第21話 久しい高揚



 階層主フロアマスターというのは、まぁ言わずもがなボスなわけで、この階層に蔓延っている雑魚敵きじんよりも当然強い

 そして、5の倍数の階層よりも、10の倍数の階層の階層主フロアマスターの方が強い。10よりも50の倍数の階層の方が、そして100の倍数の方がもちろん強い

 だからこそ、100層の階層主フロアマスターは劇的に強くなっていた。そして、それが第一階級アインスと他の探索者の実力を分けているのだが


 今回は50の倍数の階層だ。体感的には恐らく30から40階層先の敵を寄越してくるはずだ。その時点で難易度が桁違いだが、200階層はもっとやばいはずだしな

 今の俺では遅れを取らないとも限らない。一応気を引き締めて、魔法も使う予定で挑むつもりだ

 ───どうしてもキツかったら封印を緩和すればいいだけなのだが。寧ろ今のパラメーターの感じだと、本来ならこの階層の雑魚敵すら危ういのだ

 警戒すべきは攻撃をもらうこと。保険のため、[危険予知]は解禁の方向で

 

 「というか、本当に命懸けなんですかね?」


 力を制限した状態で未見のボスに挑むなど、正気の沙汰ではない。ゲームならともかく現実では自殺願望があるのでは?と思われるようなことをしている


 自問自答したが、結果返ってきたのは『心のどこかでは死ぬと思っていない』という、中々この世界を楽観視しているものだった

 少々死への危険性を理解していないと改めて自覚し、気を引き締め直すことに。初日の暗示も、所詮はその場しのぎでしかなかったのか。それとも自分の力にやはり溺れてしまっているのかね

 グラが体にぴったり張り付いてくれているのもあるのだろう。ガチガチに緊張しているよりは余程いいが、些細なミスはしたくない



 そんなこんなで俺は今、150層の階層主フロアマスターの部屋の前にいる

 もうね……いつにも増して部屋が広いんだが。出る敵決まりましたかね?巨人系統?


 「魔法は使用確定かね」


 一言つぶやき、中へと入る

 臆することは無い。何せ敵とは何度も戦ってきたし、やはりどんな事があっても、封印緩和程度で解決できると思っているからだ

 これを傲慢と見るか豪胆と見るか。姿だけを見たら勇猛だが、内心も加味すると傲慢ですねはい

 1回けちょんけちょんに叩きのめされた方がいいんちゃうか?とどこか他人事の感想を抱きつつ入った部屋では、背後でいつもより大きい主音を立てながら扉が閉まる


 「はてさて、一体何が出てくるのやら……」


 巨人系統が濃厚だが、果たして───



 魔力が渦を巻き現れたのは、巨人などではなく、この部屋のおよそ6割を覆うほどの複数・・の存在───


 「ボスはボスでも集団戦闘かよっ!!」

 『GGGGRRRRRRRRR!!!!!』

 『ググギッギィ!!』

 『シャァァァ!!!』


 この部屋には現在、優に100を超えるほどの魔物が居た。それはもう荒れ狂い鳴き声をあげ、一斉にこちらへと目を向けましたよ


 「仲間割れ……は期待できそうにないね」


 魔物のヘイトは全て俺へと向けられており、魔物同士は協力関係にあるっぽい

 しかも1体1体の強さがさっきまでの鬼神よりも強い。全員レベルが30近く上だ


 ……ギルドマスターが前に行ってた、『150層を超えない限り平気』という言葉は、もしかしてこれのせいだろうか?150階層までは平気、転じてそれ以上は無理だと


 「これはさ、強いボス一体よりもやりづらいんだよねぇ」

 『GGGAAAAAAAAA!!!』


 愚痴を一つ吐くと同時に、魔物が一斉に襲いかかってくる


 一瞬グラに助けを求めるか考えたが、すぐに否定する。封印を解除していて、なおかつ危険な時ならともかく、まだ若干余裕がある現状で呼ぶのは情けない


 判断は一瞬。剣を鞘から抜き、近づいてきた狼のような魔物へ向け一閃。しかし避けられる

 お返しとばかりに噛みつかれそうになるので、こちらも同じように回避。すれ違いざまに脇腹へと剣を突き刺してすぐ離脱

 先程まで俺がいた場所はすぐに別の魔物に埋められる。足を止めたら即死亡だろうなということが理解でき、頬に冷や汗が垂れる


 絶対に足を止めないようにという意識を消さないために、一旦魔物達と距離をとってから[多重思考]と[瞬間連想]を解放する

 意識の途切れは一瞬。少しだけ魔物との距離が縮まったのを確認し、スキルを発動して、二つの思考を増やすことに。その内の一つは周囲の状況へと意識を向けて、囲まれないように注意だ


