第18話 フラグ建築士


 「さて、じゃあここも危なくなる前に避難をしようか」

 「は、はい。でも、ここからだとまだ少し時間がかかりますが……」


 まるで恋する乙女のように、もじもじと恥じらうルナを見ていたい衝動を、どうにかこうにか押し殺して、俺は提案する。

 一応、生きていた時間的には俺より長い相手だし。


 クロエちゃんは街の外へと繋がる門がある方を見て顔を曇らせるが、俺には関係ないことだ。


 「大丈夫。5人まとめて街の外に転移するから」


 言うと、唖然としたようにクロエちゃんがぽかんと口を開けたままになる。

 少なくとも、クロエちゃんには出来ないことのようだ。


 「トウヤさん、その転移っていうのは?」

 「簡単に言うと、離れた場所に移動する魔法だよ。聞いたことない?」

 「えと、そういう魔法があるのは知ってます。でも、それって難しいヤツじゃないんですか? 私は魔法なんて使えないので、よくわからないですけど……」


 聞いた先は、俺ではなくクロエちゃんだった。


 「……クロエさん?」

 「あ、すいません。あまりにも驚いていたので……少なくとも、そんなことが出来る人は私の知る限りではいません。私が逆立ちしても出来ないと思いますよ」

 「クロエさんでも全く出来ないの? と、トウヤさんってやっぱ凄い魔法使いなんですか?」

 「んー、どうだろうね。ま、取り敢えず集まって貰えるかな。早速魔法を使うからさ」


 俺は肯定も否定もせず、2人を近くに寄せる。

 ルナは何故かラウラちゃんの言葉に『まぁね』と言わんばかりのドヤ顔でうんうんと頷いていたが、なんでだ。我がことのように嬉しいと言うやつだろうか。


 まぁ複数人を対象にした同時転移が出来るなら、それが4人であっても5人であっても、難易度はそう大差ない。凄い人かどうか聞かれても、[時空魔法]に適性があって、かつコツさえ掴めば、ある程度の人なら行けそうな気がするもんだ。


 そう思えるのは、やっぱり俺の魔法への知識と、魔力操作の技術力ゆえなのだろうか。


 そう考えながら、2人が近くに来たのを見て、タイミングを見計らって俺は魔法を発動する。


 「んじゃ行くよ。『同時転移テレポート』」


 詠唱は本来必要ないが、まぁ合図の意味を込めて。


 視界が突然移り変わる様は俺は既に慣れてしまったが、そうではない3人は一様に突然場所が変わったことに驚く。

 いや、ルナは2度目だが、まぁそう変わるまい。あの時は他に注意を向けられなかっただろうし、そもそも目を瞑らせていた。


 「ここ、は?」

 「門から少しズレたところ。そっちに行けば、避難組と合流できるはずだよ」

 「今のが、転移ですか?」

 「うん、そうだよ」

 「……やっぱり凄い魔法使いなんですね」


 すぐそばには高い壁がある、周囲に誰もいないこの場所をキョロキョロと見回すラウラちゃんに、そう答える。

 門の外に避難している人たちがいて、そこに突然現れたら驚くだろうことを配慮して、少しズレた場所に出たのだが。


 何やら確信を持たれてしまったようだ。『転移テレポート』を実感して、凄い魔法使いだと思った模様。

 まぁ間違ってないけど、自分から認める気は無い。


 「さて、あとは大丈夫だね。クロエちゃん、ミレディを頼めないかな?」

 「え? は、はい。あの、トウヤさんはどちらへ?」

 「ご主人様またどっか行くの!?」


 ミレディを背中に背負ったクロエちゃんの言葉に、ルナが反応する。まぁ確かに、今まで放置していたし、すぐまた移動するとなると、不満が出るのもあたりまえか。


 「一応俺も探索者って立場だからね。元々最前線で魔物を殲滅する役だったんだけど、4人が心配なんで、無理言って離れさせてもらってたんだよ。ギルドマスターに借りを作りたくはないし、急がなきゃ行けない」

 「……そうなの?」

 「そうだよ」


 まぁこの程度は借りに入らないだろうし、本当に困っていたら俺だって手を貸すから、そこは心配いらないかもしれないが。

 

 ルナが聞きたかったのは、『4人が心配だから無理言って抜けてきた』というところだろう。俺の答えに、感動したような眼差しを向けてくる。

 さっきから、ルナの俺に対する評価が上がっていっている気がするな。意図した訳でもないのに。

 

 まあ意味もなく自身の評価を下げる真似をする必要も無いので、俺はそれに気付かないふりをしておく。


 「……じゃあ分かった。待ってる」

 「うん、ありがとうルナ。帰ってきたら、ミレディも交えて色々話そうか」

 「そうね。わかってると思うけど、ちゃんと帰ってきてね、ご主人様っ!」

 「もちろん。無傷で、そしてすぐに帰ってくるさ」


 そんな挨拶をしてきたので、俺も笑顔で返しておく。

 ルナの内心は、恐らくまた俺が離れることへの不安もあるだろうが、それでも事情を理解して、俺を送り出してくれた。

 ならば、俺も最適に行かなければいけないだろう。


 だからこそ、俺は死亡フラグとも取れるような発言をした。絶対的な自信の表れとして。


 「と、トウヤさん!」

 「ん?」


 行こうかと思った時、ラウラちゃんが俺を呼び止めた。


 「えっと……行ってらっしゃいませご主人様♪」

 「………」


 無理をしているのだろうか。いつものノリでそう言ってくるラウラちゃんに、俺は一瞬だけ唖然としつつも、


 「それ、他の人にやると、色々と勘違いされるよ」

 「大丈夫です、トウヤさんだけですからっ!」

 

