光景と、それを使った俺に向く。


 魔力を今は隠していないから、俺が魔法を放ったことは分かるはずだ。

 今回の件は、俺も一役受け持つことにしたからな。丁度いい。


 『魔磁力モンスタープル』は、対象の存在だけを、磁石のように引きつける魔法だ。

 魔物だけを対象に発動すれば、今のように、魔物がこの玉に引き寄せられ、移動もままならなくなる。

 今作った即興の魔法ではあるが、便利性は抜群だろう。難易度は相変わらずだが。


 そして、同時に待機させていた魔法を、俺は発動させる。


 「『大雷轟ギガボルト』」


 上げた腕を、振り下ろす。

 上空に出来ていた黒い雲が猛烈な閃光を放ち、極太の雷を降らせる。


 音を置き去りにした『大雷轟ギガボルト』は、集まった魔物全てを一瞬で穿ち、貫通し、地面へと衝突する。


 数多の魔物を間に挟んでも衰えぬ威力は、石畳を粉砕し、クレーターをつくりあげ、遅れて何か巨大な生物の雄叫びのような轟音が辺り一帯を埋め尽くす。


 それでもクレーターの規模が威力と比べて小さかったのは、過剰な威力を悟った瞬間に、すぐに魔法の魔力をある程度抜きとったからだ。

 音すら置き去りにする魔法。その魔法が、魔物を穿ってから地面に到達するまでのわずかな時間に、俺はその動作を為した。


 「まぁ、こんなものか」


 少々魔力の量は誤ってしまったが、俺は呟いて、跡形もなく消えた魔物達を見る。

 何も残っていない。魔石すら、一切残っていない。やはり威力は過剰だったようだ。


 「……すげぇ………」


 そして、今の光景を最初から最後まで見ていた探索者達の一人が、小さくそう呟いたのが聞こえた。

 

 その瞬間のことだ。


 「なんだよ今のマジすげぇよ!!」

 「何をどうしたらあんなことができるんだよ!!!」

 「最後のって『大雷轟ギガボルト』だよなぁ!? すっげえぇぇえ!!」


 俺の一連の動作に驚愕を示した探索者達が、とりあえず俺の事をすげぇと連呼する。

 

 「アイツホントなんなんだよ!! マジやべぇよ!」

 「そう言えば、アイツって確か勇者の教育係っていう……」

 「あぁ!! 確かにそいつだ!!」


 っと、どうやら俺の正体が割れたらしい。どこかの探索者が俺の事を思い出し、それが周りに伝染していく。

 まぁ、なんだかんだ言って悪目立ち自体はしていたし、今も容姿を隠しているわけじゃない。当たり前といえば当たり前なんだが。


 (とりあえず、これで無名ということは無くなったか)


 本来はただの護衛だったはずなのに、勇者の教育係というのが定着してしまったのは微妙なところだが、少なくともこれで好意的には見られただろう。

 自分達を助けたり、協力してくれる相手を、人はそう悪くは見ない。

 それに、悪目立ちこそすれ、俺は特になにかしてきたわけじゃない。無名の第一階級アインス探索者がいきなり勇者の教育係っていう役に抜擢されたから、変な目立ち方をしただけで。

 事実、一度自主練を見せてから、尊敬の目で見るような人も中にはいるのだ。

 まぁ、探索者はほぼ全員が歳上だから、気が気でないが。


 結局悪目立ちも注目度の話で、そんな俺が周りの危機に掛けつければ、良く捉えてくれる。

 認めたくはないが、勇者の教育係っていう肩書きは、こうやって注目されれば、良い方に働いてくれる。

 護衛より良いかもしれない。


 「さて、次に行くか」

 

 俺は周りの驚愕や称賛に、なんら反応を示していないように見せつつ、『転移テレポート』で移動した。

 まるでそんなものには興味が無いかのように。ただ淡々と魔物を倒しているように。


 流石に今のように、無感情的に沢山の人を結果的に助ける、なんてことを地球ではしたことがない。この先は予測の域となってしまうが……それがどうでるかだな。


 後はこれと同じことを、いろんな場所でしていくだけだ。そうすれば、俺も色々とやりやすくなる。


 上手く行けば、称賛なんかには興味が無い、しかし人を助ける、善人の完成だ。




 ◆◇◆




 「流石にこの辺りは強いな」


 あともう少しで中心地。逃げ遅れた人を助けたり、魔物を排除したりしつつ進んできたが、流石にこの近くの戦闘は白熱としている。


 「魔を拘束せよ! 『光耀の鎖』」


 杖を構えた、魔法使いであろう女性が魔法を発動し、光の鎖が巨大な人型の魔物を捉え、仲間なのだろう、そこに一人の男が近づいていく。


 「そらよっ!!」


 男は、魔力を纏わせた、2メートル程あるのではないかという大剣を、片手で軽々と振るう。

 魔物の両足が一刀のもと深く抉られ、身体を支えられなくなったのか、魔物が膝を折った。

 すかさず持ち上げるように、男は再度大剣を振るい、大剣が高速で動く。


 魔物の股から腹の中ほどまでにかけて大きく裂傷が出来、ドバっと血が吹き出る。


 「やりぃ!」


 魔物の血が思いっきりかかるのも構わず、男は振り返り女性に向かって、そうガッツポーズを取った。女性の方も、魔法を解いて、その様子にやれやれとばかりに首を振っている。

 血に濡れ、ワイルドな漢らしい笑顔は俺も憧れるが、その実内心で少し落胆していた。


 ……こう、詰めが甘いというかなんというか。


 男の頭上で、魔物の裂傷が一瞬にして塞がる。


 「……あ?」

 「レイザス!!」


 影が動いたことに気がついたのだろう。女性が叫び、男が振り返った時には、拘束を無くした魔物が腕を振るおうとしていた。

 咄嗟のことに動こうとするが、恐らくもう間に合わない。


 ────おっと、ここで俺の出番か。


 攻撃が到達するまでおよそ1.5秒。まぁ、十分だ。


 詰めの甘さを指摘してやりたい衝動をとりあえず抑え、俺は行動に移す。

 

 『無限収納インベントリ』から剣を、直接手元に出現させ、一足でレイザスと呼ばれた男と魔物の間に割り込み、俺は魔力を纏わせた剣を、男と同じように振り上げた。


 「なっ!?」


 位置的にしっかりと根元から入った剣は、そのまま魔物の顔までを一瞬にして両断する。

 ここまで密着するのは危険だが、俺は自分の方が強いと知っている。だからこそできる芸当だ。


 俺と背後の男を避けて、左右に分かれるようにして倒れた魔物は、その数秒後には、魔力となって消え去った。


 「な、なん……」


 俺が走り出してから攻撃するまでの時間は、およそ1秒ほどだった。その僅かな時間に起きた出来事を、現在も理解出来ていない男は、口を震わせるばかり。


 「アンタ、詰めが甘いぞ」


 しかし俺は、同じ第一階級アインス探索者達ということから、少し高圧的に、無情にもそう指摘したのであった。


 

 

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