 それと並行して二本目の剣を『無限収納インベントリ』から取り出し、二刀流になってから魔物達と相対

 複数体、様々な魔物が攻撃を仕掛けてくるが、右と左二つの剣で攻撃をいなし、カウンターを入れていく

 [多重思考]を用いれば二刀流の真価を発揮できる。片方は右手、もう片方は左手に意識を集中させるのだ。それは一つの思考でやるよりも段違いの精度である

 そうすると、変幻自在な攻防が可能になり、一切のラグなくスムーズに動くようになる


 右から襲いかかってくる魔物は、下から剣を斬り上げる事でカウンターを決め

 左の魔物が放ってきた衝撃波のようなものを、魔力を纏った剣で防ぐ

 襲いかかる衝撃は受け流し、空いた分を埋めるようにしてくる魔物には剣を投げつけて先手を打つ

 投げつけた剣を『無限収納インベントリ』経由で手元に戻し、踊るような足取りで移動しつつ攻撃。たまに魔法を放ってくる魔物がいるが、全て『次元の壁ディメンションウォール』で防ぎ、お返しの『アースアロー』をお見舞いしている


 左右が真の意味で別々の攻撃をする。まさに相手からしたら1人なのに2人いるんじゃないかと錯覚するほどの攻撃だと思う

 防御の方も完璧で、受け流しに関しては俺は上手いから、相手が手応えに違和感を感じている間に攻撃したりな


 ただこちらも集中力を切らしてはいけない。なんせ戦っているのは多種多様な魔物だ。最初の狼、次はゴブリン系統の魔物、オークや鳥系の魔物、地面を這って見逃しやすい蛇や、四足歩行のライオンのような魔物

 それぞれ攻撃の仕方に違いがあるから、戦ったことのある相手ならば[瞬間連想]で攻撃パターンを瞬時に思い出し、戦ったことのない相手なら、必ず最初は防御に専念する

 これが出来ているのも、偏に[多重思考]のお陰だろう。敢えて余裕ができないように使用している思考は合計で3つだが、もし通常の思考で行っていた場合、狼から急に蛇に変わったりした時は攻撃に慣れなくて被弾していた可能性もあったはずだ


 やっぱりチート級だなと思いつつ、徐々に敵を減らしていく。死体となった魔物はボス扱いなのか魔力となって消えるため、足を取られることは無い


 「───ッ!?」


 そうやって少し余裕が出来たその瞬間、突如として襲ってくる悪寒。そして[危険予知]がこの辺り一帯への攻撃を予測する


 全ての動作を無理やりと言えるような方法で中断して後ろを向き、『視認転移ショートジャンプ』で後方───入口の方へと下がる


 その1秒後、周りの魔物達を気にせずに、奥の方にいた魔物が魔力を送り込んだ

 膨大な魔力がうねり、魔法へと昇華していく

 未だ[危険予知]の警報が止まないことから、現在いる場所も魔法の効果範囲内であるということが理解できる。それはつまり、この部屋の半分以上を覆う程の規模の魔法ということにほかならない


 危機感から、咄嗟に『次元の壁ディメンションウォール』を自身を囲むように展開し、それと同時に相手の魔法も発動した


 空間が歪む。しかし、それは空間を歪む魔法をかけたのではなく、単なるによる副作用に過ぎない

 足元が真っ赤に染まっていき、俺の『次元の壁ディメンションウォール』が熱で融解されていく


 それすらも魔法の初期段階でしかなく、更に熱は増し、体育館よりも広い部屋全体を地獄の炎が覆う

 