 あえて普通に返してやると、ラウラちゃんもまた、似たように返してくれた。

 

 ────本当に、どこでこんなに好感度を稼いだのやら。

 

 深読みし過ぎかもしれないが……これは、また宿に帰ってきてくれということだろうか。


 ラウラちゃんがどう思っているのであれ、俺はその気遣いを、有難く受け取っておくことにした。

 連続で建てた死亡フラグ、さすがに俺も読めないな。


 「クロエちゃん、万が一のことがあったら、3人のことをお願いできるかな」

 「はい。任せてください、トウヤさん」


 ラウラちゃんから視線を外し、最後に俺は、既にある程度の実力者であると確信したクロエちゃんに、そうお願いした。

 恐らく、並大抵の相手なら、クロエちゃんの敵にはならないはずだと信頼して。


 「その返事を聞けてよかった。でも、無茶はしないでね」

 「それは私の言葉です。どうか無事に帰ってきてください。その時は……トウヤさんに、大切な話がありますから」

 「にゃっ!?」

 「えぇっ!?」

 「────参ったな、これは」


 俺がつぶやくと同時に、クロエちゃんの背後で2人ほど過剰に反応した。

 ちなみに参ったなと言うのは、ここに来て3つ目の死亡フラグが建ったかもしれないということに対するものだ。


 俺の予想では、恐らく大切な話と言っても、2人が考えているようなことじゃないだろう。もしそうだったら、本当に参っていたところだが。

 そういうものではなく、クロエちゃんの事情の方だろう。


 「わかった。一応帰ってくる前に、心を決めておくとするよ」

 「わああああっ!?」

 「トウヤさん!?」


 俺がクロエちゃんに向けた言葉の意味を曲解した2人がさらに驚くが、俺は特に訂正をしなかった。

 この雰囲気が、なんとなく良かったから、だろうか。


 「あ、あのっ!」


 さてと、今度こそ行こうとした時、それでもなおまだ俺を引き止める声が響いた。

 声の主が誰なのか、は、まぁ順番に喋っていたことを考えれば、予想はつく。


 「ミレディ、起きたんだね」

 「あ、その……はい」


 クロエちゃんの背中で一度声をはりあげたミレディは、すぐに恥ずかしそうに顔を下に向けつつ、地面へと降りた。


 ルナは、声をかけたいというのは見てわかったが、先にミレディに喋らせるのか、見守っている状態だった。

 というか、さっきの俺の言葉の衝撃が消えていない可能性もあるにはあるけど。


 「その……えっと………」

 「ん?」


 反応からして、俺がまた離れることは理解しているらしいと思いつつ、ミレディが話すのを待つ。

 こういう大人しい子は俺の周りにはあまり居ないから、なんとなく新鮮だなとも感じながら。


 すると、ようやく決心したのか、何度か開きかけては閉じると繰り返していた口が、しっかりと開く。


 「い、行ってらっしゃい、お兄ちゃん〃〃〃〃〃っ!!」

 「おにっ!?」

 「────」


 と同時に、パッとミレディに正面から抱きつかれ、俺は思わぬ呼び名と衝撃に顔を驚きに染める。

 言うやいなや、顔を真っ赤にしたミレディはあわわと慌てて、すぐに俺から離れると、一番近くにいたクロエちゃんの背中に隠れた。


 まるで、『言っちゃったよぉ! どうしよう!?』みたいな感じでクロエちゃんの背中で蹲るミレディを見て、俺は自身の心臓が割と飛び跳ねていたことに気づく。


 どうやら、ミレディはあの救出劇を経て、俺の事をそういうふうに認識したらしい。恐らくお礼というか、そんな感じのつもりなんだろうが……。

 ルナの『ご主人様』というのは忌避感と同時に背徳感があった。そして、実の妹以外で、妹的なミレディに『お兄ちゃん』という呼ばれ方をすると……本当にヤバい。


 忌避感がある訳でもない。だからこそ、余計危険だ。

 何がどうとは言えないが、俺的にはよろし……くないような、そんなこともないような。


 だが、何にせよ、俺へと言うにあたって勇気を出したミレディに、冷たく当たることも出来ない。


 「────あぁ、行ってくるよ」

 「~~~~~っ」


 気づかない程度の時間、その間じっくり悩んだ結果、俺はそう返した。慈愛というか、優しさを込めた声で。

 ミレディの、なんというか声にならない声が出ているのがよく分かる。


 絶対的に、俺があまり好ましいとは思わないフラグも建っている気がするが、それを自分で認識してしまってはダメだ。

 俺としても、男としても。


 それより、死亡フラグらしきものが4つも建ってしまったが、きっと平気だろう。

 死亡フラグを建てまくること、それこそが、生存フラグという決まりだ。


 「さて、さすがにもう止めはしないよね」

 「ご主人様ってば、罪な男ねっ」


 念の為確認すると、答えになってない答えがルナから返ってきた。

 意味は分からんでもないが、それを言われても反応に困る。ツンとさっきまでの素直さはどこへといったのか、そっぽを向いている。


 「トウヤさん……」

 

 ラウラちゃんも、何か含んだような視線を送ってくる。

 その雰囲気を察したクロエちゃんも、なんというか苦笑い。


 いたたまれない。非常に居心地が悪いぞ。


 「……今度こそ、それじゃ」


 つぶやくと、今度は誰も止めなかった。

 

 前にセミル王様と喋った時もそうだが、抜けるタイミングを失うと本当に気まずいなと。


 そう、俺は心の中で少しため息をつきつつ、今度こそ『転移テレポート』を発動して、戦場へと再び舞い戻った。


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