 俺はこの魔法を知っている。正確には、知識としてと、[禁忌眼]で見た情報でだ

 最上級・・・火魔法『焼死地獄インフェルノ』……火魔法最強の一角であることは、疑う余地もない


 空間に直接作用する魔法である『次元の壁ディメンションウォール』が、熱だけで崩れ始めたのだ。それが、この魔法の強さを語っている


 『焼死地獄インフェルノ』は、世界に干渉する。これは規模の比喩であり、本当に世界に干渉している訳では無い

 だが、世界に干渉していると思わせるほどの力を持っているのは事実だ。現に今、この魔法は更に熱を上げ続け、俺の『次元の壁ディメンションウォール』を壊そうとしている

 最上級魔法を受けてなお魔法を保ってられるのは、単に俺の魔法が進化しているのが大きいだろう。さっきは壊されて少し焦ったが、現在は更に強固にしているので、問題は無いはず


 地獄の炎が何度も何度も地面を飛び跳ねる。この空間内では、炎は自由に動き回り、敵対者へと襲いかかるのだ

 まるで意思があるように思える地獄の炎が、俺の『次元の壁ディメンションウォール』にも何度も当たり、その度に空間が悲鳴をあげる

 

 そして、この魔法の真価というのはその炎ではなく、『魔法を維持する必要が無い』という部分にある

 『焼死地獄インフェルノ』は、単純にいえば前に使ったことのある中級火魔法『ブレイズ』や、その上位互換である『延焼領域バーンフィールド』等の、環境を変化させる魔法と同系列にある

 環境変化魔法……その最上位魔法は、炎が飛び交い、火柱を上げ、渦を巻き、熱が空間を歪ませている


 魔法の発動が終わるには、自然消滅の場合は数10分はかかる。この魔法は膨大な魔力を必要とする代わりに、一度発動してしまえば長時間現象として、術者が魔力を供給することも制御する必要もなく留まり続ける

 そして、最上級魔法が使えるほどの手練が、自身の魔法を無効化レジスト出来ないはずがなく、故に相手は不利となったフィールドで成すすべがなくやられてしまうしかない……




 「───おもしろい、受けて立とうじゃないか!」


 そんな考察は、思考の隅に捨てる。ゴミ箱へポイだポイ


 最上級魔法?世界に干渉する?魔法を維持する必要が無い?自分の得意な魔法は無効化レジストが出来る?


 ────一体どいつが発動した魔法かは知らないが、いい度胸じゃないか

 確かに凄いさ。称賛に値する。少なくとも今の・・俺では『次元の壁ディメンションウォール』が無ければ対処できずにやられていたかもしれない

 それに今気づいたが、味方の魔物には一切ダメージが入っている様子がない。超精密に魔力を制御して、『特定以外の生物に対しては魔法の効果が発動しない』というような構成を加えているのかもしれないし、その技術は言うまでもなく高難度だ

 最上級魔法は、使えば必勝。俺が今まで読んだことのある書物から総合すると、そういう評価だ。それは目の前の光景が誇張ではないと物語っている

 最上級魔法が使える魔法使い同士で戦ったら、先に使った方が勝つ。同タイミングで使ったら属性的に有利な方、相対する属性でないのなら、込めた魔力の量だ

 つまり、後手では圧倒的に不利───だがな


 「俺に魔法で勝負を挑むには、少なすぎる・・・・・魔力だ」


 言葉と共に、一時的に魔法関連のスキルを解放する。それに加えて、【魔力】と【知力】の封印を、事前に決めておいた値───約3割まで一気に緩和する


 「さぁ、魔法勝負と行こうか」


 高揚する気分は、俺の自制心を奪っていく

 最上級魔法という、俺が使ったことのない次元の魔法を見せられて、否応なしにライバル心に火がついてしまったのだ

 自分に絶対の自信を持つわけでも、傲慢さを認めているわけでもないのに、それでも自身より上の魔法を使われて、少々意地になったのだ

 意地になってるのが自覚できるほど、俺は冷静でいながら、高揚していた


 だからこそ、使う魔法も容赦はしないし、も出来る範囲で遠慮は無しだ


 「凍てつけ、『絶対零度アブソリュート・ゼロ』」


 世界を凍りつかせる魔法が、対抗する形で炸裂した



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る